『チョッちゃん』(2025年7月28日の週) ― 2025-08-03
2025年8月3日 當山日出夫
『チョッちゃん』 2025年7月28日の週
『チョッちゃん』を見ている人は、おそらく、つづけて『あんぱん』も見ているだろうと思う。どうしても見比べてしまうことになる。『チョッちゃん』の方が、ドラマとしては、断然いい。この時代に生きた人間はこんなふうに感じていたのだろうということが、自然な流れで描かれている。そして、それが、人間とはこういうものなのだよな、という感覚につながる。こういうことこそ、エンタテイメントとしての王道である。
さりげないことなのだが、東京と北海道の滝川との電話のシーン。昔の長距離通話は、まず、電話局にかけて、相手の電話番号を告げて、交換手さんが繋いでくれて、それをいったん受話器をおいて待っていた。繋がるとベルがなって、受話器を取ると、交換手さんが、おつなぎします、と言って、それからようやく相手に、電話がつながった。少なくとも、私が記憶している、昭和の戦後の長距離電話というのは、こういう仕組みだった。今のように、ダイヤルして(いや、ボタンを押して)直接相手にすぐ繋がるという時代ではなかった。
また、長距離の電話料金はとても高額だった。北海道の滝川のお父さんとお母さんは、何分しゃべった、と言って口論していたが、これも、そういう背景があってのことだったはずである。東京からかかってきた電話の料金は、かけた側、つまり、東京の野々村のおじさんの家で負担しなければならない。
洗足の蝶子たちの家を、邦子や神谷先生が訪ねてきたときのこと。蝶子たちと話しをしていて、となりの部屋で赤ちゃんの泣き声がする。それを聞いて、蝶子が席をたってとなりの部屋に行く。次に、邦子と神谷先生が映って、ふたりの会話になる。こういう流れが、実に自然なのである。子どものいる家であることが、ごく日常的なしぐさで表現されていて、そして、画面のなかの人物が入れ替わる。こういう演出や脚本というのは、今のドラマでは見られなくなってしまったことかもしれない。
加津子は、小学校に行って問題を起こす。神谷先生は、加津子の理解者であり(とても進歩的な教育観を持っている)、蝶子も加津子のことをなんとかしたいと思っている。
学校に呼び出されて事情を聞く。ここのところを見ると、私などは、小学校の担任の先生に同情してしまう。加津子が悪いというわけではないのだが、こういう子どもがいると、やはり、学校の担任の先生としては、とても困ったことになるだろう。
見ていていいなあと思ったのが、加津子のことをめぐって、北海道の滝川の蝶子のお父さんとお母さんのこと。必ずしも、加津子のことを理解している、蝶子のことを分かっているということではない。むしろ、困惑しているといっていいだろう。そこには、蝶子を育ててきた、父親と母親の立場の違いもある。無論、世代や、住んでいる環境(北海道と東京)ということもある。また、要の母親も、蝶子に対して理解があるということではない。しかし、自分に対してはっきり意見を言ってくることを、評価している。それぞれに、蝶子たちのことを思っているのだが、それが、現代のドラマにあるように、年寄りが若い人に対して理解を示す、ということになっていないことが、重要なことかと思う。人は、世代や、生きてきた環境によって考え方が違う。それぞれの思いがあっていい。それはそんなに簡単に変えられるようなものではない。だが、それをふまえてこそ、蝶子のような生き方をどう感じるか、ということを語って、科白として意味のあるものになっている。
2025年8月2日記
『チョッちゃん』 2025年7月28日の週
『チョッちゃん』を見ている人は、おそらく、つづけて『あんぱん』も見ているだろうと思う。どうしても見比べてしまうことになる。『チョッちゃん』の方が、ドラマとしては、断然いい。この時代に生きた人間はこんなふうに感じていたのだろうということが、自然な流れで描かれている。そして、それが、人間とはこういうものなのだよな、という感覚につながる。こういうことこそ、エンタテイメントとしての王道である。
さりげないことなのだが、東京と北海道の滝川との電話のシーン。昔の長距離通話は、まず、電話局にかけて、相手の電話番号を告げて、交換手さんが繋いでくれて、それをいったん受話器をおいて待っていた。繋がるとベルがなって、受話器を取ると、交換手さんが、おつなぎします、と言って、それからようやく相手に、電話がつながった。少なくとも、私が記憶している、昭和の戦後の長距離電話というのは、こういう仕組みだった。今のように、ダイヤルして(いや、ボタンを押して)直接相手にすぐ繋がるという時代ではなかった。
また、長距離の電話料金はとても高額だった。北海道の滝川のお父さんとお母さんは、何分しゃべった、と言って口論していたが、これも、そういう背景があってのことだったはずである。東京からかかってきた電話の料金は、かけた側、つまり、東京の野々村のおじさんの家で負担しなければならない。
洗足の蝶子たちの家を、邦子や神谷先生が訪ねてきたときのこと。蝶子たちと話しをしていて、となりの部屋で赤ちゃんの泣き声がする。それを聞いて、蝶子が席をたってとなりの部屋に行く。次に、邦子と神谷先生が映って、ふたりの会話になる。こういう流れが、実に自然なのである。子どものいる家であることが、ごく日常的なしぐさで表現されていて、そして、画面のなかの人物が入れ替わる。こういう演出や脚本というのは、今のドラマでは見られなくなってしまったことかもしれない。
加津子は、小学校に行って問題を起こす。神谷先生は、加津子の理解者であり(とても進歩的な教育観を持っている)、蝶子も加津子のことをなんとかしたいと思っている。
学校に呼び出されて事情を聞く。ここのところを見ると、私などは、小学校の担任の先生に同情してしまう。加津子が悪いというわけではないのだが、こういう子どもがいると、やはり、学校の担任の先生としては、とても困ったことになるだろう。
見ていていいなあと思ったのが、加津子のことをめぐって、北海道の滝川の蝶子のお父さんとお母さんのこと。必ずしも、加津子のことを理解している、蝶子のことを分かっているということではない。むしろ、困惑しているといっていいだろう。そこには、蝶子を育ててきた、父親と母親の立場の違いもある。無論、世代や、住んでいる環境(北海道と東京)ということもある。また、要の母親も、蝶子に対して理解があるということではない。しかし、自分に対してはっきり意見を言ってくることを、評価している。それぞれに、蝶子たちのことを思っているのだが、それが、現代のドラマにあるように、年寄りが若い人に対して理解を示す、ということになっていないことが、重要なことかと思う。人は、世代や、生きてきた環境によって考え方が違う。それぞれの思いがあっていい。それはそんなに簡単に変えられるようなものではない。だが、それをふまえてこそ、蝶子のような生き方をどう感じるか、ということを語って、科白として意味のあるものになっている。
2025年8月2日記
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