アナザーストーリーズ「にんげんだもの 相田みつを 唯一無二の力」 ― 2025-06-18
2025年6月18日 當山日出夫
アナザーストーリーズ にんげんだもの 相田みつを 唯一無二の力
独特の作風であることは認めるのだが、しかし、好きか嫌いかと問われれば、私は、相田みつをの作品は好きではない。番組の中で出てきたことばをつかえば、俗、なのである。これを別の視点から見れば、わかりやすさであると同時に、ある種の普遍性を持っている、そして個性的である、ということにもなる。
わかりやすさを個性的に表現することは、たしかに、非常に難しいことではある。
相田みつをの作品を見て、そうだよなあ、人間とはそんなものだよなあ、とは思うところはある。しかし、それ以上の深みを感じるところがない。分かりやすいことばに動かされそうになるとき、ちょっとまてよ、と思ってしまうのである。ここは、たちどまって本当にそうなのか、考えてみるべきことなのではないのか、と思うのである。まあ、かなり天邪鬼な見方をしていることになるのかもとは思うのであるが。
番組の中で映っていたお菓子の「古印最中」。これは、数年前のことになるだろうか、人からもらったことがある。とても美味しい。この字もなんとなく覚えていたのだが、相田みつをの書いたものだと、この番組で知ったことになる。
美空ひばりの残した文字が映っていたが、見ると、非常に伝統的なスタイルの整ったきれいな文字である。美空ひばりは、正規の学校教育はあまり受けていないはずであるが(小さいころから、ステージで歌っていた)、文字を見ると、この時代の標準的な女性としての教養を身につけていた、と感じるところがある。
国語学、日本語学、という分野で文字や表記のことを勉強してきたこともあるが、番組の中で、書体、と言っていたことが、少し気になる。一般的には書体ということばで言うのが便利だとは思うのだが、相田みつをの文字を文字の研究としてどう表現していいかということは、はっきりいって分からない。書芸術の世界と、一般の日本語の文字のこととは、また別ではあるが、総合的にどう考えればいいのか、これは難しい問題だと思うことになる。
2025年6月12日記
アナザーストーリーズ にんげんだもの 相田みつを 唯一無二の力
独特の作風であることは認めるのだが、しかし、好きか嫌いかと問われれば、私は、相田みつをの作品は好きではない。番組の中で出てきたことばをつかえば、俗、なのである。これを別の視点から見れば、わかりやすさであると同時に、ある種の普遍性を持っている、そして個性的である、ということにもなる。
わかりやすさを個性的に表現することは、たしかに、非常に難しいことではある。
相田みつをの作品を見て、そうだよなあ、人間とはそんなものだよなあ、とは思うところはある。しかし、それ以上の深みを感じるところがない。分かりやすいことばに動かされそうになるとき、ちょっとまてよ、と思ってしまうのである。ここは、たちどまって本当にそうなのか、考えてみるべきことなのではないのか、と思うのである。まあ、かなり天邪鬼な見方をしていることになるのかもとは思うのであるが。
番組の中で映っていたお菓子の「古印最中」。これは、数年前のことになるだろうか、人からもらったことがある。とても美味しい。この字もなんとなく覚えていたのだが、相田みつをの書いたものだと、この番組で知ったことになる。
美空ひばりの残した文字が映っていたが、見ると、非常に伝統的なスタイルの整ったきれいな文字である。美空ひばりは、正規の学校教育はあまり受けていないはずであるが(小さいころから、ステージで歌っていた)、文字を見ると、この時代の標準的な女性としての教養を身につけていた、と感じるところがある。
国語学、日本語学、という分野で文字や表記のことを勉強してきたこともあるが、番組の中で、書体、と言っていたことが、少し気になる。一般的には書体ということばで言うのが便利だとは思うのだが、相田みつをの文字を文字の研究としてどう表現していいかということは、はっきりいって分からない。書芸術の世界と、一般の日本語の文字のこととは、また別ではあるが、総合的にどう考えればいいのか、これは難しい問題だと思うことになる。
2025年6月12日記
ドキュメント72時間「津軽 プレハブのそば屋で」 ― 2025-06-18
2025年6月18日 當山日出夫
ドキュメント72時間 津軽 プレハブのそば屋で
五所川原というところについては、地名としては知っている。正直にいえば、津軽の僻遠の地というイメージなのだが、そこに住んでいる人たちにとっては、生活の場所であり、故郷である。
たしか、高村薫の小説でこの土地の名前を覚えた。
ビッグエコーの蕎麦屋というしか名称として言いようがない。これで通じるというのが、この土地ならではの事情があってのことであろう。しばらく前までは、本当に屋台の蕎麦屋をしていたという。寒い冬など、水が氷ってしまって、さぞかし大変だっただろう。それでも、この商売を続けてきてこれたというのも、お客さんがあってのことにちがいない。
この回は、この番組でよく出てくる非常に劇的な人生を経験した人(というのも変な気がするが)は出てきていない。おそらくは、この地域に普通に生活している人たちばかりである。
地域としては、日本のほとんどの地域がそうであるように、過疎高齢化、少子化の地域ということになるはずだが、まだなんとかなっているらしい。だが、ここで生まれ育って都市部、特に東京に出て行く若い人が多いというのは、そのとおりなのだろう。
しかし、こういう地方でこそ、自由な生活ができる。あまり人目を気にせずに生きることができる。このような感覚で生活している人もいる。今では、むしろ都市での生活の方が、さまざまなルール……ささいなことかもしれないが、エスカレーターの乗り方など……で縛られているということができるかもしれない。この意味では、地方の、旧習というべき生活のなかでも、昔からの地域の生活のルールになじんでしまえば、かえって自由を感じることができる、そういうこともあるのだろうと思ったことになる。
ただ、自動車がなければお蕎麦屋さんにも行けないというのは、いたしかたないことかとは思う。
2025年6月14日記
ドキュメント72時間 津軽 プレハブのそば屋で
五所川原というところについては、地名としては知っている。正直にいえば、津軽の僻遠の地というイメージなのだが、そこに住んでいる人たちにとっては、生活の場所であり、故郷である。
たしか、高村薫の小説でこの土地の名前を覚えた。
ビッグエコーの蕎麦屋というしか名称として言いようがない。これで通じるというのが、この土地ならではの事情があってのことであろう。しばらく前までは、本当に屋台の蕎麦屋をしていたという。寒い冬など、水が氷ってしまって、さぞかし大変だっただろう。それでも、この商売を続けてきてこれたというのも、お客さんがあってのことにちがいない。
この回は、この番組でよく出てくる非常に劇的な人生を経験した人(というのも変な気がするが)は出てきていない。おそらくは、この地域に普通に生活している人たちばかりである。
地域としては、日本のほとんどの地域がそうであるように、過疎高齢化、少子化の地域ということになるはずだが、まだなんとかなっているらしい。だが、ここで生まれ育って都市部、特に東京に出て行く若い人が多いというのは、そのとおりなのだろう。
しかし、こういう地方でこそ、自由な生活ができる。あまり人目を気にせずに生きることができる。このような感覚で生活している人もいる。今では、むしろ都市での生活の方が、さまざまなルール……ささいなことかもしれないが、エスカレーターの乗り方など……で縛られているということができるかもしれない。この意味では、地方の、旧習というべき生活のなかでも、昔からの地域の生活のルールになじんでしまえば、かえって自由を感じることができる、そういうこともあるのだろうと思ったことになる。
ただ、自動車がなければお蕎麦屋さんにも行けないというのは、いたしかたないことかとは思う。
2025年6月14日記
英雄たちの選択「月影の男 〜天下人の弟 豊臣秀長〜」 ― 2025-06-18
2025年6月18日 當山日出夫
英雄たちの選択 月影の男 〜天下人の弟 豊臣秀長〜
再放送である。ただ、番組のHPを見ても、最初の放送がいつか書いていなかった。
来年の大河ドラマは『豊臣兄弟』で、豊臣秀長が主人公ということなのだが、これまで、秀長は、あまりドラマのなかで大きく扱われてきていなかったように覚えている。全体としては、戦国時代ドラマということになるのだろうが、どのようなものになるだろうか。
この番組で言っていたことで興味深いと思うのは、秀吉と秀長は、農民(あるいは百姓というべきだろうか)の出自であるということ。これまで、豊臣秀吉は、いくどとなくドラマで描かれてきている。このとき、信長や家康、あるいは、明智光秀や伊達政宗でもいいが、れっきとした戦国時代の武家の出身ではないということが、重要かもしれない。その持っている心性が、武士とは異なるという意味においてである。
武士の生まれの兄弟なら、生まれた時からライバルである。場合によっては、殺し合いになることもある。そうしなければ、戦国時代の武士として生き残れない。
しかし、農民の出身の秀吉と秀長は、助け合わなければ生きていけない、ということになる(のだろう)。そもそも、中世の農村の共同体とはどんなものだったのか、ということから気になるのではあるが。
このあたりの、武士と農民の心性の違いということを考えてみると、これはこれでいろいろと面白いことになるかもしれない。
ところで、秀長や大和郡山に城を作る。そして、大和の国の寺社勢力と対決することになる。また、見地や刀狩りなど、後に秀吉が行った政策を、いちはやくこころみている。これはそのとおりなのだろうが、中世から近世にかけての大和の国は、いったいどんなだったのだろうか。普通の歴史では、古代の奈良、でなければ、中世にかけての寺社勢力ということで、大きくとりあげられるが、そこでの人びとの暮らしや産業はいったいどんなものだったのか、あまり知られていないことかもしれない。専門に研究している研究者はいるのだろうが。
秀長のことをきっかけに、中世から近世にかけての奈良の歴史について、分かりやすい本でも出るかな、と期待しているが、どうなるだろうか。
2025年6月17日記
英雄たちの選択 月影の男 〜天下人の弟 豊臣秀長〜
再放送である。ただ、番組のHPを見ても、最初の放送がいつか書いていなかった。
来年の大河ドラマは『豊臣兄弟』で、豊臣秀長が主人公ということなのだが、これまで、秀長は、あまりドラマのなかで大きく扱われてきていなかったように覚えている。全体としては、戦国時代ドラマということになるのだろうが、どのようなものになるだろうか。
この番組で言っていたことで興味深いと思うのは、秀吉と秀長は、農民(あるいは百姓というべきだろうか)の出自であるということ。これまで、豊臣秀吉は、いくどとなくドラマで描かれてきている。このとき、信長や家康、あるいは、明智光秀や伊達政宗でもいいが、れっきとした戦国時代の武家の出身ではないということが、重要かもしれない。その持っている心性が、武士とは異なるという意味においてである。
武士の生まれの兄弟なら、生まれた時からライバルである。場合によっては、殺し合いになることもある。そうしなければ、戦国時代の武士として生き残れない。
しかし、農民の出身の秀吉と秀長は、助け合わなければ生きていけない、ということになる(のだろう)。そもそも、中世の農村の共同体とはどんなものだったのか、ということから気になるのではあるが。
このあたりの、武士と農民の心性の違いということを考えてみると、これはこれでいろいろと面白いことになるかもしれない。
ところで、秀長や大和郡山に城を作る。そして、大和の国の寺社勢力と対決することになる。また、見地や刀狩りなど、後に秀吉が行った政策を、いちはやくこころみている。これはそのとおりなのだろうが、中世から近世にかけての大和の国は、いったいどんなだったのだろうか。普通の歴史では、古代の奈良、でなければ、中世にかけての寺社勢力ということで、大きくとりあげられるが、そこでの人びとの暮らしや産業はいったいどんなものだったのか、あまり知られていないことかもしれない。専門に研究している研究者はいるのだろうが。
秀長のことをきっかけに、中世から近世にかけての奈良の歴史について、分かりやすい本でも出るかな、と期待しているが、どうなるだろうか。
2025年6月17日記
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