超体感!八雲が愛した神々の里 ばけばけ出雲旅2026-01-02

2026年1月2日 當山日出夫

超体感!八雲が愛した神々の里 ばけばけ出雲旅

『ばけばけ』関連の番組の一つだが、わりと面白かった。

松江の街の紹介は、定番といっていい内容だった。面白かったのは、明治の松江城が、ボロボロだったこと。現在、各地に、お城や天守閣が残っているが、それは、近年になって整備したもので、明治維新を経て、古くからのお城は、ほとんどが見捨てられた状態だったはずである。それが、地元の有志などの努力で、保存されて残ったというのが、多くのケースかと思っている。

月照寺の大亀とか、大雄寺とか、八重垣神社の池とか、城山稲荷とか、ドラマで見て知ったことである。

一畑電鉄で、出雲に行くことになっていたが、切符が紙だった。改札を通るとき、入鋏してくれる。(まあ、昔の国鉄などこうだったことを憶えているというだけで、もう老人かと思うが。そのうち、Suicaを憶えていたら老人という時代になるかもしれない。)

途中の村で、家の敷地の中に、水神様、荒神様、こういう神様を祀っているというのは、今も、こういう生活が残っているのかと、とても面白かった。(東北の方だと、オシラサマが残っていたりするが。)

出雲大社の、神楽唄、は興味深かった。木の箱を棒でたたいているような感じではあったが、しかし、昔の神様のための音楽とはこんなものだったのだろうか。

温泉津温泉は、小泉八雲の書いたものには出てきていないかと思う。そういえば、小泉八雲の書いた文章を読んで、温泉とか風呂とか、記憶に残っていない。読み落としているだけかとも思うが。海で泳いだことは、印象深い記述があるが。

街の人びとの伝承している神楽もいい。八岐大蛇の神楽であったが、この話しは、日本の神話として代表的なものである。だが、日本神話が一般の人びとの知識となったのは、明治以降のことだし、まず、『古事記』を本居宣長がちゃんと読んでからのことである。この神楽は、新しい「創られた伝統」なのだろうか。それとも、本当に、中世以前から受け継いだものなのだろうか。このあたりが、気になる。

十六島は、日本の難読地名の代表かもしれない。「うっぷるい」と読む。(他に難読地名として思いうかぶのは、間人である。「たいざ」と読む。)ここが海苔の産地であることは知っていたが、あんなふうにして採るものだとは、知らなかった。

美保関の街のこと、神社のことは、出雲に関連した番組で、何度か見ているが、やはり石畳の道がとてもいい。今でも、当屋の制度が残っている。諸手船神事は、とても寒そうである。

十月、神無月が、出雲では、神在月、とされることは知っていることだが、この時、全国の神様を迎えるのが、夜になって海からである、というのは興味深い。こういう形態で神事がとりおこなわれてきたのは、いつごろまでさかのぼるのだろうか。一般に、神様が、どこからやってくるのか、山を越えてやってくるのか、海からやって来るのか、民俗学的には、興味のあるところかと思う。その神様たち、八百万の神様だからたくさんいらっしゃることになるが、それを、神籬「ひもろぎ」に移して、神社まで運ぶ。神様は、海岸までは自力でやって来てくれるが、そこからは、人の手で出雲大社まで運んであげなければならない。これも、なんとなく面白い。

古い出雲大社の巨大な柱の跡は、たしか東京国立博物館だったと思うが、発掘されてしばらくのころに見たことがある。昔の出雲大社(杵築大社)は、巨大な木造建造物だった。

出雲大社の本殿の内部の映像が映っていたが、これは貴重なものだろう。小泉八雲は、明治の昔に、ここまで入ることを許されたというのは、やはり特別の経験だったにちがいない。

2026年1月1日記

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