時をかけるテレビ「女たちの太平洋戦争 〜従軍看護婦 激戦地の記録〜」 ― 2026-08-12
2026年8月12日 當山日出夫
時をかけるテレビ「女たちの太平洋戦争 〜従軍看護婦 激戦地の記録〜」
オリジナルは、2015年。
見ていて感じることは、元従軍看護婦の人たちの、語り口が重たいことである。番組として編集して作るときに、短時間で言いたいことを述べている場面をつないでいるのだろうが、しかし、このような証言を語る表情の背後には、沈黙してきた時間の流れがあり、また、今でも語りたくないということが多くある、ということを感じる。
少し前の放送になるが、「おとなのEテレタイムマシン」で、井上ひさしが、原爆の被災者のことを語っていたのを思い出す。このとき、井上ひさしが言っていたことは、被災者の人たちの口が硬いこと、沈黙の意味、そして、話し出すと雄弁に明瞭に語る、ということがある。(こういうことこそ残さなければならないことである。いわゆる語り部の継承などということは、私は、意味のないことだと思っている。いわんや、AIを利用しようなどというのは、いったい人間の体験をなんだと思っているのだろうか。)
多くの人がそうだろうかと思うのだが、見ながら、『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、三浦みどり訳)のことを思う。
番組で出てきた元従軍看護婦であった人たちのことばについて、私としては、特に何を言おうとは思わない。ただ、番組の全体として、すぐれたドキュメンタリーは、人間とはどういうものかを描くものである、ということは言っていいだろう。
余計なことかと思うが、従軍看護婦であった人は戦地で死んだ場合、戦死、と記録される。そして、(番組ではあえて言及をさけたのかとも思うのだが)靖国神社に祀られている。このことの是非は別にして、従軍看護婦というい仕事とは、そういうものだったという認識は持っておくべきだろう。
終わりの解説のところで、中国での経験として、ソ連兵から強姦されたという話しが、残酷なエピソードとして出てきていた。だが、強姦されても命があって生きて帰ってくることができたというのなら、幸運だったというべきだろう。(これも余計なことかと思うが、こういう場合、ソ連兵の残虐さはいくらでも言っていいけれど、共産党(毛沢東)や国民党(蒋介石)の兵士たちは、どうだったのだろうか。もう今でもタブーということなのだろうか。)
2026年8月10日記
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