シリーズ アジアに生きる「至高の茶葉」2025-12-25

2025年12月25日 當山日出夫

シリーズ アジアに生きる 至高の茶葉

日本(NHK)とインドとの共同制作。

昔、紅茶をメインに飲んでいたことがあった。朝ごはんのときはアッサム、昼間に飲むのはダージリンと、だいたい決めていた。半世紀ほどの昔、東京にいたとき、新宿の高野の地下に紅茶の専門店があって、たまたまとおりかかってお茶っ葉を買ったのがはじまりである。紅茶を飲む道具にはこだわりはないが、お茶っ葉は、かなり値段の高いのを選んで買っていた。貧乏学生としては、ささやかな贅沢だった。

インドのお茶の生産は、イギリスの殖民地の結果である。その生産の現場はどうなっているのか、今では、大手の企業の経営するところとなり、機械化が進んでいるということなのだろう。

見ていて思ったことだが、出来たお茶の品定めをするシーンがあったが、これを見ると、日本のお茶の品定めと比べて、ものすごく雑という印象をいだく。日本だと、お茶碗にお茶っ葉を入れてお湯をそそいで、それをスプーンですくって味見する。また、お皿の上に載せられた茶葉を、手でさわったり香りをかいだりして、評価する。こういうのは、ニュースで、新茶のシーズンなどに、よく映像として目にする。

こういう日本でのお茶の評価の方法とくらべて、こんなおおざっぱな評価の仕方でいいのか、と思ってしまったのだが、逆にいえば、日本のお茶の評価があまりにも、繊細で厳密なものということかもしれない。

有機農法にこだわる。そのためには、クモの巣があるかどうかを見ればいい。なるほど、そう言われればそうである。クモが捕食する昆虫がたくさんいるということが、農薬の使用をひかえているということになるのだろう。

とても豪勢な屋敷だったのだが、燃えてしまったのは残念である。家族経営の農場ということだったが、そこで働いている人の労働環境は、どんなものだったのだろうか。番組の冒頭では、ネパールなどからの出稼ぎと言っていたのだが。今では、どういう人たちが、インドのお茶の農園で労働しているのだろか。

気になって、フェアトレードの紅茶、を検索してみたが、そういう商品を売っている。ということは、実際には、かなり過酷な労働があるのかとも思う。

2025年12月19日記

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