『ひよっこ』「お父ちゃんが帰ってくる!」「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」 ― 2026-08-16
2026年8月16日 當山日出夫
『ひよっこ』「お父ちゃんが帰ってくる!」「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
この時代の雰囲気、実際にこの時代を知っている人の感覚ということを、できるだけ大切にしながら作ってある。ただ、それは、この時代をあらわす何かをドラマの中に入れ込んであるというだけでなく、それが、人びとの生活の感覚の中でどう受けとめられていたかということが感じられるように作ってある。
例えば、東京オリンピック。昭和39年のことであるが、これは、たしかに日本中が熱狂したといってもいいかもしれない。だが、その受け止め方には、地域による違いがあり、また、年齢による違いもある。そこが、このドラマは、きちんと描いている。
東京オリンピックについて、みね子たちは、とても関心がある。聖火が、茨城県を走るのに、自分たちの村を走ってくれないことが不満である。だったら、自分たちで、聖火リレーをしよう、となる。
このたくらみに、祖父の茂は、ちょっと冷淡でもある。オリンピックには、さほど関心がないらしい。東京で行われるお祭り騒ぎよりも、目の前の、自分の家の農家としての仕事のことが大事という雰囲気である。こういう感覚は、この時代を知っている人間でないと、分からないことかと感じるところである。
宗男おじさんも、それほど関心があるとは思えない様子である。このあたりの宗男おじさんの人物造形は、後のビートルズの来日公演のときのことの、ある意味で伏線になっているといっていいかもしれない。
「鉄腕アトム」「ひょっこりひょうたん島」「ジェスチャー」どれも、この時代をしめす。谷田部の家には、テレビがあって、子どもたち、あるいは、大人たちも、みんな見ていた。これも、この時代の雰囲気である。
見ていると、谷田部家には、テレビはあるが、冷蔵庫はないらしい。電話もない。電気洗濯機もないらしい。こういうことの優先順位のつけかた、そこでの生活の感覚ということが、非常にリアルに描かれていると感じる。
今のようにスマートフォンの普及する前の時代、その遙か前のころである。東京に出稼ぎに言った父親の実とは、手紙でやりとりをするしかない。その手紙が、返送されて帰ってくるということは、奥茨城の谷田部の家にとっては、大事件である。距離的には、奥茨城から東京まで、そう遠いということではない。しかし、生活の違い(東京という都市と農村)の違いもあるし、それは、心理的な距離でもある。
高校を卒業したら、東京に出て働くことになる、時子や三男にとっても、故郷を離れるという、心理的な飛躍を求められていることになる。
金曜日の回で映っていた上野駅の描写。昔の国鉄(JRになる前)の駅とは、こんなだったなあと感じるように作ってある。旅行客、通勤客、それにまじって行商のおばさんとかもいる。駅の構内には、鉄道公安官の部署がある。靴磨きをしている人がたくさんいる。ルンペンとおぼしきひともいる(この時代には、今のようにホームレスという言い方はしなかった)。そして、何よりも喧噪である。これは、田舎の奥茨城にはないものである。
だが、よく見ていると、ちょっとおかしいかなと感じるところもないではない。
季節は秋で、コスモスがいっぱい咲いている。農村でのコスモスは、今では、秋の風物誌であるが、これは、休耕田を使ってのことであるので、昭和39年のころには、まだそんなに一般的ではなかったはずである。農業としては、いわゆる、「三ちゃん農業」と言われはじめたころになるだろうが、それでも、田畑を耕作することはできた。
米作をメインにする農家だったら、そろそろ、耕運機など使っていてもいいかと思う。あるいは、ひょっとする、まだ牛馬を使っていたかもしれない。
しかし、この時代の耕運機は、今では再現することは無理だろう。どうにか、ボンネットバスは、ドラマの中で使えたかもしれない。また、東京の街のオート三輪なども、なんとかなったかとも思う。だが、この時代の耕運機は、かなりハードルが高い。牛や馬を使おうとしても、これは、制作コストがかかりすぎるだろうし、実際にスキを使う技能が伝承されていない。
足踏み式の脱穀機が出てきていた。これが、よく残っていたものだと思うが、構造が単純だから、なんとか動くものがあったということかもしれない。この時代なら、動力式(モーターかエンジン)の脱穀機があったかと思うのだが、このあたりの時代考証については、ちょっと自信がない。
祖父の茂が、家の中でワラをつかった仕事をしているのだが、手元を見ると、下手である。縄がきちんとなえていない。(この時代だったら、ハンドルをぐるぐるまわす手動で縄を作る機械があったかと思うが。)それでも、手を動かして仕事をしながら、科白を言っているということは、演出として評価していいと思う。
2026年8月15日記
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