山崎雅弘『日本会議-戦前回帰への情念-』2016-07-26

2016-07-26 當山日出夫

山崎雅弘.『日本会議-戦前回帰への情念-』(集英社新書).集英社.2016
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0842-a/

日本会議についての本は、すでに一つ書いた。

やまもも書斎記 2016年7月17日
青木理『日本会議の正体』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/17/8133003

どうせついでというわけでもないが、この本も読んでみることにした。読んでみると、これまで出た本とは、かなり方向性が違う。意図的にそうしたということではないだろう。たてつづけに刊行されているので、先に刊行された本を意識して手をいれる時間の余裕などないはずである。だが、期せずして、日本会議について、いろんな視点からの考察を手にすることができるようになっている。

先に出た本。
菅野完.『日本会議の研究』(扶桑社新書).扶桑社.2016
http://www.fusosha.co.jp/Books/detail/9784594074760

この本は、おもに日本会議の来歴、長崎大学・生長の家というあたりからときおこして、現在のまでの組織の変遷をたどっている。

一方、一番あたらしいこの本『日本会議-戦前回帰への情念-』は、その来歴にはあまり言及することなく、現在の日本会議のあり方、特に神社本庁との関係、それから、その政治的な立場・主張の分析と批判に重きをおいて書いてある。

そして、その間に出た、青木理『日本会議の正体』は、ちょうどその中間の記述になっている。長崎大学・生長の家からはじまって、現在までのあゆみ。そして、その政治的主張についてふれる。

三者三様にそれぞれの視点があって、結果的には、三つとも読んでみて正解だったと思っている。

ところで、日本会議の主張とはどんなものか。それは、この本のサブタイトル「戦前回帰への情念」が端的に示しているといってよい。「保守」とはいっても、そのまもるべき「過去」とは、昭和戦前、明治憲法の昔、ということになる。それを至上のものとして、そこへの復帰をつよく主張しているのが、日本会議である。

その問題点については、改めていうほどのこともないだろう。日本会議の主張も、ある種のステレオタイプにすぎないとするならば、それへの批判も、ステレオタイプからのがれることはむずかしい。そうではなく、ここは、本来の「保守」とはなんであるか、という観点から、批判的に見るのが一番有効ではないだろうか。そうでないと、単なる批判・反論のすれ違いにおわるだけである。

この意味で興味深いと思ったのは、孫引きになるのであるが、海外メディアの反応をみておきたい。イギリスの高級週刊紙(原文ママ)「エコノミスト」の記事として、次のようにある。

「この新政権(安倍政権、引用者)を「保守的」と評したのでは、本当の性質を捉えることは難しくなる。これは、過激な国家主義者の政権である」(p.57)

この論法にしたがって考えるならば、日本会議もまた「保守」ということはできない。反動的な国家主義者集団というべきことになる。そして、そのように理解した方が、ことの本質をより正確にとらえることができると思う。

日本会議については、やはり二つの視点を持って見ることが必要だろうと思う。

第一には、その来歴である。学生運動、生長の家の活動、それから、草の根の「キャラバン隊」の活動、いずれも、基本的に合法的なものである。それを、そのような手段で活動してきたからといって批判することはできない。むしろ、現在のリベラルを主張する活動家よりも、ずっと地道に自らの主張……元号法制化とか、建国記念の日の制定とか……を実現するために、頑張ってきたという過去がある。(ただ、今現在では、生長の家とは、その方針をめぐって対立している。)

これはこれとして、批判すべきものというよりも、戦後民主主義の時代にあっての市民レベルでの政治活動として、評価していいことであると思う。その主張することには批判的であってもよいが、その方法とかについては、批判することはできない。

第二に、上記の点をふまえたうえで、その主張するところ、昭和戦前・明治憲法の昔に復帰しようという情念については、論理的に批判すべきである。明治憲法の昔は、はたしてそのように理想化してよいものなのであろうか。論理的、実証的に論駁していくしかない。そして、これは、すでに述べたように、保守ではなく、反動的国家主義であると判断すべきである。

以上の二つの論点をふまえたうえで、日本会議には対すべきだろう。ただ、その言っていることが気にいらないからとして、批判するだけでは、有効でないと思う。なぜ、彼らは、そのような価値観を持つにいたったのか、そして、なぜ、現在において、強い政治的影響力をもつようになったのか、この経緯をふまえないでは、しっかりとした反論はできないと思う次第である。

この意味では、『日本会議の研究』(菅野完)、『日本会議の正体』(青木理)、『日本会議-戦前回帰への情念-』(山崎雅弘)は、それぞれに読む価値のある本と思う次第である。