ネコメンタリー 猫も、杓子も。「麻見和史とるう太」 ― 2026-08-12
2026年8月12日 當山日出夫
ネコメンタリー 猫も、杓子も。「麻見和史とるう太」
再放送である。最初は、2026年2月12日。
残念ながら、麻見和史の作品は読んだことがない。ミステリの類は、好きで読むことが多いのだが、このごろは、年末になってから、ベストが出たのを見て、そこからみつくろって読むようにしている。昔、若いころ、いわゆる新本格の作品が出始めたころは、そのほとんどを買って読んでいた。今でも多くの初版本が書庫の中にある。
警察小説は、英国のものが好きである。こういう人は多いのではないかと思っている。警察官を主人公にしたミステリは、英国風のものもあれば、アメリカ風のものもある、また、日本風のものもあり、これは、実に多彩である。かなり古いものになるが、ルース・レンデルのウェクスフォード警部シリーズが好きだった。
エプソンのPCを使っている人は、いまどき、めづらしいかもしれない。この会社は、あまり個人向けの商売をしていない。日本語の入力は、ATOKであった。Wordを使うからといって、別に、MS-IMEを使うこともない。
使っているワープロが、Wordであるのは、こういう時代である。しかし、普通に文章を書くということについては、シンプルにエディタを使うのがいいのかなという気がする。Wordは、余計なことをしすぎるので、考えながら文章を書くというときには、私は使わない。エディタ(今は、Meryを使っている)で書いて、それをWordか一太郎で、形を整えるということが多い。
画面設定は、黒っぽい色、濃い紺色などにしておいて、黄色系の色で、文字を表示する。これは、PC-9801で、「松」(もう憶えている人は少ないだろう)を使っていたときからの習慣のようなものである。また、経験的には、これが、一番、目が疲れない。
奥さんが亡くなって、るう太が残った。こういうるう太は、かわいいだろうなあ、と思う。ネコは何をしてくれるわけでもない。我が家のネコの場合、ごくまれにネズミを捕ってきたことがあるが、最近はない。ネコが年取って、ネズミを捕るのが無理になったのか、飽きたのか。
るう太は、目の色がとてもいい。
録画しておいて、翌日の朝早くに見ていたら、うちのネコたちは、フローリングの床のうえに、のべ~っと横になっていた。母親とその息子である。我が家のネコは、テレビでネコが映っても、知らん顔をしている。「ネコ歩き」もまったく興味を示さない。
岸政彦とおはぎ。
岸政彦の本はいくつか読んでいるが、どう考えていいかと思うところがある。生活史という方法が、学問的にどういう意味があるのか、私には、判断しかねるところがある。柳田国男の『明治大正史 世相編』とか「雪国の春」「木綿以前の事」などで描き出そうとしたことが、現代の社会では、どういう方法で考えることになるのか。これが、生活史、ということかなとは思うのだが。
大きな歴史の流れが、個人の経験の集まったものである、といって、単に集まっただけのものでもない……ということは理解できるとしても、個人レベルの生活史と、大きな社会と歴史のうごきを、どうとらえることができるのか、ますます、難しい時代になってきているかなと思うぐらいである。
あるいは、『山びこ学校』につらなるところに位置づけることもできるだろうか。無着成恭は、社会科の教師としての仕事で、これをやったのだが。
私は、ネコは、絶対にパソコンの机にあがってはいけないとしつけている。おはぎは、許されているようだ。ネコにはMacがよく似合う。
2026年8月8日記
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