「カラシニコフ銃1億丁 史上最悪の殺人兵器」2024-05-22

2024年5月22日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト カラシニコフ銃1億丁 史上最悪の殺人兵器

朝日新聞社の出した松本仁一の『カラシニコフ』は出たときに買って読んだ。朝日新聞社がこういう本を出すというのにも、ちょっと驚いた。だが、本の中身はいたってまっとうであった。カラシニコフという人は、戦場で兵士が安心してつかえる銃を開発したということでいいのだろうと思う。だが、それが、今では世界に拡散して、特にアフリカや中南米などでの、反政府勢力で使われる。そして、そうなるには、それなりの国際政治の背景があってのことである。

ベトナム戦争が、AK47とM16との戦いであったとは、よく言われることであった。デリケートで故障しがちなM16は、泥水のなかにつかった状態であってもそのまま平然と使用できるAK47に対しては、ジャングルのゲリラ戦で勝ち目がなかったことになる。

内容としては、カラシニコフ銃の歴史と現状をまとめていたと思う。ただ、できれば、カラシニコフ銃そのものだけではなく、銃弾の製造、流通も視野に入れておくべきだったかと思う。弾がなければ、カラシニコフ銃もただの鉄のかたまりである。

目新しかったこととしては、ボウトのこと。これまで「映像の世紀」シリーズでは登場してきていなかったように思うが、どうだろうか。武器商人としてのボウトが、アメリカのおとり捜査によってつかまったときの映像記録は、興味深い。日本ではこんなことはできないだろうが。

NHKの番組だから、こういうところは触れることができないと思うが、実際の問題としては、戦場の兵士としては、カラシニコフ銃を使えなければならない、ということはあるにちがいない。敵をたおして、相手が持っていた武器をそのままにしておくということはありえないだろう。使えなくするか、奪って自ら使うか、であるはずである。さて、今の自衛隊では、カラシニコフ銃の扱い方について、訓練しているのだろうか。このようなことは秘密ということになるだろうが。

余談として思うことを書いてみると……かつて大東亜戦争(とあえて言うことにするが)のとき、日本軍の使っていたのは三八式歩兵銃であった。三八とは、明治三八年、つまり日露戦争のときの銃ということになる。よく長い間使っていたものだと思うが、これも、その当時としては最新鋭の銃だったことになる。明治村に行くと展示してある。遊就館にはあっただろうか。(どうでもいいことだが、ATOKは「ゆうしゅうかん」では変換してくれなかった。)子どものころ、テレビで「コンバット」を見ていて、サンダース軍曹が機関銃を持っているのを見て、これじゃあアメリカと戦って負けるはずだと、子供心にも思ったものである。

2024年5月21日記

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