「ネズミの“楽園”実験 切り取られた研究成果」2024-11-22

2024年11月22日 當山日出夫

フランケンシュタインの誘惑 ネズミの“楽園”実験 切り取られた研究成果

これはいろいろと考えるところがあった。

見終わって、WEBを、カルフーンの名前で検索してみると、ユニバース25の実権に言及したものが見つかる。過密が、あるいは、ユートピアが、人類を滅ぼす、ということになっている。

科学(サイエンス)の問題として、ネズミについて分かったことが、そのまま人間社会にあてはまるのかどうか、という基礎的なところから、科学ジャーナリズム、科学コミュニケーションの問題まで、現代のわれわれが課題とすべき種々の問題におよんでいることになる。

すなおに研究結果をうけとめれば、ネズミと人間を単純に同一視はできないはずである。また、その一方で、行動シンクを抑制することも可能である、ということもある。これらを総合的に考えたうえで、では人間ではどうなのか、ということになるはずだが、そうならなかった、いや、今でもなっていないという現実がある。

はたして、現在の日本の、また、先進諸国で深刻化している人口減少を、カルフーンの研究と安直に結びつけて論じるてあいが、いるだろうか。(いてもおかしくはないと思うが、どうなのだろうか。強いて検索して探してみようとは思わないでいるけれど。)

人口減少については、歴史人口学の立場からの研究の方が有益であるように、私には思える。たとえば、ポール・モーランド『人口で語る世界史』。近代化がすすみ、女性の教育水準があがり、働く女性が増えれば、出産は減り、人口は減少する。ざっくばらんにいってこういうことだと思っているのだが、この考え方の方が説得力があると思える。

たしかに、今から数十年前は、爆発的に増える世界の人口が問題視された時代もあった。私も、そういう時代があったことを記憶している。そして、特に、都市の過密ということも、大きな社会問題であった。その時代を背景として、カルフーンの研究は、社会に受容されたということになる。

番組を見て興味深かったのは、行動シンクを抑制するには、ネズミに役割を与え、協力しなければ水が飲めないようにする、ということ。人間の社会での役割の変化というのは、現代社会の大きな課題である。急速な近代化、グローバル化、そして、さらにはAIの発達。人間の社会での意味が大きく変わろうとしている。

さて、このとき、カルフーンの実験はヒントになるだろうか。

ところで、科学の研究成果を分かりやすく人びとに伝えるということは、難しい。おそらく、今の社会で最も一般に誤解されている概念は、進化、ということかもしれない。(私自身、はっきりいって正しく理解してるとは思っていない。)

また、近年の問題でいえば、遺伝子と生育環境のことがある。親ガチャ、教育格差が問題となっているが、人間の能力は、生まれつきによるものなのか、教育によるものなのか、話題になることである。生物学や心理学などでの研究が、一般に広まるとき、どのような社会の価値観のバイアスをうけることになるのか、これらについては、より慎重でなければならないと思う。

動物の行動に人間の感情を投影して見てしまう。これはよくあることである。たとえば、雄と雌が、一夫一婦制である場合、あるいは、一夫多妻である場合、おそらく無意識のうちに、人間ではどうかという性倫理について考えてしまう、というところがある。NHKの動物をあつかった番組などでも、このような傾向を感じることが多い。いや、そうではなく、人間の考えることというのは、そういうものなのだ、ということになるのかもしれない。

2024年11月19日記

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