『坂の上の雲』「(16)日露開戦(後編)」 ― 2025-01-04
2025年1月4日 當山日出夫
『坂の上の雲』 (16)日露開戦(後編)
日露戦争の開戦の決断であるが、このドラマの描き方は、太平洋戦争のことをイメージさせる作り方を、おそらくは意図的にしている。
悪いのは、外交交渉に応じようとしないロシアの方である。東アジアにおける拡大政策をやめようとしない。満州、朝鮮半島を自分のものにしようとしている。これでは、次に狙われるのは日本の国そのものかもしれない。そのような威圧、あるいは、日本側からすれば恐怖、これがあって、やむにやまれぬ祖国防衛戦争としての日露戦争であった。このようなおおきなストーリーが設定してある。
このなかには、朝鮮のこと、その独立国家としての行く末とか、中国のこととかは、視野にはいっていない。朝鮮や中国の目から見れば、また異なる東アジアの歴史を描くことになる。(ただ、これは、どれが正しいということではなく、それぞれの国民には、それぞれの歴史の物語がある、という側面から見ることになる。無論、それから離れて、歴史学としてどう考えるかということもある。国民の物語と歴史学は、かならずしもイコールでなければならないとは思わない。しかし、これは相互に影響し合うものであることも確かである。)
明治天皇が臨席しての御前会議は、太平洋戦争にいたるまでの、政府と昭和天皇の関係を、どことなく感じさせる。あくまでも戦争に反対、平和主義である天皇と、現実の軍事や外交にかかわる政府との間の、やりとりである。
明治天皇がどのような考え方の持ち主であったか。一般に知られる明治天皇の御真影は、軍服姿のものなので、武断的な印象が強いが、しかし、実際には、ドラマのなかで言っていたように、京都で生まれたこともあり、もめ事を武力で解決することは好まないたちであったろうと考えていいだろう。
このあたりのことについて思うこととしては、私の若いころのことになるが、日中戦争から太平洋戦争にかけての昭和天皇の責任を追及する、というよりも、天皇こそが戦争の首謀者であると主張することがあったのだが、これは、現代では、収まってきているようである。明治天皇にしても、昭和天皇にしても、大日本帝国憲法のもとでの天皇であるから、法的に責任をとるということは難しいというのが、おそらく現代の一般的な考え方だろう。(ただ、私は、昭和天皇については、けじめをつける意味で、終戦の後の退位ということがあってもよかったと思っている。)
秋山真之は、東郷平八郎のもとで、作戦参謀に任ぜられる。何度も書いていることだが、作戦参謀は作戦を考えるのが仕事であって、艦隊を指揮するということはないはずである。作戦を実行するのは、司令長官の東郷平八郎のはずである。このことについては、ドラマの冒頭のナレーションで、真之は作戦をたてそれを実施した、と語っていることには、いつも違和感を感じる。
明石元二郎が出てきていた。もうすこし大きく、明石元二郎のことをあつかってあってもよかったのではないかと思う。これをふくめて、日露戦争の前からの、特にヨーロッパにおける、諜報活動、インテリジェンスが、どのようなものであったか、描くべきだったと思っている。ただ、これについては、ことの性質上、あまり史料が残っていないことなのかもしれないとは思うが。なお、ドラマで言及がなかったことであるが、明石元二郎は、その後、台湾総督になっている。植民地支配される民衆を押さえつける側になったということになる。歴史の皮肉というか、悲喜劇というべきか。
封密命令が東郷平八郎のもとにとどき、日露戦争が始まることになる。
開戦の時期については、佐世保からの輸送体制が整ってから、ということであったが、実際は、かなり複雑な要因があってのことだったと思うが、このあたりのことについて、もう調べてみようという気もおこらないでいる。
日露の戦争となった場合、旅順艦隊が日本まで攻め込んでくる、というのはどれぐらい可能性のあることだったのだろうか。ロシア側とすれば、日本海の制海権をとるということは、日本の朝鮮半島への海上輸送のアクセスを遮断することになり、それで目的は達したことになると考えるのは、どうだろうか。最低限、日本と朝鮮半島との兵站が機能しなくなるようにすればいいことである。敵地である佐世保や舞鶴まで出てきて、海戦を戦うというのは、ロシアにとってもリスクであると思うが。
ちなみに、太平洋戦争の開戦がいつになるかは、日米交渉の結果もあるが、マレー半島上陸作戦敢行のための海の干満、天候の状態、月明かりの有無、これらが大きな要因となって、一二月八日となったと、私は認識している。(これも、もうすこし時間があってねばってみて、ヨーロッパ戦線でのドイツ軍の戦いの帰趨を見極めてからでもよかったと思うが、これは歴史のもしもということになる。)
2025年1月3日記
『坂の上の雲』 (16)日露開戦(後編)
日露戦争の開戦の決断であるが、このドラマの描き方は、太平洋戦争のことをイメージさせる作り方を、おそらくは意図的にしている。
悪いのは、外交交渉に応じようとしないロシアの方である。東アジアにおける拡大政策をやめようとしない。満州、朝鮮半島を自分のものにしようとしている。これでは、次に狙われるのは日本の国そのものかもしれない。そのような威圧、あるいは、日本側からすれば恐怖、これがあって、やむにやまれぬ祖国防衛戦争としての日露戦争であった。このようなおおきなストーリーが設定してある。
このなかには、朝鮮のこと、その独立国家としての行く末とか、中国のこととかは、視野にはいっていない。朝鮮や中国の目から見れば、また異なる東アジアの歴史を描くことになる。(ただ、これは、どれが正しいということではなく、それぞれの国民には、それぞれの歴史の物語がある、という側面から見ることになる。無論、それから離れて、歴史学としてどう考えるかということもある。国民の物語と歴史学は、かならずしもイコールでなければならないとは思わない。しかし、これは相互に影響し合うものであることも確かである。)
明治天皇が臨席しての御前会議は、太平洋戦争にいたるまでの、政府と昭和天皇の関係を、どことなく感じさせる。あくまでも戦争に反対、平和主義である天皇と、現実の軍事や外交にかかわる政府との間の、やりとりである。
明治天皇がどのような考え方の持ち主であったか。一般に知られる明治天皇の御真影は、軍服姿のものなので、武断的な印象が強いが、しかし、実際には、ドラマのなかで言っていたように、京都で生まれたこともあり、もめ事を武力で解決することは好まないたちであったろうと考えていいだろう。
このあたりのことについて思うこととしては、私の若いころのことになるが、日中戦争から太平洋戦争にかけての昭和天皇の責任を追及する、というよりも、天皇こそが戦争の首謀者であると主張することがあったのだが、これは、現代では、収まってきているようである。明治天皇にしても、昭和天皇にしても、大日本帝国憲法のもとでの天皇であるから、法的に責任をとるということは難しいというのが、おそらく現代の一般的な考え方だろう。(ただ、私は、昭和天皇については、けじめをつける意味で、終戦の後の退位ということがあってもよかったと思っている。)
秋山真之は、東郷平八郎のもとで、作戦参謀に任ぜられる。何度も書いていることだが、作戦参謀は作戦を考えるのが仕事であって、艦隊を指揮するということはないはずである。作戦を実行するのは、司令長官の東郷平八郎のはずである。このことについては、ドラマの冒頭のナレーションで、真之は作戦をたてそれを実施した、と語っていることには、いつも違和感を感じる。
明石元二郎が出てきていた。もうすこし大きく、明石元二郎のことをあつかってあってもよかったのではないかと思う。これをふくめて、日露戦争の前からの、特にヨーロッパにおける、諜報活動、インテリジェンスが、どのようなものであったか、描くべきだったと思っている。ただ、これについては、ことの性質上、あまり史料が残っていないことなのかもしれないとは思うが。なお、ドラマで言及がなかったことであるが、明石元二郎は、その後、台湾総督になっている。植民地支配される民衆を押さえつける側になったということになる。歴史の皮肉というか、悲喜劇というべきか。
封密命令が東郷平八郎のもとにとどき、日露戦争が始まることになる。
開戦の時期については、佐世保からの輸送体制が整ってから、ということであったが、実際は、かなり複雑な要因があってのことだったと思うが、このあたりのことについて、もう調べてみようという気もおこらないでいる。
日露の戦争となった場合、旅順艦隊が日本まで攻め込んでくる、というのはどれぐらい可能性のあることだったのだろうか。ロシア側とすれば、日本海の制海権をとるということは、日本の朝鮮半島への海上輸送のアクセスを遮断することになり、それで目的は達したことになると考えるのは、どうだろうか。最低限、日本と朝鮮半島との兵站が機能しなくなるようにすればいいことである。敵地である佐世保や舞鶴まで出てきて、海戦を戦うというのは、ロシアにとってもリスクであると思うが。
ちなみに、太平洋戦争の開戦がいつになるかは、日米交渉の結果もあるが、マレー半島上陸作戦敢行のための海の干満、天候の状態、月明かりの有無、これらが大きな要因となって、一二月八日となったと、私は認識している。(これも、もうすこし時間があってねばってみて、ヨーロッパ戦線でのドイツ軍の戦いの帰趨を見極めてからでもよかったと思うが、これは歴史のもしもということになる。)
2025年1月3日記
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