二〇二二年に読みたい本のことなど2022-01-01

2022年1月1日 當山日出夫(とうやまひでお)

今年(二〇二二)に読みたい本のことなど書いてみる。

昨年末から、谷崎潤一郎を読んでいる。『少将滋幹の母』『盲目物語』など、中公文庫で刊行になっている。これは、中央公論新社版の「全集」をもとに、新しく文庫につくったものである。これなど読んでいると、谷崎潤一郎の作品を読んでみたくなっている。谷崎潤一郎は、若いころに一通りは読んだ作家である。その後、あまりしたしむことなく時が過ぎてしまって、今にいたっている。「全集」を買って読もうという気は起こらないのであるが、文庫本で出ている範囲ぐらいで、読みなおしてみたい。

まとめて読みなおしておきたい作家としては、川端康成や三島由紀夫などがある。これも「全集」ということではなく、今手にはいる文庫本の範囲ぐらいで、読み直しておきたい。昨年、読もうと思っていたのだが、読むことなく終わってしまった。

読んでおきたい作家としては、森鷗外がある。今、普通に手に入る文庫本の範囲は読んでいる。が、これをこえてさらに読んでおきたい。岩波版の「全集」は若いときに買って持っているのだが、しまったままである。

夏目漱石も、新しい岩波版の「全集」は持っているのだが、これも古い一七巻本の旧版の「全集」で読みなおしておきたいと思う。本文校訂の方針がちがっている。昔、高校生のころに読んだ本である。昔を思い出しながら読んでみたいと思う。

それから、持ってはいるのだがあまり手を出さずにいるのが、岩波の「日本思想大系」。全巻そろいである。これもぼちぼちと読んでいきたい。

次年度から、家を出るのが減る。教える仕事が少なくなる。無理に、もう増やそうとも思わない。時間をつくって、本を読みたいと思う。「思想大系」や「古典大系」(新・旧)、「古典集成」など、持ってはいるが読んでいない本が多い。これから、文学……思想や歴史などをふくめて……を、読むことに時間をつかいたいと思う。

考えなければならないこととしては、やはり「古典」ということがある。なぜ「古典」を読むのか。「古典」とは何か。浅薄な古典不要論が横行しがちな世の中にあって、自分自身で「古典」を読むことの意味を考えていきたい。

「古典」を読むことと、身近な草花の写真を撮ること、これをこの年も続けることができたらと思っている。

2022年1月1日記