「デジタル・アイ 北朝鮮 独裁国家の隠された”リアル”」 ― 2023-10-08
2023年10月8日 當山日出夫
BS1スペシャル デジタル・アイ 北朝鮮 独裁国家の隠された”リアル”
OSINT、オープン・ソース・インテリジェンス、このことばが、一般に使われるようになったのは、ロシアのウクライナ侵攻からであるかと思っている。これは、OSINTによって現在の北朝鮮を分析したもの。
BS1スペシャルという枠で作った番組なので、総合のニュースなどで報じられるより、かなり踏み込んだ内容になっている。北朝鮮がニュース映像などでオープンにした映像、衛星画像、また、北朝鮮内部にいる人との秘密の交信など、どれも興味深いものであった。
北朝鮮が極超音速ミサイルの開発に成功したかもしれないということは、一般のニュースではほとんど報じられることがなかったと憶えているが、どうだろうか。極超音速ミサイルというものについて、一般に目にすることばになったのは、ロシアとウクライナの戦争以降であるかと思う。
思うことは、やはり北朝鮮は東アジアにとって軍事的脅威であることを、確認することになる。たぶん、北朝鮮の専門家は、一般よりも深刻に考えているようだ。現にある軍事的脅威に対しては、リアルな感覚が不可欠である。それは、平和を希求することと、決して矛盾するものではない。
OSINTによってどのような情報が外部に知られているか、これは北朝鮮自身も分かっていることだろう。相互にこのことが分かったうえでの、外交であり、軍事である。
2023年10月6日記
BS1スペシャル デジタル・アイ 北朝鮮 独裁国家の隠された”リアル”
OSINT、オープン・ソース・インテリジェンス、このことばが、一般に使われるようになったのは、ロシアのウクライナ侵攻からであるかと思っている。これは、OSINTによって現在の北朝鮮を分析したもの。
BS1スペシャルという枠で作った番組なので、総合のニュースなどで報じられるより、かなり踏み込んだ内容になっている。北朝鮮がニュース映像などでオープンにした映像、衛星画像、また、北朝鮮内部にいる人との秘密の交信など、どれも興味深いものであった。
北朝鮮が極超音速ミサイルの開発に成功したかもしれないということは、一般のニュースではほとんど報じられることがなかったと憶えているが、どうだろうか。極超音速ミサイルというものについて、一般に目にすることばになったのは、ロシアとウクライナの戦争以降であるかと思う。
思うことは、やはり北朝鮮は東アジアにとって軍事的脅威であることを、確認することになる。たぶん、北朝鮮の専門家は、一般よりも深刻に考えているようだ。現にある軍事的脅威に対しては、リアルな感覚が不可欠である。それは、平和を希求することと、決して矛盾するものではない。
OSINTによってどのような情報が外部に知られているか、これは北朝鮮自身も分かっていることだろう。相互にこのことが分かったうえでの、外交であり、軍事である。
2023年10月6日記
『どうする家康』「唐入り」 ― 2023-10-09
2023年10月9日 當山日出夫
『どうする家康』第38回「唐入り」
晩年の秀吉のこと、特に、朝鮮、明への侵攻をどうえがくは、戦国時代ドラマとして、それぞれに興味のあるところである。この『どうする家康』においては、このことを、かなり肯定的な視点から描いていると感じる。秀吉は、はたして正気を失ってしまったのか、と思わせるところもあり、一方で、若いときからの凄みもある程度感じさせる。
では、茶々は狐ということになるのだろうか。まあ、茶々については、魔性の女というのがふさわしいのかもしれない。秀吉は、その魔力にたぶらかされて合理的判断力を無くしてしまった、そんなふうにもとれる。
名護屋城での、宴席での瓜売りのシーンは、このドラマでもかなり工夫したところだったかと思う。記憶にあるところでは、『真田丸』でも瓜売りは、かなり印象的に描かれていた。
しかし、朝鮮出兵は、今でいえば、インテリジェンスの不足、ロジスティックスの不備、と言えるだろう。
足利義昭が登場してきたのは、意外な気がした。だが、ドラマの作り方としては、義昭の口から、将軍という権力の頂点にいるものが、世の中の全体を見わたすことができるということはない、という台詞が出たのは、なるほどこういう脚本の作り方もあるのかと思って見ていた。
それからどうでもいいことかもしれないが、阿茶局は座るとき立て膝で座っている。演出としては、この方がむしろ自然だと私は思っている。
次週は、秀吉の最期ということになるようだ。家康との関係をどう描くか、楽しみに見ることにしよう。
2023年10月8日記
『どうする家康』第38回「唐入り」
晩年の秀吉のこと、特に、朝鮮、明への侵攻をどうえがくは、戦国時代ドラマとして、それぞれに興味のあるところである。この『どうする家康』においては、このことを、かなり肯定的な視点から描いていると感じる。秀吉は、はたして正気を失ってしまったのか、と思わせるところもあり、一方で、若いときからの凄みもある程度感じさせる。
では、茶々は狐ということになるのだろうか。まあ、茶々については、魔性の女というのがふさわしいのかもしれない。秀吉は、その魔力にたぶらかされて合理的判断力を無くしてしまった、そんなふうにもとれる。
名護屋城での、宴席での瓜売りのシーンは、このドラマでもかなり工夫したところだったかと思う。記憶にあるところでは、『真田丸』でも瓜売りは、かなり印象的に描かれていた。
しかし、朝鮮出兵は、今でいえば、インテリジェンスの不足、ロジスティックスの不備、と言えるだろう。
足利義昭が登場してきたのは、意外な気がした。だが、ドラマの作り方としては、義昭の口から、将軍という権力の頂点にいるものが、世の中の全体を見わたすことができるということはない、という台詞が出たのは、なるほどこういう脚本の作り方もあるのかと思って見ていた。
それからどうでもいいことかもしれないが、阿茶局は座るとき立て膝で座っている。演出としては、この方がむしろ自然だと私は思っている。
次週は、秀吉の最期ということになるようだ。家康との関係をどう描くか、楽しみに見ることにしよう。
2023年10月8日記
映像の世紀バタフライエフェクト「竹のカーテンの向こう側 外国人記者が見た激動中国」 ― 2023-10-09
2023年10月9日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト 竹のカーテンの向こう側 外国人記者が見た激動中国
かつて毛沢東を英雄視する時代があった。私は、一九五五年(昭和三〇)の生まれである。その時代の中国礼讃のテレビ報道など、しっかりと記憶している。文化大革命のとき、「造反有理」は日本でもさかんに言われた。
この回の見どころの一つは、天安門事件のタンクマンについてである。これまで天安門事件を象徴するシーンとして見てきた。だが、それは、当局が外国人ジャーナリストの目を意識して、意図的に仕組んだものであった……その可能性は、排除できないことになる。市民をひき殺すことをしない人民解放軍というイメージが残ったことになる。
天安門事件は今でもタブーである。毎年のことだが、日本のテレビ局がこれを報じようとすると、強制的に放送が遮断される。この場面を、たぶん中国側は分かった上で意図的にやっているとしか思えない。中国に報道の自由は無いということを、自ら宣言している。
中国共産党の統治の正統性に対する疑義は絶対に許さないという、今の姿勢はやはりおかしいと私は思うのである。
2023年10月4日記
映像の世紀バタフライエフェクト 竹のカーテンの向こう側 外国人記者が見た激動中国
かつて毛沢東を英雄視する時代があった。私は、一九五五年(昭和三〇)の生まれである。その時代の中国礼讃のテレビ報道など、しっかりと記憶している。文化大革命のとき、「造反有理」は日本でもさかんに言われた。
この回の見どころの一つは、天安門事件のタンクマンについてである。これまで天安門事件を象徴するシーンとして見てきた。だが、それは、当局が外国人ジャーナリストの目を意識して、意図的に仕組んだものであった……その可能性は、排除できないことになる。市民をひき殺すことをしない人民解放軍というイメージが残ったことになる。
天安門事件は今でもタブーである。毎年のことだが、日本のテレビ局がこれを報じようとすると、強制的に放送が遮断される。この場面を、たぶん中国側は分かった上で意図的にやっているとしか思えない。中国に報道の自由は無いということを、自ら宣言している。
中国共産党の統治の正統性に対する疑義は絶対に許さないという、今の姿勢はやはりおかしいと私は思うのである。
2023年10月4日記
ドキュメント20min.「おばあちゃんはアナウンサー」 ― 2023-10-10
2023年10月10日 當山日出夫
ドキュメント20min. 「おばあちゃんはアナウンサー」
インターネット普及ということが、このような使い方もできるのか、という気になった。
過疎の地方の問題はあつかったものが多い。その地方の魅力を発信している番組も多くある。が、その多くは、強いていえば、やはり中央(東京)を意識している。
だが、この番組に出てくるおばあちゃんアナウンサーは、地方とか都市とかということを、超越している。自由に生きている。しかし、その人生にはいろんな出来事があったろうと思う。
地方に住む人びとが、それぞれにその地方で生き生きと暮らす手助けとして、インターネットの利用ということがある。その可能性を考えていく必要があると思った次第である。
2023年10月4日記
ドキュメント20min. 「おばあちゃんはアナウンサー」
インターネット普及ということが、このような使い方もできるのか、という気になった。
過疎の地方の問題はあつかったものが多い。その地方の魅力を発信している番組も多くある。が、その多くは、強いていえば、やはり中央(東京)を意識している。
だが、この番組に出てくるおばあちゃんアナウンサーは、地方とか都市とかということを、超越している。自由に生きている。しかし、その人生にはいろんな出来事があったろうと思う。
地方に住む人びとが、それぞれにその地方で生き生きと暮らす手助けとして、インターネットの利用ということがある。その可能性を考えていく必要があると思った次第である。
2023年10月4日記
ブラタモリ「北九州〜合体メガタウン!北九州市誕生の秘密とは?〜」 ― 2023-10-10
2023年10月10日 當山日出夫
ブラタモリ 北九州〜合体メガタウン!北九州市誕生の秘密とは?〜
北九州市については、子供のころ、小学校だったか、中学校だったか、学校の教科書に出てきていたのを憶えている。だが、それだけのことで、九州に行くことがあっても、通り過ぎてしまうだけである。
北九州については、二回に分けての放送になる。前半は、小倉の城、街道、それから、筑豊の炭田、遠賀川、若松、このあたりであった。
興味深かったのは、北九州市が、筑前と豊後の二つの国からなっていること。このような事例は、全国でも珍しいのではないか。明治以降、都道府県単位が定着して長くなるが、それでも、近世までの国の意識、あるいは、藩の意識というのは、現代にいたるまで、そこに住む人びとの生活感覚のなかに残っている。
ことばも違うという。これは、方言学、社会言語学の分野で興味深い。調べれば論文もあるはずだが、もう、日本語学の世界からリタイアしようという気になっている身としては、特に論文を読んでみようという気にもならないでいる。もう隠居である。
次週は、八幡の製鉄所などが出てくるようだ。この続きを楽しみに見ることにしよう。
2023年10月8日記
ブラタモリ 北九州〜合体メガタウン!北九州市誕生の秘密とは?〜
北九州市については、子供のころ、小学校だったか、中学校だったか、学校の教科書に出てきていたのを憶えている。だが、それだけのことで、九州に行くことがあっても、通り過ぎてしまうだけである。
北九州については、二回に分けての放送になる。前半は、小倉の城、街道、それから、筑豊の炭田、遠賀川、若松、このあたりであった。
興味深かったのは、北九州市が、筑前と豊後の二つの国からなっていること。このような事例は、全国でも珍しいのではないか。明治以降、都道府県単位が定着して長くなるが、それでも、近世までの国の意識、あるいは、藩の意識というのは、現代にいたるまで、そこに住む人びとの生活感覚のなかに残っている。
ことばも違うという。これは、方言学、社会言語学の分野で興味深い。調べれば論文もあるはずだが、もう、日本語学の世界からリタイアしようという気になっている身としては、特に論文を読んでみようという気にもならないでいる。もう隠居である。
次週は、八幡の製鉄所などが出てくるようだ。この続きを楽しみに見ることにしよう。
2023年10月8日記
英雄たちの選択「剣豪・宮本武蔵 極める!フリーランスの道」 ― 2023-10-11
2023年10月11日 當山日出夫
英雄たちの選択 剣豪・宮本武蔵 極める!フリーランスの道
小学生のころ、子供向けの宮本武蔵の伝記を読んだと憶えている。このなかで武蔵は、関ヶ原の戦いに西軍として参戦し、敗北したと書いてあったはずである。吉川英治の『宮本武蔵』は、全部を読んだということではないが、高校生のころに手にしたことはあったかと憶えている。それから、子供のころにテレビで、『それからの武蔵』(だったと思うが)、ドラマを放送してたはずである。昔は、テレビでも時代劇がたくさん作られていた。
宮本武蔵についての新史料は、興味深い。
だが、それよりも私が面白いと思ったのは、宮本武蔵を「フリーランス」ということばでとらえていたことである。確かに、特定の主君に仕えず、牢人、あるいは、客分としてすごした人生は、今でいうフリーランスになる。
戦乱の時代にあって、むしろフリーランスとして生きていくことの方が、理にかなった考えと言えるのかもしれない。フリーランスの立場であったからこそ、世の中の流れを的確につかんで生きることができたのだろうかとも思う。
2023年10月6日記
英雄たちの選択 剣豪・宮本武蔵 極める!フリーランスの道
小学生のころ、子供向けの宮本武蔵の伝記を読んだと憶えている。このなかで武蔵は、関ヶ原の戦いに西軍として参戦し、敗北したと書いてあったはずである。吉川英治の『宮本武蔵』は、全部を読んだということではないが、高校生のころに手にしたことはあったかと憶えている。それから、子供のころにテレビで、『それからの武蔵』(だったと思うが)、ドラマを放送してたはずである。昔は、テレビでも時代劇がたくさん作られていた。
宮本武蔵についての新史料は、興味深い。
だが、それよりも私が面白いと思ったのは、宮本武蔵を「フリーランス」ということばでとらえていたことである。確かに、特定の主君に仕えず、牢人、あるいは、客分としてすごした人生は、今でいうフリーランスになる。
戦乱の時代にあって、むしろフリーランスとして生きていくことの方が、理にかなった考えと言えるのかもしれない。フリーランスの立場であったからこそ、世の中の流れを的確につかんで生きることができたのだろうかとも思う。
2023年10月6日記
ドキュメント72時間「島根・黄泉比良坂 あの世との境界で」 ― 2023-10-11
2023年10月11日 當山日出夫
ドキュメント72時間 島根・黄泉比良坂 あの世との境界で
黄泉比良坂「よもつひらさか」は、名前は知っている。『古事記』は学生のときに読んだ、というか、日本神話、民俗学の勉強としては読まねばならない書物であった。その後、『古事記』(真福寺本)を基本に、全文をPCに入力してみたこともある。ただ、入力しただけで、特に何もしなかった。が、『古事記』の本文……無論、漢字だけで書いてある……の漢字の用法に、自分なりの知見が得られたとは思っている。
島根県に、黄泉比良坂があることは知らなかった。
おそらくは、先に自然の岩への信仰があって、霊場のようになっていたのだろう。それが、後に、日本神話に出てくる「よもつひらさか」になぞらえられるようになって、今の状態になったと考える。
思うこととしては、人間にとって死者を思う場所というのは必要なのだな、ということである。今の時代、葬儀も墓も簡略化されるようになってきているのだが、しかし、人間の営みとして、死者のことも思うための特別ななにかが、あるべきなのだろうと感じる。
ところで、ポストがあるのは興味深い。まるで、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくるポストのようである。死者に出す手紙というのも、現代における死者を思う気持ちにどこかで応えるものがあるからだろう。
この回は、あまり人が出てこなかったと思う。登場人物の少ない回であったかとも思う。その分、一人一人のことばが伝わってきた。
2023年10月7日記
ドキュメント72時間 島根・黄泉比良坂 あの世との境界で
黄泉比良坂「よもつひらさか」は、名前は知っている。『古事記』は学生のときに読んだ、というか、日本神話、民俗学の勉強としては読まねばならない書物であった。その後、『古事記』(真福寺本)を基本に、全文をPCに入力してみたこともある。ただ、入力しただけで、特に何もしなかった。が、『古事記』の本文……無論、漢字だけで書いてある……の漢字の用法に、自分なりの知見が得られたとは思っている。
島根県に、黄泉比良坂があることは知らなかった。
おそらくは、先に自然の岩への信仰があって、霊場のようになっていたのだろう。それが、後に、日本神話に出てくる「よもつひらさか」になぞらえられるようになって、今の状態になったと考える。
思うこととしては、人間にとって死者を思う場所というのは必要なのだな、ということである。今の時代、葬儀も墓も簡略化されるようになってきているのだが、しかし、人間の営みとして、死者のことも思うための特別ななにかが、あるべきなのだろうと感じる。
ところで、ポストがあるのは興味深い。まるで、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくるポストのようである。死者に出す手紙というのも、現代における死者を思う気持ちにどこかで応えるものがあるからだろう。
この回は、あまり人が出てこなかったと思う。登場人物の少ない回であったかとも思う。その分、一人一人のことばが伝わってきた。
2023年10月7日記
「世界を変える“大発見”はこうして生まれた カリコ×山中伸弥」 ― 2023-10-12
2023年10月12日 當山日出夫
ETV特集 世界を変える“大発見”はこうして生まれた カリコ×山中伸弥
最初の放送は、二〇二一年の七月。ちょうどそのころに、日本でもCOVID-19のワクチンの接種が始まった。私の場合だと、たしか、家から一番近いところとして、市役所の出張所まで、車で送って行ってもらったのを憶えている。最初のときは、翌日、かなり熱が出た。
カタリン・カリコは、今回(二〇二三)のノーベル賞の受賞者である。このことによる、再放送である。
いろいろと思うことはある。
何よりも、科学者の研究に対する情熱を感じる。基礎研究とされる分野のことであるが、それが、いずれ人間の幸福につながるものであることを信じて研究に打ち込んでいる。この姿勢は、すばらしいと思い、共感できるところもある。
だが、その研究の歩みは順調ではなかったらしい。東西冷戦の終結、アメリカでの研究生活、かなりの苦労があったという。それでもくじけることなく研究を継続してきた気概には、敬服するところがある。
この番組の趣旨とは離れるが、見ていて思ったことがある。mRNAワクチンについての基礎的な研究成果は、論文として発表され公開されていたことになる。では、なぜ日本で、ワクチンが作れなかったのか。このことについては、いろいろと議論のあることだろうと思うのだが、やはり気になる。
それから、ワクチンは、中国とロシアでも作ったことが、ニュースなどで報じられていたと記憶するが、いつの間にか、これらは立ち消えになってしまっている。はたして、有効なワクチンだったのか、このことも気になっている。
さらにどうでもいいことなのだが、カタリン・カリコは、ハンガリー出身である。ということは、その名前は、ハンガリー語なのだろう。とすると、姓名の順は、どのように記すのが、正しいことになるのだろうか。mRNAともワクチンとも関係ないことだが、これもちょっと気になったことである。
ともあれ、この番組は、科学に関心のある、若いひと……高校生とか大学生とか……に、是非とも見てもらいたいと思った。科学の研究にたずさわることの喜びを、これほど率直に語っているというのは、希なことかもしれない。
2023年10月8日記
ETV特集 世界を変える“大発見”はこうして生まれた カリコ×山中伸弥
最初の放送は、二〇二一年の七月。ちょうどそのころに、日本でもCOVID-19のワクチンの接種が始まった。私の場合だと、たしか、家から一番近いところとして、市役所の出張所まで、車で送って行ってもらったのを憶えている。最初のときは、翌日、かなり熱が出た。
カタリン・カリコは、今回(二〇二三)のノーベル賞の受賞者である。このことによる、再放送である。
いろいろと思うことはある。
何よりも、科学者の研究に対する情熱を感じる。基礎研究とされる分野のことであるが、それが、いずれ人間の幸福につながるものであることを信じて研究に打ち込んでいる。この姿勢は、すばらしいと思い、共感できるところもある。
だが、その研究の歩みは順調ではなかったらしい。東西冷戦の終結、アメリカでの研究生活、かなりの苦労があったという。それでもくじけることなく研究を継続してきた気概には、敬服するところがある。
この番組の趣旨とは離れるが、見ていて思ったことがある。mRNAワクチンについての基礎的な研究成果は、論文として発表され公開されていたことになる。では、なぜ日本で、ワクチンが作れなかったのか。このことについては、いろいろと議論のあることだろうと思うのだが、やはり気になる。
それから、ワクチンは、中国とロシアでも作ったことが、ニュースなどで報じられていたと記憶するが、いつの間にか、これらは立ち消えになってしまっている。はたして、有効なワクチンだったのか、このことも気になっている。
さらにどうでもいいことなのだが、カタリン・カリコは、ハンガリー出身である。ということは、その名前は、ハンガリー語なのだろう。とすると、姓名の順は、どのように記すのが、正しいことになるのだろうか。mRNAともワクチンとも関係ないことだが、これもちょっと気になったことである。
ともあれ、この番組は、科学に関心のある、若いひと……高校生とか大学生とか……に、是非とも見てもらいたいと思った。科学の研究にたずさわることの喜びを、これほど率直に語っているというのは、希なことかもしれない。
2023年10月8日記
雑談「昭和」への道「第七回 技術崇拝社会を曲げたもの」 ― 2023-10-12
2023年10月12日 當山日出夫
司馬遼太郎 雑談「昭和」への道 第七回 技術崇拝社会を曲げたもの
三八式歩兵銃で戦争しようとしたことが無謀であった、ということになる。
私の年代(一九五五年生)だと、テレビドラマの『戦友』を見て憶えている。中国戦線で戦った日本軍の物語である。そこで兵士たちが使っていたのが、三八式歩兵銃であったことになる。これは、一発撃つごとに槓桿を引いて弾丸を排出し次の弾丸を入れないといけない。同時に、同じくテレビドラマで『コンバット』も見ている。ヨーロッパで戦ったアメリカ軍の物語である。出てくるアメリカ軍の使っていた小銃は、連発である。さらには、サンダース軍曹(なつかしい名前であるが)は、軽機関銃を持っていた。子供心にも、これでは、アメリカ軍と戦って勝てるわけはないと思ったのを、なんとなく記憶している。
三八式歩兵銃は、明治村で展示されていたのを見た記憶がある。
といって、銃が旧式であるというだけで悪いということはないのかもしれない。問題はその性能である。カラシニコフは、いったい何十年使われつづけてきているだろうか。
兵器のことで言うならば、確かにゼロ戦は優秀であったかもしれないが、それを太平洋戦争の末期には、特攻用に使用せざるをえなかっというのは、悲劇的である。戦艦大和も、艦隊決戦の出番のないままに沖縄に向かい、沈んだ。
これに対して、日露戦争のときまでの日本軍、あるいは、指導者たちは、軍備についてのリアルな感覚があった。司馬遼太郎の語ることは、こういうことになるだろうか。
番組のタイトルである技術崇拝ということばはあまり適切ではないかと思う。より正確には、技術についてのリアルな感覚ということになるだろう。このあたりのことは、ノモンハンにおいて日本軍とソ連軍の戦車の違いを見れば歴然としている、ということになる。この回のなかでは、戦車のことは出てこなかったが。これまでの回で触れていたように憶えている。
それから、縦深陣地ということば出てきたのには、ちょっと驚いた。今でこそ、軍事的な一般書で、戦略縦深という用語が出てくる。一九八六年のときに、司馬遼太郎は、この概念をもちいていたことになる。
2023年10月7日記
司馬遼太郎 雑談「昭和」への道 第七回 技術崇拝社会を曲げたもの
三八式歩兵銃で戦争しようとしたことが無謀であった、ということになる。
私の年代(一九五五年生)だと、テレビドラマの『戦友』を見て憶えている。中国戦線で戦った日本軍の物語である。そこで兵士たちが使っていたのが、三八式歩兵銃であったことになる。これは、一発撃つごとに槓桿を引いて弾丸を排出し次の弾丸を入れないといけない。同時に、同じくテレビドラマで『コンバット』も見ている。ヨーロッパで戦ったアメリカ軍の物語である。出てくるアメリカ軍の使っていた小銃は、連発である。さらには、サンダース軍曹(なつかしい名前であるが)は、軽機関銃を持っていた。子供心にも、これでは、アメリカ軍と戦って勝てるわけはないと思ったのを、なんとなく記憶している。
三八式歩兵銃は、明治村で展示されていたのを見た記憶がある。
といって、銃が旧式であるというだけで悪いということはないのかもしれない。問題はその性能である。カラシニコフは、いったい何十年使われつづけてきているだろうか。
兵器のことで言うならば、確かにゼロ戦は優秀であったかもしれないが、それを太平洋戦争の末期には、特攻用に使用せざるをえなかっというのは、悲劇的である。戦艦大和も、艦隊決戦の出番のないままに沖縄に向かい、沈んだ。
これに対して、日露戦争のときまでの日本軍、あるいは、指導者たちは、軍備についてのリアルな感覚があった。司馬遼太郎の語ることは、こういうことになるだろうか。
番組のタイトルである技術崇拝ということばはあまり適切ではないかと思う。より正確には、技術についてのリアルな感覚ということになるだろう。このあたりのことは、ノモンハンにおいて日本軍とソ連軍の戦車の違いを見れば歴然としている、ということになる。この回のなかでは、戦車のことは出てこなかったが。これまでの回で触れていたように憶えている。
それから、縦深陣地ということば出てきたのには、ちょっと驚いた。今でこそ、軍事的な一般書で、戦略縦深という用語が出てくる。一九八六年のときに、司馬遼太郎は、この概念をもちいていたことになる。
2023年10月7日記
100カメ「新企画“その後” 赤ちゃん誕生&青ヶ島留学 その後を大追跡!」 ― 2023-10-13
2023年10月13日 當山日出夫
100カメのその後である。たまたまになるが、あつかった番組は両方とも見ている。両方とも印象に残る番組であった。
青ヶ島は、こういう人びとの生活もあるのかと思って見ていたのを憶えている。今の都市部の生活とは違う。まあ、このような、いわば前近代的とでもいうような集落での生活は、好みの分かれるところかもしれない。が、このような生活が、今の時代にあってもいいと思う。これはこれで、非常に貴重なものである。
産科の病院も興味深かった。誕生の場面も興味深いが、その前後の親や、病院のスタッフの動きや表情を追っているのがよかった。それが、一年たつと、生まれた赤ちゃんも一歳である。
その後ということで、一年後を取材したものだが、100カメならではの番組の作りになっている。ドキュメント番組の作りかたとして、この番組の手法は、確立したものになってきたと言っていいだろう。
2023年10月11日記
100カメのその後である。たまたまになるが、あつかった番組は両方とも見ている。両方とも印象に残る番組であった。
青ヶ島は、こういう人びとの生活もあるのかと思って見ていたのを憶えている。今の都市部の生活とは違う。まあ、このような、いわば前近代的とでもいうような集落での生活は、好みの分かれるところかもしれない。が、このような生活が、今の時代にあってもいいと思う。これはこれで、非常に貴重なものである。
産科の病院も興味深かった。誕生の場面も興味深いが、その前後の親や、病院のスタッフの動きや表情を追っているのがよかった。それが、一年たつと、生まれた赤ちゃんも一歳である。
その後ということで、一年後を取材したものだが、100カメならではの番組の作りになっている。ドキュメント番組の作りかたとして、この番組の手法は、確立したものになってきたと言っていいだろう。
2023年10月11日記
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