おとなのEテレタイムマシン「わたしの自叙伝 田河水泡〜のらくろ誕生前後〜」 ― 2025-12-27
2025年12月27日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン「わたしの自叙伝 田河水泡〜のらくろ誕生前後〜」
最初の放送は、1981年。
田河水泡をテレビで見るのは初めてである。話し方はとても歯切れがいい。東京の深川の生まれと言っていた。下町のきれいな東京ことば、といっていいだろうか。
美術を学んで、それでは食べていけないので、新作の落語を書いて、雑誌社に売り込みに行った。これは、本当なのだろう。当時、東京には、映画館よりも、寄席の方が多かったというのは、そうだろうと思う。
美術の学校を出ているからというので、漫画を描くことを編集者から勧められて、描くことになった。
当時、昭和の不況の真っ最中である。職が無い時代である。この時代に、「少年倶楽部」という子ども向けの雑誌は、それでも売れていた。そこに「のらくろ」を連載する。
のらいぬという設定は、その当時の社会の中にあって、最底辺ということで、こうなった。食うに食えない、職がない、生活に困る少年たちが多くいて、それよりも下の存在というと、のらいぬしかなかった。人間は、自分よりも下の存在を見下すことで、一時の優越感を感じることができる。これは、かならずしも悪いことではない。人間とはそういうものなのである。
「少年倶楽部」は人気のある雑誌だったが、しかし、それを買って読むことのできない少年も多くいた。職人の徒弟、商店の小僧、などということになる。(ここで、地方の農家の貧困ということが出てきていなかったのは、田河水泡の視野には入っていなかったということにもなろうか。)
「のらくろ」は人気がでたので、二等兵で兵役を終えて除隊としたかったところだが、続くことになった。だんだん出世する。だが、兵隊としては、士官にはなれない。(これは、厳然たる軍隊のルールである。)
ストーリーとしては、その後、大陸に渡り、資源開発のビジネスにかかわる。昭和戦前の日本としては、こういう展開であっても、特におかしいことはない。
最後には、喫茶店の店主になり、結婚もする。
「のらくろ」は、日本の漫画史において、今は、どう評価されているのだろうか。戦時中に、戦争を肯定したということで否定的に見ることになるのだろうか。あるいは、そういう時代だったということで、漫画の歴史は、これはこれとして見ることになるのだろうか。
戦時中の出版とか、軍がどう考えていたか、いろいろと考えることはあるにちがいない。
私の学生のころには、田河水泡は、どちらかといえば否定的に見られていたかと記憶する。この時代は、手塚治虫の漫画でも、俗悪とされた時代でもあった。
女性と一緒に写っていた写真があったが、夫人だとすると、小林秀雄の妹ということになる。
2025年12月24日記
おとなのEテレタイムマシン「わたしの自叙伝 田河水泡〜のらくろ誕生前後〜」
最初の放送は、1981年。
田河水泡をテレビで見るのは初めてである。話し方はとても歯切れがいい。東京の深川の生まれと言っていた。下町のきれいな東京ことば、といっていいだろうか。
美術を学んで、それでは食べていけないので、新作の落語を書いて、雑誌社に売り込みに行った。これは、本当なのだろう。当時、東京には、映画館よりも、寄席の方が多かったというのは、そうだろうと思う。
美術の学校を出ているからというので、漫画を描くことを編集者から勧められて、描くことになった。
当時、昭和の不況の真っ最中である。職が無い時代である。この時代に、「少年倶楽部」という子ども向けの雑誌は、それでも売れていた。そこに「のらくろ」を連載する。
のらいぬという設定は、その当時の社会の中にあって、最底辺ということで、こうなった。食うに食えない、職がない、生活に困る少年たちが多くいて、それよりも下の存在というと、のらいぬしかなかった。人間は、自分よりも下の存在を見下すことで、一時の優越感を感じることができる。これは、かならずしも悪いことではない。人間とはそういうものなのである。
「少年倶楽部」は人気のある雑誌だったが、しかし、それを買って読むことのできない少年も多くいた。職人の徒弟、商店の小僧、などということになる。(ここで、地方の農家の貧困ということが出てきていなかったのは、田河水泡の視野には入っていなかったということにもなろうか。)
「のらくろ」は人気がでたので、二等兵で兵役を終えて除隊としたかったところだが、続くことになった。だんだん出世する。だが、兵隊としては、士官にはなれない。(これは、厳然たる軍隊のルールである。)
ストーリーとしては、その後、大陸に渡り、資源開発のビジネスにかかわる。昭和戦前の日本としては、こういう展開であっても、特におかしいことはない。
最後には、喫茶店の店主になり、結婚もする。
「のらくろ」は、日本の漫画史において、今は、どう評価されているのだろうか。戦時中に、戦争を肯定したということで否定的に見ることになるのだろうか。あるいは、そういう時代だったということで、漫画の歴史は、これはこれとして見ることになるのだろうか。
戦時中の出版とか、軍がどう考えていたか、いろいろと考えることはあるにちがいない。
私の学生のころには、田河水泡は、どちらかといえば否定的に見られていたかと記憶する。この時代は、手塚治虫の漫画でも、俗悪とされた時代でもあった。
女性と一緒に写っていた写真があったが、夫人だとすると、小林秀雄の妹ということになる。
2025年12月24日記
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