新日本風土記「奥出雲」2025-11-21

2025年11月21日 當山日出夫

新日本風土記 奥出雲

再放送である。最初は、2024年11月11日。

最初の放送のときも、だいたい見たかなと記憶している。

田圃の中にタタラの神様があって(ちょっと小高くなった部分があって)、田植えや、稲刈りのときは、そこをよけるようにしなければならない。なんだか、ちょっと滑稽であり、面白い。世の中の田圃の中には、こんなところがあっていいと思うし、こいうことを大事にする人がいてもいいと思う。

たたら製鉄は、他の番組などでもとりあげているので、概略は知っていることだが、やはり、重労働だなと感じる一方で、膨大な炭を必要とするので、たたら製鉄ばかりやっていると、山の木がなくなってしまう。これも、現在では、たたら製鉄もごく限られたものとなり、地域全体での規模も小さくなっているので、なんとか山の木がなくならないようにできている。あるいは、現在のところ、伐採と森林の再生のバランスが、とれている。

砂鉄を取り出すために、地形が変わるほどに、掘削したということである。その後が、いまでは棚田となっている。

現在では、砂鉄はどのようにして採掘しているのだろうか。(このところは、知りたいところである。)

出雲蕎麦のお店があって、若い人が働いている。この地域として、出雲蕎麦のお店ということなら、やっていけるのかと思う。周辺地域との、交通のアクセスがよければ、奥出雲も、なんとか生きていける地域ということなのだろう。ただ、出雲蕎麦以外に、さらに、名物が欲しいところではないかと思うが。

ソロバンは、小学校のときに習った経験があるのだが、今では、我が家には無い。それから、計算尺もない。完全に、電卓と、エクセルにとって代わられている。

だが、算術の計算と、手を動かすことが、連動しているソロバンというのは、頭のトレーニングには、非常にいいだろうと思う。うちの近所にも、ソロバンの教室がある。

使わなくなったものとしては、計算尺もそうである。これは、対数計算の理屈と一緒に計算尺を学習すると、いいのではと思うが、もう世の中で、計算尺を使うことはないだろう。かつて、GPSなどが普及する前、空を飛ぶパイロットにとって、計算尺は必須の道具であったはずだが、こういう知識も失われていくことになるだろう。

ソロバンは、電気を必要とはしないが、考え方としては、デジタルの計算機である。

ホッケーを頑張るというのは、この地域の人たちにとって、生活の中に溶け込んでいるようである。(はっきりいって、ホッケーという競技があるということを、知識として知っているぐらいである。)

鍛冶屋さんが、そば切りのための包丁を一から作る工程をたどっていたのだが、これは面白かった。分業になっているのかと思ったが、刃物として仕上げて、研ぐところまで、自分のところでやっている。(分業としてあるのは、持ち手の柄の部分ぐらいかなと思ったが、どうなだろうか。)

2025年11月13日記

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