『ペスト』カミュ/中条省平(訳)2021-09-30

2021-09-30 當山日出夫(とうやまひでお)

ペスト

アルベール・カミュ.中条省平(訳).『ペスト』(光文社古典新訳文庫).光文社.2021
https://www.kotensinyaku.jp/books/book348/

岩波文庫版の『ペスト』については、すでに読んで書いている。

やまもも書斎記 2021年6月10日
『ペスト』カミュ/三野博司(訳)
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/06/10/9386381

今年になってから、岩波文庫と光文社古典新訳文庫で、あたらしく『ペスト』の翻訳が出たことになる。ただ、両者とも、この時期……COVID-19によるパンデミックという時期……に刊行になったのは、たまたまということのようだ。翻訳の企画自体は、かなり以前からすすめられていて、時をおなじゅうして刊行になったという運びのようだ。

この新しい訳でも読んでみることにしたのだが、やはり、今の時代に読むと、社会の情勢と無関係にこの作品を読むことはできないと感じる。読んで思うことなど、書いてみると次の二点ぐらいになるだろうか。

第一には、不条理ということ。

この小説のメインのテーマは、この世の中、人間の世界における、どうしようもない不条理と、その前に、ただ打ち伏すしかない人間のありさま、とでもなるだろうか。どうしようもない不条理がある。それが、この小説では、ペストという疫病の形をとって表現されているが、より普遍的には、戦争であったり、あるいは、革命であったり、この世の中に厳然として存在することになる、さまざまなどうしようもないもの、とでもいうことができようか。

その前で、人間はただ卑小になるしかないのかもしれない。あるいは、なかには果敢にそれにたちむかっていく人びともいる。が、それが、成功するかどうかはわからない。しかし、それでも、たちあがろうとするのが人間であるともいえよう。

結局、この小説において、人びとは、ペストという疫病に敗北したのだろうか。あるいは、勝利したのだろうか。このあたりの解釈は、いろいろと考えることができるだろう。たしかに、小説の結末としては、ペストの終息ということにはなっている。だからといって、それで、この世の中に存在する不条理に人間は打ち勝ちうるとまではいえないようにも思える。

第二は、やはりパンデミックにおける人間というもの。

今、この小説を読んで、実際の世の中のパンデミックという状況のことを思うなという方が無理である。あえてそのような視点で読んでみるならば、まさに、パンデミック状況下において、人間はどのように考え、行動することになるのか……つきなみないい方になるが、文学的想像力による予言とでも、理解できるかもしれない。読んでいて、なるほど人間はこんなふうになってしまうものなのかと、納得してしまう部分がかなりあることは確かである。

以上の二点が、光文社古典新訳文庫版での『ペスト』を読んで思うことなどである。

今年になって、岩波文庫版と、光文社古典新訳文庫版と二種類読んだことになるのだが、私の好みからするならば、光文社古典新訳文庫版の方が、読みやすかった。あるいは、カミュの文章になじんだ日本語になっている、とでもいえるだろうか。このあたりは、好みの問題でもあろう。

2021年9月29日記

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