『マッサン』「待てば海路の日和あり」 ― 2026-07-12
2026年7月12日 當山日出夫
『マッサン』「待てば海路の日和あり」
終戦から、戦後まもなくにかけてのことである。
一馬は戦死する。このドラマでは、兵事係が、その公報を家までとどけてくれる、ということで描いてあった。
玉音放送のシーンは、よくもわるくも普通。(今だと、放送の前に、アナウンサーが、ご起立ください、と言っていたということが分かっている。)
北海道の余市の、戦時中から戦後まもなくのころが、どんな生活だったか。物資は不足していただろうが、会社は、海軍の工場でもあるので、仕事を続けることができたということは、運が良かったといっていいのかもしれない。終戦のころは、場合による、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して(スターリンが、ルーズベルトやチャーチルと約束したということであるが)満州に攻め込んできたということもあるので、北海道にいる人としては、そう安閑としてはいられなかったかと思う。
歴史の結果としては、北海道をふくめて、アメリカが統治することになって、ソ連領とはならなかった。これも、場合によったら、北海道が、ソ連の支配下になっていたかもしれない。ドイツが東西に分割されてしまったように。
2026年7月11日記
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