『彼は早稲田で死んだ』樋田毅2022-06-13

2022年6月13日 當山日出夫(とうやまひでお)

彼は早稲田で死んだ

樋田毅.『彼は早稲田で死んだ-大学構内リンチ殺人事件の永遠-』.文藝春秋.2021
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163914459

大宅賞の受賞作ということで読んでみることにした。受賞のニュースを見て、さっそく買おうと思ったが、オンライン書店は品切れだった。ようやく重版になったようだ。買ったのは、第2刷である。

私は、一九七五年に慶應義塾大学に入学した。この本で描いているのは、一九七二に早稲田第一文学部でおこった、殺人事件の顛末とその後のことを描いている。読んで思うことはいろいろある。たった、数年のちがいで、東京の大学に入る時期がずれるだけで、こうも世界が違ってくるのだろうかというのが、率直なところである。

私が慶應に入学した時期は、いわゆる学生運動は沈静化した後のことだった。キャンパスにその余韻は残っていたとは思うが、総じて落ち着いていた。学生運動があったことなど嘘のような雰囲気だったといってもいいかもしれない。これは、私が、京都から東京に出て学生生活を送ることになったという事情もいくぶんあるだろう。あるいは、慶應の特殊性ということもあったのかもしれない。

もし、自分の人生の方向がちょっとちがっていたら、早稲田の文学部で学ぶことになったかもしれないと思う。そう思って読むと、他人事とは思えないところが、この本にはある。

事件は、一九七二年に起こった。早稲田の文学部の校内で、革マル派との抗争で、一人の学生が死んだ。その友達だったのが著者。その事件の当時、学生自治の役職にあった。なぜ、その事件は起きたのか、背景に何があったのか、その当時の早稲田における革マル派とはどんな存在であったのか、大学の学生自治はどのようにしておこなわれていたのか……などなど、ノンフィクションとして解きあかしていく。

これだけなら、あの時代の、ある一つの出来事の記録ということで終わっていただろう。

だが、この本はそこにとどまらない。著者は、卒業後、朝日新聞の記者になる。そのなかで遭遇することになったのが、阪神支局の銃撃事件である。

早稲田での死、朝日新聞阪神支局での死、この二つの事件を経て、著者はさらに追求していく。そして、最後には、事件の当事者の一人であった人物との邂逅をはたす。この本の一番の読みどころは、最後のその人物との対話の章であろう。

寛容と非寛容はどうあるべきか、言論の自由はいかに守られるべきか、大学における学生の自治はいかなるものなのか……さまざまな論点をめぐって、著者は思考をめぐらせる。これは、必ずしも結論を得るというものではないが、その思考の過程が率直に綴られている。

なるほど大宅賞の本だけはあると思って読んだ。いい本である。ヒューマニズムということを考えるうえで、いろいろと考えることのある本である。

だが、確かにいい本であることは分かるのだが、読んでいて、どこか古めかしさを感じる。これは、この著者の世代……学生運動のまっただなかに生きた世代に特有のものかもしれないのだが、どうもしっくりこない違和感のようなものを感じずにはいられない。端的にいってしまえば、革マルがどうしようと、自分のしたい勉強ができるのなら、学生としてそれでいいではないか……私などの経験からは、どうしてもそう感じるところがある。これは、一九七二年の早稲田と、一九七五年の慶應との違いであるのかもしれない。まあ、確かに私自身は非政治的人間だと思っている。しかし、政治や歴史に関心がまったないわけではない。その関心のありかた、どのように関与すべきかについての、感性の方向性が、今一つ、著者のそれと合わないのである。

このような読後感を感じるのは、やはり自分自身の学生時代の体験が大きく影響してのことだろうと思う。同世代で、早稲田で学んだ人たちはどう感じるだろうか。また、より若い今の人たちは、この本を読んでどう感じるだろうか。このあたりが、気になるところではある。

2022年6月1日記

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