英雄たちの選択「円谷英二 時代がつくった“特撮の神様”」 ― 2026-04-14
2026年4月14日 當山日出夫
英雄たちの選択「円谷英二 時代がつくった“特撮の神様”」
番組の内容とははずれるが、思ったことを書いておく。
この番組の企画・構成にあたって、考えてのことだろうが、金城哲夫や実相寺昭雄の名前がまったく出てきていなかった。しかし、私が、ウルトラマンやウルトラセブンについて何かを思うとき、金城哲夫や実相寺昭雄を考えることにどうしてもつながる。もちろん、子どものとき、ちょうど、テレビのウルトラのシリーズが放送していたとき……それは、「ウルトラQ」からだったのをリアルタイムのこととして記憶しているが……金城哲夫とか実相寺昭雄の名前を意識して見ていたということではない。大学生ぐらいになってから、日本のサブカルチャーや映画史を論じたものを読んで、名前を覚えたということである。おそらく、多くの人がそうだろうと思う。
佐藤健志の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』は、とても面白い本と思って読んだものである。
映画の『ゴジラ』の企画について説明する場面で、テレビの画面のイラストでは、映画会社(東宝)の机の上の本には、(「ゴジラ」ではなく)「G」と書いてあった。かなり、この番組を作った人も、凝って作ったことが分かる。
円谷英二が、『ハワイ・マレー沖海戦』で名前が知られた。これは知られていることなのだが、この映画で「マレー沖」とあることの意味が、今は、忘れられているかもしれない。
マレー沖海戦では、イギリスの戦艦、プリンス・オブ・ウェールズを航空機爆撃だけで沈めたことで記憶されている。(このことがあるにもかかわらず、日本海軍が巨大戦艦にこだわったことになる。その結果は言うまでもない。)
太平洋戦争がはじまったのは、真珠湾攻撃からではない。それに先だって(時間的にはわずかだが)マレー半島上陸作戦から、スタートしている。日本としては、南方に進出する必要があった。そのために、同時に、真珠湾のアメリカ軍を奇襲した。アメリカと直接対決することが、主目的ではなかった。少なくとも、太平洋戦争開戦の意図、あるいは、大東亜共栄圏の目論見としては、東南アジア地域を勢力圏におくことだったはずである。(それは、アメリカの勢力の排除ということでは、アメリカとの対決になったが。)
開戦が12月8日となったのは、マレー半島への上陸作戦を決行するために、潮の干満を考えてのことだったはずである。軍事史的には、これが常識だと思っているが。
『新しき土』は、原節子の映画としても有名である。この映画の、映画史的な位置づけは、専門的にはどうなのだろうか、このところは気になっている。
円谷英二についてふりかえってみるならば、表現するとは楽しいことであり、表現したいことを自分のうちに持っているということは豊かなことなのである、といっていいだろうか。
2026年4月9日記
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