プロフェッショナル仕事の流儀「ジブリと宮崎駿の2399日」 ― 2023-12-23
2023年12月23日 當山日出夫
プロフェッショナル仕事の流儀 ジブリと宮崎2399日
創造する人とはこんなものなのか、というのが見て感じることである。
脳のフタが開く、と語っていた。そして、そこは狂気の限界点でもある。これは、本当にものを創造する人間にしか体験できないことなのかとも思う。
また、畏友である高畑勲のことが重要である。宮崎駿は高畑勲とともにあり、その死後もともにありつづけてきている。宮崎駿を語るとき、高畑勲についても同時に語る必要がある。
『君たちはどう生きるか』は見ていない。特にこの映画を見ようとも思わない。これは天邪鬼な感想かもしれないが、強いて映画館に足を運ぼうという気にはならない。しかし、その政策の舞台裏、創造の現場、という部分は実に興味深いものがある。
芸術家とういのは、面倒くさいものなのである。
ただ、番組を見ていると、ジブリにおいて、宮崎駿を支えるまわりの人びとがみなあたたかい。このような人びとにとりかこまれてこそ、作品が生まれるのかとも思う。
薪割りのシーンが多く出てきていたが、これは難しい。私も若いころ、というよりも、おさないころといった方がいいかもしれないのだが、風呂の薪を割っていたことがある。あの年齢で、薪割りが出来るというのは、体の芯がしっかりしているからである。創造をささえるには体力が必要である。
編集については、いろいろ考えられるだろう。私としては、じっくりとカメラをすえて人が語るというタイプが好きである。短いカットが繰り返されると、はっきりいって目がつかれる。あるいは、編集の意図を考えながら見ることになるので、情報量が多くて気疲れする。しかも、実際の映像とアニメ映画の場面がランダムに出てくる。なんの意味があるのだろうと考えてしまうのだが、その余裕がない。たぶん、意図的に考えながら見る余裕を与えない編集にしたのであろう。しかし、いい企画であることは確かである。
2023年12月18日記
プロフェッショナル仕事の流儀 ジブリと宮崎2399日
創造する人とはこんなものなのか、というのが見て感じることである。
脳のフタが開く、と語っていた。そして、そこは狂気の限界点でもある。これは、本当にものを創造する人間にしか体験できないことなのかとも思う。
また、畏友である高畑勲のことが重要である。宮崎駿は高畑勲とともにあり、その死後もともにありつづけてきている。宮崎駿を語るとき、高畑勲についても同時に語る必要がある。
『君たちはどう生きるか』は見ていない。特にこの映画を見ようとも思わない。これは天邪鬼な感想かもしれないが、強いて映画館に足を運ぼうという気にはならない。しかし、その政策の舞台裏、創造の現場、という部分は実に興味深いものがある。
芸術家とういのは、面倒くさいものなのである。
ただ、番組を見ていると、ジブリにおいて、宮崎駿を支えるまわりの人びとがみなあたたかい。このような人びとにとりかこまれてこそ、作品が生まれるのかとも思う。
薪割りのシーンが多く出てきていたが、これは難しい。私も若いころ、というよりも、おさないころといった方がいいかもしれないのだが、風呂の薪を割っていたことがある。あの年齢で、薪割りが出来るというのは、体の芯がしっかりしているからである。創造をささえるには体力が必要である。
編集については、いろいろ考えられるだろう。私としては、じっくりとカメラをすえて人が語るというタイプが好きである。短いカットが繰り返されると、はっきりいって目がつかれる。あるいは、編集の意図を考えながら見ることになるので、情報量が多くて気疲れする。しかも、実際の映像とアニメ映画の場面がランダムに出てくる。なんの意味があるのだろうと考えてしまうのだが、その余裕がない。たぶん、意図的に考えながら見る余裕を与えない編集にしたのであろう。しかし、いい企画であることは確かである。
2023年12月18日記
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