新日本風土記「おやつの時間」2025-07-25

2025年7月25日 當山日出夫

新日本風土記 「おやつの時間」

再放送である。最初は、2024年7月22日。

この番組の趣旨とは関係ないが、見ていて最も興味深かったのは、宮大工の工房でやりがんなを使うところ。今のような台がんなが広く使われるようになったのは、江戸時代以降のことであり、中世以前はやりがんなで板や柱などの表面を平らにしていた。おおまかに形を整えるのには、ちょうなをつかったはずである。やりがんなが、今に残っていて、それを使う技術が伝わっているということで、非常に貴重な映像だったと思う。

私の今の生活だと、あまりおやつを食べるということはない。ときどき、身の周りにある何かお菓子を食べることはあるが、なければないで、どうということはない。

そもそも、日本に生活する人びとに、おやつを食べるという習慣が根づいたのはいつごろからのことだったろうか。古くは、食事は、一日二食(朝と夜)だった。これは、平安時代の貴族の生活である。『源氏物語』などを詠むときの常識である。だが、一般庶民は、どんなものを、いつ、どのようにして食べていたか、これは、考えることがとても難しい。普通の生活のことほど、史料・資料に残らない。

ヨモギは、野原に自然に生えているものを摘んでくる。それが和菓子店で使う。ヨモギぐらいは、どこにでも生えているようなものかと思うので、わざわざ栽培するということはないのだろう。栽培コストや価格を考えると、野生(?)のものを使うのが合理的ということになる。

胡桃は、ナッツ類のなかに入っていることがあるので、ときどき食べるかと思うが、長野県に専門の栽培農家があるということは知らなかった。これも、古くから、山間地の人びとにとっては、貴重な食料だっただろうと思う。

子どもが野球をするような場面は、少なくなった。現代なら、野球よりも、サッカーの方が人気があるかもしれない。まだ、地域でチームの試合ができるぐらいの規模では残っていることになる。

建設工事現場で夏場に働く人のおやつに、ひやしたバナナに塩をふりかけて食べるというのは、合理的な考え方である。理にかなっている。また、同じ現場で働く人どうしのコミュニケーションということにもつながる。

かき氷は、おそらく十年以上、いや、もっとになるか、食べていない。たかが、固形になったH2Oにお金を払うのは馬鹿馬鹿しいという気持ちがある。これも、氷の質やけづりかたで大きく味が変わるということは、知識としては知っているのだが、強いて食べようとは思わなくなっている。

ただ、養蚕という産業に、カイコの卵の孵化の時期を調整するために氷が重要な役割をはたしてきたということは、初めて知った。これは、同時に、氷を作る冷蔵の技術と設備、さらには、電気がある、という条件が必要になるので、近代的な養蚕業を考えるうえでは、重要なことになるのだろう。

サーターアンダギーは、ときどき近所の人にもらう。沖縄出身の人である。作ってすぐに持ってきてくれたのは、やはり美味しい。

2025年7月22日記

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