『鎌倉殿の13人』あれこれ「都の義仲」2022-04-12

2022年4月12日 當山日出夫(とうやまひでお)

『鎌倉殿の13人』第14回「都の義仲」
https://www.nhk.or.jp/kamakura13/story/14.html

前回は、
やまもも書斎記 20220年4月5日
『鎌倉殿の13人』あれこれ「幼なじみの絆」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/04/05/9478842

この回で描いていたのは、いくつもの対立。

朝廷と武家。

歴史学用語で言うならば、王権と軍事権門ということになるのだろうか。後白河院と、平家、源氏は、かたや対立しながらも、それぞれの存在意義を求めて、歴史のなかで生きていくことになる。

源氏と平家。

このドラマでは、一方的に平家は悪である。ちょっとこのあたりは単純化しすぎなような気もしないではないが、武士においては、今は源氏と平家の対立の抗争の時代である。

頼朝と義仲。

源氏の中にあっても、一つということではない。頼朝と義仲は、対立することになる。この回では、義仲追討のために義経が出発するところまでを描いていた。

源氏の御家人たち。

鎌倉殿(=頼朝)のもとにいる御家人は、すべて頼朝の命にしたがって忠誠をつくすものばかりではない。頼朝に従わない御家人の反乱の動きがある。

以上のような、各種の対立抗争をはらんで、一つの時代を、群像劇として描いているのがこのドラマかもしれない。

ところで、このドラマにおいては、策士というべき人物が出てくる。後白河法皇、頼朝、また、北条義時も、またこの時代における策士であるのだろう。(結果として、義時の北条氏が時代を生きのびることにはなる。)

ところで、この回は、木曽義仲を描いた回でもあった。義仲のふるまいは、『平家物語』に出てくる。田舎者の典型とでもいうべきであろうか。このドラマでは、確かに地方の田舎者にはちがいないが、武勇にたけた武人としての側面を強く描いていた。これはこれとして、一つの義仲の描き方なのだと思う。

時代の大きな変わり目にあって、源氏の人びと、鎌倉の御家人たち、それから、義時はどのように生きていくことになるのであろうか。続きを楽しみに見ることにしよう。

2022年4月11日記

追記 2022年4月19日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年4月19日
『鎌倉殿の13人』あれこれ「足固めの儀式」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/04/19/9483058