『沈黙法廷』佐々木譲2017-02-16

2017-02-16 當山日出夫

佐々木譲.『沈黙法廷』.新潮社.2016
http://www.shinchosha.co.jp/book/455511/

まず、私の読後感を記すならば、ミステリのベスト10にはいっていてもいい作品である。だが、この作品は、2016の各種のミステリのベストのなかにははいっていないようだ。

その理由として考えられることは……結局、犯人は誰であるのか、というミステリの一番肝心なところが、最後まで不透明なままに終わる……とはいえ、最後のところで、事件の「真犯人」は明かされるのであるが、それを、捜査と論理で明らかにする、特定する、という描き方ではない。

本の帯には、「警察小説の迫力、法廷ミステリーの興奮」とある。また、新潮社のHPには、「警察小説と法廷小説が融合した傑作。」ともある。これは、そのとおり。作品の前半は、警察の捜査を中心にした警察小説であり、後半は、その裁判(裁判員裁判)の様子が描かれる。その裁判の様子を見ているのは、ふとしたことから事件にかかわることになった、ある男性。その人物が、裁判を傍聴するという形式をつかって、裁判員裁判の進行の様子を叙述してある。

だから、非常にわかりやすい描写の小説である。が、その反面、少々、記述がくどくわずらわしいと感じる点がないではない。事件について、警察の捜査段階での描写と、裁判での証言の描写で、同じ事を繰り返し述べることになっている。

これをくどいと感じるか、あるいは、同じ事象を、警察捜査の視点から見るのと、裁判における証人の証言として語るのとで、異なってくる、その違いを楽しんで読むか、このあたりは、読者の好みの分かれるとこかと思う。

私としては、佐々木譲ならではの警察小説であり、また、法廷小説における検察・弁護の双方の意見の応酬に読み応えを感じる、すぐれた作品として読んだ。先に書いたとおり、私なら、ベスト10にいれたくなる。

ただ、蛇足としての感想を書いてみるならば……この作品のなかでも語られるように、ネット社会における虚像としての、ある人格、とでもいうようなものが印象的である。ネット社会の虚像、このようなものを、宮部みゆきならどのように描くだろうか、というようなことを思ってみたりした。

また、上記の新潮社のHPに文章を寄せているのは、川本三郎。現代社会の世相を、丹念にこの作品からよみといている。社会の底辺でひとり生きる女性、独居老人の生活など、すぐれた解説となっている。

ともあれ、これは、読んで損はない作品であるとはいっておきたい。