サイエンスZERO「575でカガク!太陽 知られざる驚異の姿」 ― 2026-01-30
2026年1月30日 當山日出夫
サイエンスZERO 575でカガク!太陽 知られざる驚異の姿
正直にいえば、磁力線といわれて、なんとなく分かるのだが、それはいったいどんなものなのかとなると、さっぱり知識がない。だから、まあ、番組の内容の半分も、納得して見たということではなかった。
しかし、太陽について、これぐらいのことまで分かるようになっている、ということでは、とても興味深かった。
コロナが非常な高温になることについては、まだ定説というべきものがないらしい。番組では、二つの説を紹介していた。(こういう番組で、複数の学説のある場合、それを等しく紹介するというのは、いいことだと思う。分からないことは、分からないのである。)
SOLAR-C、次の観測衛星であるが、この打ち上げは無事にできるのだろうか。日本のロケット開発は、H3が途中で止まってしまっている。
2026年1月24日記
サイエンスZERO 575でカガク!太陽 知られざる驚異の姿
正直にいえば、磁力線といわれて、なんとなく分かるのだが、それはいったいどんなものなのかとなると、さっぱり知識がない。だから、まあ、番組の内容の半分も、納得して見たということではなかった。
しかし、太陽について、これぐらいのことまで分かるようになっている、ということでは、とても興味深かった。
コロナが非常な高温になることについては、まだ定説というべきものがないらしい。番組では、二つの説を紹介していた。(こういう番組で、複数の学説のある場合、それを等しく紹介するというのは、いいことだと思う。分からないことは、分からないのである。)
SOLAR-C、次の観測衛星であるが、この打ち上げは無事にできるのだろうか。日本のロケット開発は、H3が途中で止まってしまっている。
2026年1月24日記
ドキュメント72時間「富山・雨晴海岸 山の姿を待ちわびて」 ― 2026-01-30
2026年1月30日 當山日出夫
ドキュメント72時間 富山・雨晴海岸 山の姿を待ちわびて
富山湾の立山連峰の写真は見たことがあるが、雨晴海岸から撮影したものかと思う。雨晴で、あまはらし、と読むのは、簡単そうだが難しい。ATOKでは、あまはらし、からきちんと変換してくれた。
特にこの場所に思い入れがある人がいるということではなかった。写真目当てでやってくる人は多い。見れば、カメラとかレンズは、いいのを使っている人が多い。やはりキヤノンが多いのは、今の時代である。(私は、ずっとニコンを使っている。)
この番組としては、場所の魅力ということがある。ただ、72時間のことを番組にあするだけなら、渋谷の交差点でもいいのだろうが、それでも、新聞スタンドということにターゲットを絞っている。
雨晴海岸に道の駅があるのは、立山の風景をもとめてのことになる。それでも、きれいに景色が見えるのは、年に何日もないらしい。それよりも、それを予報することがあるというのは、ちょっとおどろいた。富山でも、魚津で蜃気楼が見られるときは、知らせてくれるようになっていたかと思うが(私は、まだ、見たことがない)。鹿児島の天気予報に灰の予報があるようなものかとも思う。
番組に映っていた中には、かなり遠くからやってきた人もいた。遠路はるばるやってきても、きれいな景色が見られるどうかは分からない。だからこそ、いいのかもしれない。お天気まかせ、運が良ければ見られる、というのもあっていい。
風景として見た場合であるが、立山の風景は、あまり文化的に意味づけされていないかと思う。歴史的文化的に意味づけされた風景というと、歌枕、ということになる。日本三景……松島、天橋立、宮島……などは、過去にそこを訪れた人や、文学や歴史を抜きにしては見ることができない。
しかし、富山湾の立山の風景は、あまりそういうところがない。山岳風景を美しいと感じるようになったのは、日本でも、近代になってからかもしれない。それまでは、美、として見るよりも、信仰、ということで見ていただろう。そして、風景写真ということの社会への普及があってのことだろうと思う。こういうことは、日本の風景と写真の歴史、ということで考えることになるだろう。
2026年1月24日記
ドキュメント72時間 富山・雨晴海岸 山の姿を待ちわびて
富山湾の立山連峰の写真は見たことがあるが、雨晴海岸から撮影したものかと思う。雨晴で、あまはらし、と読むのは、簡単そうだが難しい。ATOKでは、あまはらし、からきちんと変換してくれた。
特にこの場所に思い入れがある人がいるということではなかった。写真目当てでやってくる人は多い。見れば、カメラとかレンズは、いいのを使っている人が多い。やはりキヤノンが多いのは、今の時代である。(私は、ずっとニコンを使っている。)
この番組としては、場所の魅力ということがある。ただ、72時間のことを番組にあするだけなら、渋谷の交差点でもいいのだろうが、それでも、新聞スタンドということにターゲットを絞っている。
雨晴海岸に道の駅があるのは、立山の風景をもとめてのことになる。それでも、きれいに景色が見えるのは、年に何日もないらしい。それよりも、それを予報することがあるというのは、ちょっとおどろいた。富山でも、魚津で蜃気楼が見られるときは、知らせてくれるようになっていたかと思うが(私は、まだ、見たことがない)。鹿児島の天気予報に灰の予報があるようなものかとも思う。
番組に映っていた中には、かなり遠くからやってきた人もいた。遠路はるばるやってきても、きれいな景色が見られるどうかは分からない。だからこそ、いいのかもしれない。お天気まかせ、運が良ければ見られる、というのもあっていい。
風景として見た場合であるが、立山の風景は、あまり文化的に意味づけされていないかと思う。歴史的文化的に意味づけされた風景というと、歌枕、ということになる。日本三景……松島、天橋立、宮島……などは、過去にそこを訪れた人や、文学や歴史を抜きにしては見ることができない。
しかし、富山湾の立山の風景は、あまりそういうところがない。山岳風景を美しいと感じるようになったのは、日本でも、近代になってからかもしれない。それまでは、美、として見るよりも、信仰、ということで見ていただろう。そして、風景写真ということの社会への普及があってのことだろうと思う。こういうことは、日本の風景と写真の歴史、ということで考えることになるだろう。
2026年1月24日記
ねほりんぱほりん「声優をあきらめた人」 ― 2026-01-30
2026年1月30日 當山日出夫
ねほりんぱほりん 声優をあきらめた人
テレビのドラマなど見ていると、下手な役者が多いと思う。なんでこんな下手な俳優、女優がやっているんだと、感じることがある。脚本や演出が下手ということもあるが。ドラマだと、演技を総合的に見ることになる。強いていえば、芝居が下手でも、他の要素……見た目がかわいい、ルッキズムと批判されそうだが……ということで、なんとかなっているようだ。
しかし、声優は、その声だけで勝負しなければならないので、ごまかしがきかない。この意味では、とても難しい仕事だろう。ごまかしようがない、実力勝負の世界であることを、あまり理解せずに、ただなんとなく声優を希望するということなのかとも思う。(そして、あえていえば、運の善し悪しも、勝負の実力のうちである。)
所詮、人間が生きていくのは、何かを諦めることでしかない。最初から思っていた夢や希望を、そのままかなえられる人生なんて、そんなにあるわけがない。いや、ほとんどないだろう。だからといって、宿命論で生きて、何の努力もしなくてもいい、というわけではない。
前近代の封建的社会で、その生まれた階層によって、親の職業を継ぐ、という生き方が一般的であった時代の方が、ある意味では、人間は幸福に生きられたともいうことができる。しかし、その昔に、もうもどせるわけではない。
ただ、番組を見ていると、声優の学校などが、声優希望の若者が多いことを材料にして、ぼったくりの商売をしている……という面もあるかと思う。需給のバランスが、どう見ても崩れている。
声優の希望者が多いということがあり、その技術が高くなっていくと、かえって素人っぽさのある仕事がもとめられるかとも思う。そうなると、さらに高度なスキルが要求され、仕事のハードルがどんどん高くなっていく、このようなこともあるかと思う。
また、声優を諦めた……このような人は、他の領域でもたくさんいるはずだが……人たちが、次のステップにむけて仕事を始められるような、社会のシステムが必要ということになる。リスキリングとはいっているのだが、基本的な職業訓練と就業の機会ということでは、日本の社会の全体の問題につながることかとも思う。
自己実現こそが人間が生きていく最高の目的である、というのは、近代の生んだ妄想である、というと言い過ぎかもしれないが、少なくも、こういうことにとらわれない生き方があってもいい。(それもまた、ある種の自己実現ではあるとしても。)
絵自衛隊の通信で、「おくれ」と言うのは、そのとおりである。
2026年1月20日記
ねほりんぱほりん 声優をあきらめた人
テレビのドラマなど見ていると、下手な役者が多いと思う。なんでこんな下手な俳優、女優がやっているんだと、感じることがある。脚本や演出が下手ということもあるが。ドラマだと、演技を総合的に見ることになる。強いていえば、芝居が下手でも、他の要素……見た目がかわいい、ルッキズムと批判されそうだが……ということで、なんとかなっているようだ。
しかし、声優は、その声だけで勝負しなければならないので、ごまかしがきかない。この意味では、とても難しい仕事だろう。ごまかしようがない、実力勝負の世界であることを、あまり理解せずに、ただなんとなく声優を希望するということなのかとも思う。(そして、あえていえば、運の善し悪しも、勝負の実力のうちである。)
所詮、人間が生きていくのは、何かを諦めることでしかない。最初から思っていた夢や希望を、そのままかなえられる人生なんて、そんなにあるわけがない。いや、ほとんどないだろう。だからといって、宿命論で生きて、何の努力もしなくてもいい、というわけではない。
前近代の封建的社会で、その生まれた階層によって、親の職業を継ぐ、という生き方が一般的であった時代の方が、ある意味では、人間は幸福に生きられたともいうことができる。しかし、その昔に、もうもどせるわけではない。
ただ、番組を見ていると、声優の学校などが、声優希望の若者が多いことを材料にして、ぼったくりの商売をしている……という面もあるかと思う。需給のバランスが、どう見ても崩れている。
声優の希望者が多いということがあり、その技術が高くなっていくと、かえって素人っぽさのある仕事がもとめられるかとも思う。そうなると、さらに高度なスキルが要求され、仕事のハードルがどんどん高くなっていく、このようなこともあるかと思う。
また、声優を諦めた……このような人は、他の領域でもたくさんいるはずだが……人たちが、次のステップにむけて仕事を始められるような、社会のシステムが必要ということになる。リスキリングとはいっているのだが、基本的な職業訓練と就業の機会ということでは、日本の社会の全体の問題につながることかとも思う。
自己実現こそが人間が生きていく最高の目的である、というのは、近代の生んだ妄想である、というと言い過ぎかもしれないが、少なくも、こういうことにとらわれない生き方があってもいい。(それもまた、ある種の自己実現ではあるとしても。)
絵自衛隊の通信で、「おくれ」と言うのは、そのとおりである。
2026年1月20日記
よみがえる新日本紀行「西津軽小駅〜青森県西海岸〜」 ― 2026-01-30
2026年1月30日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行 西津軽小駅〜青森県西海岸〜
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和51年(1976年)。
(関係する人にはまことにもうしわけないと思うのだが)、見終わって、五能線がまだ廃線にならずに残っていたことに、いささかおどろいた、というのが正直なところである。
昭和51年というと、私が、大学生になって東京で生活を始めたころである。これとほぼ時をおなじくして、青森から東京に働きにでた若者が、現在では故郷に帰ってトラック運転手として働いている……これには、感慨深いものがある。
旧国鉄時代の赤字ローカル線は、非常に問題になったことである。国鉄の遵法闘争とか、スト権スト、ということを、実際の体験として憶えている。
しかし、一方で、鉄道が開通する、駅ができるということが、その地域の人びとにとって、どれぐらい大きな出来事であったかということも、これも分かる。私の生まれ故郷の地域には、鉄道は通っていたが、乗るには、バスで近くのちょっと大きな町までいかないといけなかった。そこに駅が新しくできた(無人駅であったが)ことは、お祭り騒ぎであったのを、記憶している。
昔は、バスが一日一往復、鉄道が五往復ということだったが、現在の場面で、映っていた時刻表を見ると、鉄道の運行状況は、そう変わらない。主に、学校に通う高校生が乗客であるというのは、日本のローカル線の今の姿だろうと思う。
海岸で流木をひろうおばあさんの姿が印象的である。ただ、何を話しているのか、ほとんど分からなかったけれど。(この地方の方言は、聞き取りづらい。)
燃料として使うのも流木であるし、家を建てるのにも、流木を使う、ということは、こういう地域もあるのかと思った。人が生活するのに、日常の燃料は必須である。日本の山林が、どのように薪炭として、燃料に利用されてきたのか、ということは、重要な日本に住んできた人びとの歴史であると思っている。流木が使えるということも、人が生活することのできる、一つの条件であったというべきだろうか。
子どもが病気になって、占いにみてもらう……こういうことが、実際におこなわれていた。今は、どうだろうか。
少しだけ映っていたのだが、オシラサマでいいのかと思う。
何にもないというところがいい、生まれ故郷が一番いい……これは、やはり、そこに生活する人々の、いつわらざる思いだろう。
風力発電も、これから先、順調にいくかどうか、心配なところもある。だが、観光列車が走るぐらいのところだから、今後の地域のあり方としては、希望がないわけではないといっていいだろう。
2026年1月28日記
よみがえる新日本紀行 西津軽小駅〜青森県西海岸〜
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和51年(1976年)。
(関係する人にはまことにもうしわけないと思うのだが)、見終わって、五能線がまだ廃線にならずに残っていたことに、いささかおどろいた、というのが正直なところである。
昭和51年というと、私が、大学生になって東京で生活を始めたころである。これとほぼ時をおなじくして、青森から東京に働きにでた若者が、現在では故郷に帰ってトラック運転手として働いている……これには、感慨深いものがある。
旧国鉄時代の赤字ローカル線は、非常に問題になったことである。国鉄の遵法闘争とか、スト権スト、ということを、実際の体験として憶えている。
しかし、一方で、鉄道が開通する、駅ができるということが、その地域の人びとにとって、どれぐらい大きな出来事であったかということも、これも分かる。私の生まれ故郷の地域には、鉄道は通っていたが、乗るには、バスで近くのちょっと大きな町までいかないといけなかった。そこに駅が新しくできた(無人駅であったが)ことは、お祭り騒ぎであったのを、記憶している。
昔は、バスが一日一往復、鉄道が五往復ということだったが、現在の場面で、映っていた時刻表を見ると、鉄道の運行状況は、そう変わらない。主に、学校に通う高校生が乗客であるというのは、日本のローカル線の今の姿だろうと思う。
海岸で流木をひろうおばあさんの姿が印象的である。ただ、何を話しているのか、ほとんど分からなかったけれど。(この地方の方言は、聞き取りづらい。)
燃料として使うのも流木であるし、家を建てるのにも、流木を使う、ということは、こういう地域もあるのかと思った。人が生活するのに、日常の燃料は必須である。日本の山林が、どのように薪炭として、燃料に利用されてきたのか、ということは、重要な日本に住んできた人びとの歴史であると思っている。流木が使えるということも、人が生活することのできる、一つの条件であったというべきだろうか。
子どもが病気になって、占いにみてもらう……こういうことが、実際におこなわれていた。今は、どうだろうか。
少しだけ映っていたのだが、オシラサマでいいのかと思う。
何にもないというところがいい、生まれ故郷が一番いい……これは、やはり、そこに生活する人々の、いつわらざる思いだろう。
風力発電も、これから先、順調にいくかどうか、心配なところもある。だが、観光列車が走るぐらいのところだから、今後の地域のあり方としては、希望がないわけではないといっていいだろう。
2026年1月28日記
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