『「勤労青年」の教養文化史』福田良明2020-07-12

2020-07-12 當山日出夫(とうやまひでお)

「勤労青年」の教養文化史

福田良明.『「勤労青年」の教養文化史』(岩波新書).岩波書店.2020
https://www.iwanami.co.jp/book/b505594.html

この本を手にして読んでみようと思ったのは、「教養」ということにある。その歴史的背景に興味があった。今、日本において、特に人文学知は危機的状況にあるといっていいだろう。そのなかでも、近年の話題としては、「古典は本当に必用なのか」をめぐる議論がある。

やまもも書斎記 2019年1月18日
「古典は本当に必要なのか」私見
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/01/18/9026278

この本を読んで思ったことを書いてみるならば、次の二点だろうか。

第一には、教育格差の問題。

現代における教育をめぐる議論で、もっとも重要な課題となっているのは、教育格差である。「生まれ」によって、その後のその人間の教育の機会均等が損なわれているという問題である。ただ、これは、結果の平等ということで、どのような大学に進学することになるのか、どのような職業につくことになるのか、また、端的にいってしまえば、その人生における年収はどの程度なのか……この平等、不平等をめぐる議論である。

しかし、この本は、この昨今の教育格差の議論からは距離をおいている。この議論のなかで見えなくなってしまいかねない、「教養」への希求に焦点をあてている。

高校進学さえもままならないような時代……戦後のある時代まで……において、なぜ、若者は「教養」を求めたのか。そこには、実利ではない、人間として豊かに生きるための「教養」への熱意があった。それが、近年の教育の現場においては、消滅してしまっているといってよいであろう。

では、なぜ、「教養」への希求がなくなってしまったのか。そこのところの経緯を、この本は追っている。現代の教育格差の議論では見えなくなってしまっている問題点といってよいであろう。

第二には、その「教養」の問題。

進学できなかった「勤労青年」は、「教養」をもとめた。それについては、地方における青年学級であるとか、主に都市部における定時制高校であるとか、『葦』や『人生手帖』という雑誌メディアであるとか……これらについて、実証的に考察してある。さらには、その後のこととして、一般向けの歴史雑誌やNHK大河ドラマにまで、考察がおよんでいる。

結局は、日本社会の高度成長と、進学率の向上によって、「教養主義」というものの没落ということになり、それにともなって、「勤労青年」たちの「教養」への希求も消滅していくことになる。

かつて定時制高校で学んでいた若者たちは、実利……直接すぐに役にたつこと……ではなく、「教養」……人間として豊かになること……を目指していた。このことの指摘は、重要な意味があると思う。

以上の二点が、この本を読んで思ったことなどである。

「古典は本当に必用なのか」という最近の議論について考えてみるならば、まさに、「教養」への希求の消滅ということを時代的背景に考えなければならないということになる。古典不要論はこのようにいう……学校教育の目的は、それを学んだ学生の利益になるものでなければならない、具体的には、年収に反映されなければならないし、公的な学校教育においては、GDPにむすびつくものでなければならない。このような言説に納得するか、あるいは、違和感を覚えるかどうかは別にして、少なくとも、今では、堂々とこのような議論がなされるようになっていることは確かなことである。

教育に実利をもとめる立場については、「教養」というものへのリスペクトの観点が欠けていると思わざるをえない。いや、むしろ、今の時代の風潮として、全体的にそうなってしまっているとすべきかもしれない。

この本は、現代の、そして、これからの「教養」ということを考えるとき、参照されるべき本になっていくだろう。

2020年7月7日記

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