『どうする家康』「乱世の亡霊」 ― 2023-12-11
2023年12月11日 當山日出夫
『どうする家康』第47回「乱世の亡霊」
歴史の結果としては、大阪の陣を経て、戦国の世が終わり、徳川幕府による太平の世の中になった、ということなのかと思う。あまりに通俗的な理解にすぎるかもしれないが。その乱世の最後に生きのこったのが、徳川家康であり、茶々であり、豊臣秀頼であり、また、真田信繁などということになろうか。
この回の見どころの一つは、やはり茶々であろう。豊臣の行く末を願うこころもあり、また一方で、徳川への愛憎が入り乱れてもいる。この茶々は、かつては家康のことを慕う気持ちもあった。ともあれ、貫禄たっぷりの茶々である。
ドラマとしての『どうする家康』の面白さは、終盤にきて、徳川のことと豊臣のことと、両方に目配りした脚本になっていることかと思う。最初、徳川家康を中心とした戦国時代ドラマとして始まったのだが、大阪の陣のあたりにきて、徳川家康と茶々との心理的かけひきの要素を含むようになってきている。
これもこれまでに戦国時代ドラマとして、合戦の様子を様々に描いてきたからこそ、最後のところで、では誰がどのようにしてこの戦乱の時代を終わらせることになるのか、というところに持っていくことが出来ていると感じる。
さて、次週がいよいよ最終回である。大阪の陣の後、家康の最期のところまでどのように描くことになるのか、楽しみに見ることにしよう。
2023年12月10日記
『どうする家康』第47回「乱世の亡霊」
歴史の結果としては、大阪の陣を経て、戦国の世が終わり、徳川幕府による太平の世の中になった、ということなのかと思う。あまりに通俗的な理解にすぎるかもしれないが。その乱世の最後に生きのこったのが、徳川家康であり、茶々であり、豊臣秀頼であり、また、真田信繁などということになろうか。
この回の見どころの一つは、やはり茶々であろう。豊臣の行く末を願うこころもあり、また一方で、徳川への愛憎が入り乱れてもいる。この茶々は、かつては家康のことを慕う気持ちもあった。ともあれ、貫禄たっぷりの茶々である。
ドラマとしての『どうする家康』の面白さは、終盤にきて、徳川のことと豊臣のことと、両方に目配りした脚本になっていることかと思う。最初、徳川家康を中心とした戦国時代ドラマとして始まったのだが、大阪の陣のあたりにきて、徳川家康と茶々との心理的かけひきの要素を含むようになってきている。
これもこれまでに戦国時代ドラマとして、合戦の様子を様々に描いてきたからこそ、最後のところで、では誰がどのようにしてこの戦乱の時代を終わらせることになるのか、というところに持っていくことが出来ていると感じる。
さて、次週がいよいよ最終回である。大阪の陣の後、家康の最期のところまでどのように描くことになるのか、楽しみに見ることにしよう。
2023年12月10日記
英雄たちの選択「幕末最強! 庄内藩の戊辰戦争」 ― 2023-12-11
2023年12月11日 當山日出夫
英雄たちの選択 幕末最強!庄内藩の戊辰戦争〜徳川四天王・酒井忠次の遺伝子〜
戊辰戦争は、多くの場合、薩長の新政府軍の側から語られることが多いかと思う。幕府軍の側としては、会津のことがよく出てくる。それから長岡藩のこともあるかもしれない。これは司馬遼太郎が小説に書いている。
今回、あつかっていたのは庄内藩。酒井玄蕃である。徳川四天王の一人、酒井忠次の末裔である。このあたりは、『どうする家康』にあやかって番組を作ったかという気もするが。
興味深いところがいくつかある。
磯田道史が言っていたことに、攻勢終末点のことがある。これは、軍事的には非常に重要な概念である。これ以上攻めて行っても、総合的に判断して無理が生じることになる限界点のことである。(ちなみに、どう考えても、太平洋戦争の時の日本軍はこの攻勢終末点を超えて、戦線を拡大しすぎてしまったことになる。)
この攻勢終末点をリアルな軍事的感覚で理解していたのが酒井玄蕃というのが、その理解であったあ。(実際はどうであったかはまた別の問題であるが、このように軍事的なリアリズムの観点から考えてみることは、非常に重要な視点だと思う。)
徂徠学のこと、本間家のこと。スペンサー銃のこと、いろいろ興味深かった。
それから、近世の社会について、武士が支配階級として、農民たちを支配して搾取していたという、旧来の唯物論的史観では、どうかと思うところがある。庄内藩の領民たちは、殿様の転封に反対した。江戸時代の身分制度、また、武士における武士道とは何であったか、考えてみるべきことだろう。
ところで、庄内藩というと、故・藤沢周平の小説に出てくる海坂藩のことを思ってしまう。藤沢周平の作品は、以前、かなり読んだものである。
2023年12月9日記
英雄たちの選択 幕末最強!庄内藩の戊辰戦争〜徳川四天王・酒井忠次の遺伝子〜
戊辰戦争は、多くの場合、薩長の新政府軍の側から語られることが多いかと思う。幕府軍の側としては、会津のことがよく出てくる。それから長岡藩のこともあるかもしれない。これは司馬遼太郎が小説に書いている。
今回、あつかっていたのは庄内藩。酒井玄蕃である。徳川四天王の一人、酒井忠次の末裔である。このあたりは、『どうする家康』にあやかって番組を作ったかという気もするが。
興味深いところがいくつかある。
磯田道史が言っていたことに、攻勢終末点のことがある。これは、軍事的には非常に重要な概念である。これ以上攻めて行っても、総合的に判断して無理が生じることになる限界点のことである。(ちなみに、どう考えても、太平洋戦争の時の日本軍はこの攻勢終末点を超えて、戦線を拡大しすぎてしまったことになる。)
この攻勢終末点をリアルな軍事的感覚で理解していたのが酒井玄蕃というのが、その理解であったあ。(実際はどうであったかはまた別の問題であるが、このように軍事的なリアリズムの観点から考えてみることは、非常に重要な視点だと思う。)
徂徠学のこと、本間家のこと。スペンサー銃のこと、いろいろ興味深かった。
それから、近世の社会について、武士が支配階級として、農民たちを支配して搾取していたという、旧来の唯物論的史観では、どうかと思うところがある。庄内藩の領民たちは、殿様の転封に反対した。江戸時代の身分制度、また、武士における武士道とは何であったか、考えてみるべきことだろう。
ところで、庄内藩というと、故・藤沢周平の小説に出てくる海坂藩のことを思ってしまう。藤沢周平の作品は、以前、かなり読んだものである。
2023年12月9日記
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