『とと姉ちゃん』「常子、竹蔵の思いを知る」 ― 2025-06-22
2025年6月22日 當山日出夫
『とと姉ちゃん』 常子、竹蔵の思いを知る
青柳の家と小橋の家族にかつてどういうことがあったのか、徐々に明らかになっていくという展開であるが、この週の放送まででは、はっきりしたことは分からない。まだ、滝子と君子のわだかまりが融けたというわけではない。
最初の放送のときには、あまり気にしなかったことなのだが、このドラマでは、森田屋のお弁当の仕事とか、青柳の材木の仕事を、きちんと描いていると感じる。それぐらい、ここ最近の朝ドラでは、人が仕事をする場面を描かなくなってきている。
『おむすび』もそうだったし、『虎に翼』もそうだった。人が手を動かして仕事をしているシーンに、台詞を重ねるというのは、ドラマを作るとき、準備や演出に手間暇のかかることだと思うが、そのようなシーンがあってこそ、登場人物の語ることに説得力が生まれる。
森田屋での仕事として、ぬか床をかきまぜることとか、魚を焼くこととか、卵焼きを焼くこととか、お弁当屋さんの仕事としては、こういうことが背景にあってなりたっているということが伝わってくる。こういうのを見ていたからこそ、常子の戦後になってからの雑誌の仕事が意味をもってっくることになるのだろう。
青柳の番頭の隈井は、おっちょこちょいであるが、青柳の店のことと、常子のことを、何よりも思っていることは、確かなこととして伝わってくる。こういう脇役がいることで、安心して見られるドラマになっている。
2025年6月21日記
『とと姉ちゃん』 常子、竹蔵の思いを知る
青柳の家と小橋の家族にかつてどういうことがあったのか、徐々に明らかになっていくという展開であるが、この週の放送まででは、はっきりしたことは分からない。まだ、滝子と君子のわだかまりが融けたというわけではない。
最初の放送のときには、あまり気にしなかったことなのだが、このドラマでは、森田屋のお弁当の仕事とか、青柳の材木の仕事を、きちんと描いていると感じる。それぐらい、ここ最近の朝ドラでは、人が仕事をする場面を描かなくなってきている。
『おむすび』もそうだったし、『虎に翼』もそうだった。人が手を動かして仕事をしているシーンに、台詞を重ねるというのは、ドラマを作るとき、準備や演出に手間暇のかかることだと思うが、そのようなシーンがあってこそ、登場人物の語ることに説得力が生まれる。
森田屋での仕事として、ぬか床をかきまぜることとか、魚を焼くこととか、卵焼きを焼くこととか、お弁当屋さんの仕事としては、こういうことが背景にあってなりたっているということが伝わってくる。こういうのを見ていたからこそ、常子の戦後になってからの雑誌の仕事が意味をもってっくることになるのだろう。
青柳の番頭の隈井は、おっちょこちょいであるが、青柳の店のことと、常子のことを、何よりも思っていることは、確かなこととして伝わってくる。こういう脇役がいることで、安心して見られるドラマになっている。
2025年6月21日記
『チョッちゃん』(2025年6月16日の週) ― 2025-06-22
2025年6月22日 當山日出夫
『チョッちゃん』(2025年6月26日の週)
土曜日の放送で、赤ちゃんが生まれて、みんなが泰輔おじさんの家にあつまっていた。名前が、加津子、と決まったのだが、ナレーション(西田敏行)が、この名前の意味を知りたくありません、と言っていたのが印象に残る。普通は、ナレーションでこんなことは言わない。また、子どもの名前にこめた意味は、両親が語るのが普通である。例えば、『カムカムエヴリバディ』などでは、るい、ひなた、という名前に強い意味が込められていて、それがドラマの展開と深くむすびついているものになっていた。
流れとしては、時局(こういうことばも古めかしいが)を反映したものとして、こうい名前になったということと、理解していいことなのだろうか。そして、この名前の女の子が、その後、どのように成長していくのか、モデルを考えて、視聴者は分かっていることになるので、特に名前に引きずられることもない。
この祝いの席で、頼介がやってきて、満州国のことについて言っていた。神谷先生が、人の国に武力で攻め込むのはよくない、と言った(これはインテリの感覚)のに対して、頼介は、満州を列強各国で共同で統治するならいいということ、それならば列強諸国は反対はしない……という趣旨のことを言っていた。これを富子おばさんは外国からいじめられいると言う(庶民的感覚)。このようなことが、ドラマのなかとはいえ、語られることは、近年ではまずなくなってしまったことだろう。
歴史の教科書に出てきたことばでいえば、「門戸開放、機会均等」ということになる。ざっくりいうならば、満州や中国について、そこを殖民地として利権を得るのを日本に独占させることには反対である、ひとりじめをせずに、分け前をおれたちにもよこせ、ということになる。これは、まったくの帝国主義的論理であり、中国や朝鮮の人びとのことを思ってのことではない。これが、まさに、この時代の列強諸国の帝国主義の考えである。(これは、現代の進歩的な価値観からするならば、全面的に否定しなければならないことになる。)
頼介は、満州国を否定的に見ていない。これは、頼介が陸軍の兵士として軍国主義者になったからではない(と私は思って見ていた)。そう思って見てしまう現代の視聴者も多いだろうが。そうではなく、戦前のこのころの日本(昭和8年の設定である)において、経済不況を脱するためにどうするか、アメリカに移民を送れなくなって(アメリカは日本からの移民を排斥した)大陸(満州)に活路を見出すしかない社会の状況を、北海道の貧しい農家に生まれ、東京で工場労働者として働くこともできなかったという境遇について、頼介は身をもって感じていたから、ということになる。いわゆる満蒙は日本の生命線、ということを、日常感覚としてリアルに感じることができた登場人物ということになる。
だからといって、日本の中国への侵略を正当化することはできないのだが、どういう時代背景があって、そこで、それぞれの人たちがどう考えていたか、ということは理解しておくべきことだと思う。
また、戦前の時代にあっても、石橋湛山のように、海外の殖民地を捨てるべきだという小日本主義があったことも、事実である。結果として、こういう路線を日本はとることはなかったし、また、世界の潮流としても、こういう方向に向かうということはなかったのだが。
なにげない台詞なのだが、このドラマの歴史の見方の奥深さということを感じるところであった。少なくとも、一つの歴史観だけを全面的に表に出してはいない。
余計なことかとも思うが、『チョッちゃん』は1987(昭和62)年である。小林正樹監督の映画『東京裁判』が1983(昭和58)年である。この映画のナレーションをつとめたのが、蝶子の父親の俊道の役の佐藤慶である。このようなことは、この時代の視聴者にとっては、常識的に分かっていたことだと思うし、映画『東京裁判』は大東亜戦争・太平洋戦争の侵略的な性格を、あらためて日本の人びとに認識させることになった作品であると、私は思っている。(私は、『チョッちゃん』の放送のときは見ているし、映画『東京裁判』も映画館で見ている。)
ドラマのなかでなにげない所作でいいなと思うのは、妊娠している蝶子に対する富子おばさんの気遣いである。そうはっきり口に出して言うのではなく、家のなかで一緒にいるときに、蝶子のことを気遣っている様子がわかる。そして、その所作が、ごく自然なのである。こういう雰囲気も、また、現代のドラマでは見なくなったことかとも思う。
土曜日の放送で、「蕎麦をたぐる」と言っていた。こういう言い方を昔はつかっていた。今はもう使わないだろう。
北海道の家の縁側の、じいちゃんとばあちゃんの会話がいい。俊道が、蝶子が結婚して子どもができたことを、受け入れている。
邦子は女優になることになった。同じ女学校の同級生である二人の女性の生き方をとおして、そのどちらが正しいというわけでもない、それぞれの生き方があり、また、それにともなうさまざまな思いがあることを、きれいに描いていると感じる。最近の朝ドラでは、主人公が自分のえらんだ生き方を、必要以上に強く肯定的に語ることが多いのだが、『チョッちゃん』のような描き方の方が、納得して見ることができる。この時代、都市部中流階級として専業主婦であることは、(ドラマのなかでそうはっきりと言っているわけではないが)一種の特権のようなものだっただろう。
2025年6月21日記
『チョッちゃん』(2025年6月26日の週)
土曜日の放送で、赤ちゃんが生まれて、みんなが泰輔おじさんの家にあつまっていた。名前が、加津子、と決まったのだが、ナレーション(西田敏行)が、この名前の意味を知りたくありません、と言っていたのが印象に残る。普通は、ナレーションでこんなことは言わない。また、子どもの名前にこめた意味は、両親が語るのが普通である。例えば、『カムカムエヴリバディ』などでは、るい、ひなた、という名前に強い意味が込められていて、それがドラマの展開と深くむすびついているものになっていた。
流れとしては、時局(こういうことばも古めかしいが)を反映したものとして、こうい名前になったということと、理解していいことなのだろうか。そして、この名前の女の子が、その後、どのように成長していくのか、モデルを考えて、視聴者は分かっていることになるので、特に名前に引きずられることもない。
この祝いの席で、頼介がやってきて、満州国のことについて言っていた。神谷先生が、人の国に武力で攻め込むのはよくない、と言った(これはインテリの感覚)のに対して、頼介は、満州を列強各国で共同で統治するならいいということ、それならば列強諸国は反対はしない……という趣旨のことを言っていた。これを富子おばさんは外国からいじめられいると言う(庶民的感覚)。このようなことが、ドラマのなかとはいえ、語られることは、近年ではまずなくなってしまったことだろう。
歴史の教科書に出てきたことばでいえば、「門戸開放、機会均等」ということになる。ざっくりいうならば、満州や中国について、そこを殖民地として利権を得るのを日本に独占させることには反対である、ひとりじめをせずに、分け前をおれたちにもよこせ、ということになる。これは、まったくの帝国主義的論理であり、中国や朝鮮の人びとのことを思ってのことではない。これが、まさに、この時代の列強諸国の帝国主義の考えである。(これは、現代の進歩的な価値観からするならば、全面的に否定しなければならないことになる。)
頼介は、満州国を否定的に見ていない。これは、頼介が陸軍の兵士として軍国主義者になったからではない(と私は思って見ていた)。そう思って見てしまう現代の視聴者も多いだろうが。そうではなく、戦前のこのころの日本(昭和8年の設定である)において、経済不況を脱するためにどうするか、アメリカに移民を送れなくなって(アメリカは日本からの移民を排斥した)大陸(満州)に活路を見出すしかない社会の状況を、北海道の貧しい農家に生まれ、東京で工場労働者として働くこともできなかったという境遇について、頼介は身をもって感じていたから、ということになる。いわゆる満蒙は日本の生命線、ということを、日常感覚としてリアルに感じることができた登場人物ということになる。
だからといって、日本の中国への侵略を正当化することはできないのだが、どういう時代背景があって、そこで、それぞれの人たちがどう考えていたか、ということは理解しておくべきことだと思う。
また、戦前の時代にあっても、石橋湛山のように、海外の殖民地を捨てるべきだという小日本主義があったことも、事実である。結果として、こういう路線を日本はとることはなかったし、また、世界の潮流としても、こういう方向に向かうということはなかったのだが。
なにげない台詞なのだが、このドラマの歴史の見方の奥深さということを感じるところであった。少なくとも、一つの歴史観だけを全面的に表に出してはいない。
余計なことかとも思うが、『チョッちゃん』は1987(昭和62)年である。小林正樹監督の映画『東京裁判』が1983(昭和58)年である。この映画のナレーションをつとめたのが、蝶子の父親の俊道の役の佐藤慶である。このようなことは、この時代の視聴者にとっては、常識的に分かっていたことだと思うし、映画『東京裁判』は大東亜戦争・太平洋戦争の侵略的な性格を、あらためて日本の人びとに認識させることになった作品であると、私は思っている。(私は、『チョッちゃん』の放送のときは見ているし、映画『東京裁判』も映画館で見ている。)
ドラマのなかでなにげない所作でいいなと思うのは、妊娠している蝶子に対する富子おばさんの気遣いである。そうはっきり口に出して言うのではなく、家のなかで一緒にいるときに、蝶子のことを気遣っている様子がわかる。そして、その所作が、ごく自然なのである。こういう雰囲気も、また、現代のドラマでは見なくなったことかとも思う。
土曜日の放送で、「蕎麦をたぐる」と言っていた。こういう言い方を昔はつかっていた。今はもう使わないだろう。
北海道の家の縁側の、じいちゃんとばあちゃんの会話がいい。俊道が、蝶子が結婚して子どもができたことを、受け入れている。
邦子は女優になることになった。同じ女学校の同級生である二人の女性の生き方をとおして、そのどちらが正しいというわけでもない、それぞれの生き方があり、また、それにともなうさまざまな思いがあることを、きれいに描いていると感じる。最近の朝ドラでは、主人公が自分のえらんだ生き方を、必要以上に強く肯定的に語ることが多いのだが、『チョッちゃん』のような描き方の方が、納得して見ることができる。この時代、都市部中流階級として専業主婦であることは、(ドラマのなかでそうはっきりと言っているわけではないが)一種の特権のようなものだっただろう。
2025年6月21日記
『あんぱん』「逆転しない正義」 ― 2025-06-22
2025年6月22日 當山日出夫
『あんぱん』「逆転しない正義」
この週は、嵩の戦地(中国)でのことがメインであった。
朝ドラで戦争のことをどう描くか、特に、太平洋戦争(その当時の名称でいえば大東亜戦争、立場によってはさらにさかのぼって十五年戦争ということもある)の描写については、見る人によっていろいろと意見のあるところだと思う。
一般にこのドラマについては世評は高い。だが、私としては、今一つ説得力に欠けるドラマの作り方になっていると感じる。これは、おそらくは、太平洋戦争やその時代の軍人、兵士にたいして、どのようなイメージを持っているか、ということに起因する。どれが正しいという議論ではなく(そういう面もあるが)、この時代の人びとの感覚をどのように感じることができるか、できないか、ということが問題である。
もう覚えている人はあまりいないと思うが、『戦友』というテレビドラマがあった。昔の白黒テレビの時代である。中国戦線で戦う日本軍を、主に兵隊(司令官などではなく)の視点から描いていた。その軍隊の中の友情であり、また、場合によっては現地の中国の人びととの交流を描くこともあった。軍歌の『戦友』は私は知っているが、このドラマで覚えたのだろう。(ただ、私の世代だと、『エール』で出てきたようないわゆる軍歌については、多く知っていることになる。)
このドラマなどが、視覚的なメディアとして戦争や兵士についての知識や感覚のもとになっている。その他、いうまでもないと思うが、この時代の少年漫画雑誌には、太平洋戦争を舞台にしたものが多くあった。また、映画も多く作られている。三船敏郎が山本五十六を演じたのを記憶している。
もちろん、私の親の世代は、実際に兵隊にいっている人が多い。なかには戦死した人もいるわけであるが。
それから、大学生になったころに読んだのは、(前にも書いたが)吉田満であるし、阿川弘之の著作の多くは学生のときに読んでいる。
ざっと以上のようなことを背景に、『あんぱん』を見ていると、その軍隊の描き方が、どうにも納得できない。
まず、非常にステレオタイプである。内務班での生活は、まあこんなものだったのだろう、いや、こんな安直なものではなかったはずだ、という印象をもってしまう。「地方」を蔑視し、意味もなくビンタをくらうことは、そうかと感じるところである。しかし、紛失したはずの帽子がベッドから見つかるという部分は噴飯物としか思えなかった。ここは、隣の班から泥棒してくる、つまり「員数を合わせる」ということでなければならない、そう感じてしまう。しかし、ドラマはではそのように描いていなかった。(陸軍での内務班の実態については、時代によって大きく変化していることは、研究によって明らかになっていることではある。)
総じて戦後世代のインテリ視点(というような表現になるが)からすれば、陸軍の軍人は無知で暴力的であり、徴兵された兵士たちはひたすらその理不尽に耐えるしかなかった。だが、その一方で、仲間の兵隊どうしでは、戦友としての友情もあった。このようになるだろう。
これに対して、海軍の方は、知的でスマートなイメージで語られることが多い。このイメージの形成に役立ったのは、阿川弘之などの影響が大きいだろう。
歴史のなかにおいては、好戦的だった陸軍に対して、対米戦争の無謀さを理解して戦争を避けようとしていた海軍として、語られることになる。山本五十六とか米内光政である。(かならずしも、このようでなかったことは、歴史の教えてくれるところではあるのだが、あくまでも一般的なイメージとしてである。)
昭和の戦前の時代、軍人は馬鹿であって、それが日本を誤らせた……端的にいえば、これは、司馬遼太郎の言っていたことである。軍人は馬鹿であるというのが、このドラマを見ても、基本的な発想としてあるように感じる。だからこそ、八木上等兵のような存在がドラマのなかで必要になってくる。(私は、司馬遼太郎の主な作品は読んできているつもりでいる。だが、かならずしもその歴史観を全面的に肯定するということではないが。)
私自身の感覚としては、特に陸軍にイメージされる暴力性には生理的嫌悪感があると同時に、それを下部から支えてきた農村的な共同体意識については、いくぶんの郷愁を感じるところもある。そして、同時に、日本においては、陸軍もまた一つの近代であったことを、知識としては理解しているつもりである。まあ、かなり、複雑な感じ方をしていることになる。(こういうのは時代遅れの教養主義といえるかとも思うのである。ここでいう教養主義は、竹内洋『教養主義の没落』で使ってある意味においてである。)
さて、『あんぱん』であるが、嵩の所属する部隊は、後方からの補給を断たれてしまう。食料が乏しくなる。ここで、ドラマとしては、食料がなくて飢えに苦しむ兵隊ということを描いたことになる。
ここで感じた違和感がいくつかある。
まず、乾パンは、あんなに美味しく簡単に食べられるものではない、ということがある。軍用の乾パンは、不味くて食べにくいものの代表であった。ただ、これは、近年では、自然災害などにそなえて非常用の食品として乾パンが見なおされてきているので、NHKとしては、ここで、乾パンのイメージダウンになるような描写は避けたかったのだろうとは思う。だが、それならば、はじめから乾パンなど登場させなくてもいいのにと思うことになる。どうしても、やむおじさんとの関係で、登場させたかったのだろうか。
嵩たちがいる村では、そんなに食料に困っているようには見えない。街中で食べるものを売っている。ならば、それを買ってくればいい。ただし、使ったのは軍票だっただろう。これも、日本軍が中国で軍票で食料を調達していたというようなことは描きたくないという、NHKの思惑があったのかもしれないと思うことになる。それでも無理なようなら、強引に奪うことになる。日本軍が行った現地調達である。
私としては、このようなこと(軍票をつかう、強引に奪い取っていく)という場面があってもいいと思っていたのだが、具体的描写として出てきていなかった。
そもそも中国戦線は兵站の確保が問題だったということは、歴史の常識であろう。無論、太平洋の島においては、もっと大変だったことになる。日本軍の兵站、それから、情報の軽視、ということは、きちんと描くべきであると思っている。だからこそ、物資の現地調達をめぐって、中国の人たちと、ただの戦争だけではない無用のトラブルがあり、恨みをかうことになったというのが、一般的な理解であろう。(ドラマにおけるこういうところの軽視こそ、歴史をとおしてみれば、現実の日本軍の兵站軽視につながるものだと私は思う。戦場で戦うだけが、軍隊ではない。メディアによるかたよったイメージの拡大再生産でしかない。)
かなり無理な設定だと思ったのは、小さい子どもがモーゼルを使っていたことである。もともとはドイツ製の拳銃であるが、この時代であれば、軍用に中国軍(国民党軍、共産党軍)が使っていたはずである。これを、あんな小さい子どもがあつかって確実に撃てるとは、どうしても思えないのである。モーゼルは、イメージとしては、満州の馬賊が持っているのがにつかわしい(これも、かたよったイメージかとも思うだが。)これについては、銃器の専門の知識のある人の説明を聞きたいところである。
『あんぱん』での陸軍の描き方を見て感じることは、あまりにステレオタイプに描いておきながら、その一方で、実際に中国で日本軍がどのようであったかということについて、ほとんど説得力のある内容になっていない。少なくとも、私などは、見るとこのように感じてしまう。
これも、見る人によっては、十分に理解でき共感できるものであるのかとも思う。
見る人が、どのような予備知識やイメージを持っているかということでは、今の時代としては、新しい感覚の視聴者が増えてきたことは確かなことだろう。
そして、最も重要なことは、実際にはどうであったかということを、冷静に史料に基づいて調べることである。総じて、被害者の証言に疑いをいれることは、難しい。しかし、人間の記憶や証言などは、簡単に変わってしまうものであることも、確かなことである。
なお、ドラマのなかで、子どもを使うのは、ドラマの作り方として悪手だと私は感じる。中国でもそうだし、高知の空襲のシーンでもそうである。
自分自身のハビトゥスにてらしていえば、『チョッちゃん』には親しみを感じるが、『あんぱん』にはあまり親近感を感じるところがない。
2025年6月20日記
『あんぱん』「逆転しない正義」
この週は、嵩の戦地(中国)でのことがメインであった。
朝ドラで戦争のことをどう描くか、特に、太平洋戦争(その当時の名称でいえば大東亜戦争、立場によってはさらにさかのぼって十五年戦争ということもある)の描写については、見る人によっていろいろと意見のあるところだと思う。
一般にこのドラマについては世評は高い。だが、私としては、今一つ説得力に欠けるドラマの作り方になっていると感じる。これは、おそらくは、太平洋戦争やその時代の軍人、兵士にたいして、どのようなイメージを持っているか、ということに起因する。どれが正しいという議論ではなく(そういう面もあるが)、この時代の人びとの感覚をどのように感じることができるか、できないか、ということが問題である。
もう覚えている人はあまりいないと思うが、『戦友』というテレビドラマがあった。昔の白黒テレビの時代である。中国戦線で戦う日本軍を、主に兵隊(司令官などではなく)の視点から描いていた。その軍隊の中の友情であり、また、場合によっては現地の中国の人びととの交流を描くこともあった。軍歌の『戦友』は私は知っているが、このドラマで覚えたのだろう。(ただ、私の世代だと、『エール』で出てきたようないわゆる軍歌については、多く知っていることになる。)
このドラマなどが、視覚的なメディアとして戦争や兵士についての知識や感覚のもとになっている。その他、いうまでもないと思うが、この時代の少年漫画雑誌には、太平洋戦争を舞台にしたものが多くあった。また、映画も多く作られている。三船敏郎が山本五十六を演じたのを記憶している。
もちろん、私の親の世代は、実際に兵隊にいっている人が多い。なかには戦死した人もいるわけであるが。
それから、大学生になったころに読んだのは、(前にも書いたが)吉田満であるし、阿川弘之の著作の多くは学生のときに読んでいる。
ざっと以上のようなことを背景に、『あんぱん』を見ていると、その軍隊の描き方が、どうにも納得できない。
まず、非常にステレオタイプである。内務班での生活は、まあこんなものだったのだろう、いや、こんな安直なものではなかったはずだ、という印象をもってしまう。「地方」を蔑視し、意味もなくビンタをくらうことは、そうかと感じるところである。しかし、紛失したはずの帽子がベッドから見つかるという部分は噴飯物としか思えなかった。ここは、隣の班から泥棒してくる、つまり「員数を合わせる」ということでなければならない、そう感じてしまう。しかし、ドラマはではそのように描いていなかった。(陸軍での内務班の実態については、時代によって大きく変化していることは、研究によって明らかになっていることではある。)
総じて戦後世代のインテリ視点(というような表現になるが)からすれば、陸軍の軍人は無知で暴力的であり、徴兵された兵士たちはひたすらその理不尽に耐えるしかなかった。だが、その一方で、仲間の兵隊どうしでは、戦友としての友情もあった。このようになるだろう。
これに対して、海軍の方は、知的でスマートなイメージで語られることが多い。このイメージの形成に役立ったのは、阿川弘之などの影響が大きいだろう。
歴史のなかにおいては、好戦的だった陸軍に対して、対米戦争の無謀さを理解して戦争を避けようとしていた海軍として、語られることになる。山本五十六とか米内光政である。(かならずしも、このようでなかったことは、歴史の教えてくれるところではあるのだが、あくまでも一般的なイメージとしてである。)
昭和の戦前の時代、軍人は馬鹿であって、それが日本を誤らせた……端的にいえば、これは、司馬遼太郎の言っていたことである。軍人は馬鹿であるというのが、このドラマを見ても、基本的な発想としてあるように感じる。だからこそ、八木上等兵のような存在がドラマのなかで必要になってくる。(私は、司馬遼太郎の主な作品は読んできているつもりでいる。だが、かならずしもその歴史観を全面的に肯定するということではないが。)
私自身の感覚としては、特に陸軍にイメージされる暴力性には生理的嫌悪感があると同時に、それを下部から支えてきた農村的な共同体意識については、いくぶんの郷愁を感じるところもある。そして、同時に、日本においては、陸軍もまた一つの近代であったことを、知識としては理解しているつもりである。まあ、かなり、複雑な感じ方をしていることになる。(こういうのは時代遅れの教養主義といえるかとも思うのである。ここでいう教養主義は、竹内洋『教養主義の没落』で使ってある意味においてである。)
さて、『あんぱん』であるが、嵩の所属する部隊は、後方からの補給を断たれてしまう。食料が乏しくなる。ここで、ドラマとしては、食料がなくて飢えに苦しむ兵隊ということを描いたことになる。
ここで感じた違和感がいくつかある。
まず、乾パンは、あんなに美味しく簡単に食べられるものではない、ということがある。軍用の乾パンは、不味くて食べにくいものの代表であった。ただ、これは、近年では、自然災害などにそなえて非常用の食品として乾パンが見なおされてきているので、NHKとしては、ここで、乾パンのイメージダウンになるような描写は避けたかったのだろうとは思う。だが、それならば、はじめから乾パンなど登場させなくてもいいのにと思うことになる。どうしても、やむおじさんとの関係で、登場させたかったのだろうか。
嵩たちがいる村では、そんなに食料に困っているようには見えない。街中で食べるものを売っている。ならば、それを買ってくればいい。ただし、使ったのは軍票だっただろう。これも、日本軍が中国で軍票で食料を調達していたというようなことは描きたくないという、NHKの思惑があったのかもしれないと思うことになる。それでも無理なようなら、強引に奪うことになる。日本軍が行った現地調達である。
私としては、このようなこと(軍票をつかう、強引に奪い取っていく)という場面があってもいいと思っていたのだが、具体的描写として出てきていなかった。
そもそも中国戦線は兵站の確保が問題だったということは、歴史の常識であろう。無論、太平洋の島においては、もっと大変だったことになる。日本軍の兵站、それから、情報の軽視、ということは、きちんと描くべきであると思っている。だからこそ、物資の現地調達をめぐって、中国の人たちと、ただの戦争だけではない無用のトラブルがあり、恨みをかうことになったというのが、一般的な理解であろう。(ドラマにおけるこういうところの軽視こそ、歴史をとおしてみれば、現実の日本軍の兵站軽視につながるものだと私は思う。戦場で戦うだけが、軍隊ではない。メディアによるかたよったイメージの拡大再生産でしかない。)
かなり無理な設定だと思ったのは、小さい子どもがモーゼルを使っていたことである。もともとはドイツ製の拳銃であるが、この時代であれば、軍用に中国軍(国民党軍、共産党軍)が使っていたはずである。これを、あんな小さい子どもがあつかって確実に撃てるとは、どうしても思えないのである。モーゼルは、イメージとしては、満州の馬賊が持っているのがにつかわしい(これも、かたよったイメージかとも思うだが。)これについては、銃器の専門の知識のある人の説明を聞きたいところである。
『あんぱん』での陸軍の描き方を見て感じることは、あまりにステレオタイプに描いておきながら、その一方で、実際に中国で日本軍がどのようであったかということについて、ほとんど説得力のある内容になっていない。少なくとも、私などは、見るとこのように感じてしまう。
これも、見る人によっては、十分に理解でき共感できるものであるのかとも思う。
見る人が、どのような予備知識やイメージを持っているかということでは、今の時代としては、新しい感覚の視聴者が増えてきたことは確かなことだろう。
そして、最も重要なことは、実際にはどうであったかということを、冷静に史料に基づいて調べることである。総じて、被害者の証言に疑いをいれることは、難しい。しかし、人間の記憶や証言などは、簡単に変わってしまうものであることも、確かなことである。
なお、ドラマのなかで、子どもを使うのは、ドラマの作り方として悪手だと私は感じる。中国でもそうだし、高知の空襲のシーンでもそうである。
自分自身のハビトゥスにてらしていえば、『チョッちゃん』には親しみを感じるが、『あんぱん』にはあまり親近感を感じるところがない。
2025年6月20日記
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