『べらぼう』「蔦重栄華乃夢噺」 ― 2025-12-15
2025年12月15日 當山日出夫
『べらぼう』「蔦重栄華乃夢噺」
最終回である。
最終回のその最後まで見て思ったことがある。ドラマが終わって紀行の部分がある。ここで、最終回では、蔦重と歌麿の墓が出ていた。これは、まあ、普通である。それから、写楽の浮世絵が映っていた。写楽の絵としては、もっとも有名な、大谷鬼次であった。所蔵先は、メトロポリタン美術館であった。
私は、紀行のところで、本とか絵が出てくると、その所蔵先として、どこであると表示されるのを、きちんと見ることにしている。これまでの回では、基本的に国内の機関であることが多かったと憶えている。国立国会図書館であったり、東京国立博物館であったり、東京都立中央図書館であったり、である。
浮世絵については、江戸時代の終わりから海外に流出して、名品、逸品というべきものの多くが、海外にあることは、常識だろう。それも、現在では、多くが、インターネットで画像データベースとして、見ることができるようになっている。
最終回で、写楽の絵が、日本で再評価されるようになったのは、後のこと……はっきり言っていなかったが、近代日本になって、西洋のジャポニズムに触発されて気がついたということであるが……と言っていた。そして、それを象徴することとして、メトロポリタン美術館所蔵の写楽の大谷鬼次の浮世絵ということになったのだろうと思っている。
なお、大谷鬼次の浮世絵は、国内では、東京国立博文館にあるし、ColBaseによって画像データを使うこともできる。それを、あえてメトロポリタン美術館のものを使ったということは、海外に流出してしまった浮世絵ということを、言いたいことになるのだろう。
非常に細かなところかもしれないが、こういうところにも、制作スタッフの意図を感じとることができる。
本居宣長が出てきていた。どうして、もっと早くから、登場しなかったのだろう。無論、蔦重と宣長が直接にかかわるのは、最晩年になってからということはある。だが、それなら、蔦重と田沼意次や松平定信が親しく話しをするような設定も、変といえば変である。少なくとも、宣長のことを知っている江戸の人……伊勢の松坂出身の商人でもいいと思うのだが……が登場してきていて、宣長のことについて語ることがあってもよかった。その中で、宣長の学問を形成することになったさまざまな書物……日本の古典文学はもとより、漢籍であり、仏教関係の書物であったり……を、ドラマの中で触れることができただろう。つまり、江戸時代の中頃の出版事情ということを、全体的に見る視点を持つことができた。
(本告宣長記念館に、昔のままの鈴の屋が残っている。こんな小さな家だったのかと、感慨深いものがある。)
だが、それをしなかった。結果として、戯作(黄表紙と狂歌が中心であるが)と浮世絵だけで、江戸の出版文化を描くということになってしまった。ドラマとしては面白く作ってあったと思うのだが、その背景としての、江戸の出版事情というということが、総合的にはまったく描けていなかった。
以前に書いたことだが、江戸時代の日本の古典文学の出版ということ、一般的な普及ということがなければ、そのパロディである、狂歌、ということも理解できない。狂歌の背景には、膨大な江戸時代の人びとの古典の教養の蓄積があってのことである。
近世における教養ある人びとのたしなみとしては、まずは、俳諧だっただろうと思うのだが、たしか一度だけ科白の中で出てきただけであった。
写楽の正体、ということについては、ドラマのようなことであっても、これはこれでいいと思う。面白く作ってあった。いきなり登場して、いきなり消えたこと。その作風にも、変化があること。こういうことを、むしろうまく説明することになっている。写楽の工房説、合作説、ということになる。
だが、そうすると、写楽の絵に、現代の我々が感じることのできる、強烈な個性、芸術家が人間(役者であり、その役の人物である)を見る眼差しを、説明できないことになる。この視点ではは、やはり一人の強烈な個性の絵師ということを考えてみたい。
このあたりは、総合的に考えて、ドラマの筋のようにしたのだろう。そのために、一橋治済をうまくつかったということになる。
一年間の放送を見て思うこととしては、前半においては吉原をかなりきちんと描いていたことがある。後半においては、特に歌麿を芸術家として描くことができていたことがある。そして、映像、演出をみても、ある意味であえてケレン味のある作り方になっていて、これは成功したと言っていいだろう。
2025年12月15日記
『べらぼう』「蔦重栄華乃夢噺」
最終回である。
最終回のその最後まで見て思ったことがある。ドラマが終わって紀行の部分がある。ここで、最終回では、蔦重と歌麿の墓が出ていた。これは、まあ、普通である。それから、写楽の浮世絵が映っていた。写楽の絵としては、もっとも有名な、大谷鬼次であった。所蔵先は、メトロポリタン美術館であった。
私は、紀行のところで、本とか絵が出てくると、その所蔵先として、どこであると表示されるのを、きちんと見ることにしている。これまでの回では、基本的に国内の機関であることが多かったと憶えている。国立国会図書館であったり、東京国立博物館であったり、東京都立中央図書館であったり、である。
浮世絵については、江戸時代の終わりから海外に流出して、名品、逸品というべきものの多くが、海外にあることは、常識だろう。それも、現在では、多くが、インターネットで画像データベースとして、見ることができるようになっている。
最終回で、写楽の絵が、日本で再評価されるようになったのは、後のこと……はっきり言っていなかったが、近代日本になって、西洋のジャポニズムに触発されて気がついたということであるが……と言っていた。そして、それを象徴することとして、メトロポリタン美術館所蔵の写楽の大谷鬼次の浮世絵ということになったのだろうと思っている。
なお、大谷鬼次の浮世絵は、国内では、東京国立博文館にあるし、ColBaseによって画像データを使うこともできる。それを、あえてメトロポリタン美術館のものを使ったということは、海外に流出してしまった浮世絵ということを、言いたいことになるのだろう。
非常に細かなところかもしれないが、こういうところにも、制作スタッフの意図を感じとることができる。
本居宣長が出てきていた。どうして、もっと早くから、登場しなかったのだろう。無論、蔦重と宣長が直接にかかわるのは、最晩年になってからということはある。だが、それなら、蔦重と田沼意次や松平定信が親しく話しをするような設定も、変といえば変である。少なくとも、宣長のことを知っている江戸の人……伊勢の松坂出身の商人でもいいと思うのだが……が登場してきていて、宣長のことについて語ることがあってもよかった。その中で、宣長の学問を形成することになったさまざまな書物……日本の古典文学はもとより、漢籍であり、仏教関係の書物であったり……を、ドラマの中で触れることができただろう。つまり、江戸時代の中頃の出版事情ということを、全体的に見る視点を持つことができた。
(本告宣長記念館に、昔のままの鈴の屋が残っている。こんな小さな家だったのかと、感慨深いものがある。)
だが、それをしなかった。結果として、戯作(黄表紙と狂歌が中心であるが)と浮世絵だけで、江戸の出版文化を描くということになってしまった。ドラマとしては面白く作ってあったと思うのだが、その背景としての、江戸の出版事情というということが、総合的にはまったく描けていなかった。
以前に書いたことだが、江戸時代の日本の古典文学の出版ということ、一般的な普及ということがなければ、そのパロディである、狂歌、ということも理解できない。狂歌の背景には、膨大な江戸時代の人びとの古典の教養の蓄積があってのことである。
近世における教養ある人びとのたしなみとしては、まずは、俳諧だっただろうと思うのだが、たしか一度だけ科白の中で出てきただけであった。
写楽の正体、ということについては、ドラマのようなことであっても、これはこれでいいと思う。面白く作ってあった。いきなり登場して、いきなり消えたこと。その作風にも、変化があること。こういうことを、むしろうまく説明することになっている。写楽の工房説、合作説、ということになる。
だが、そうすると、写楽の絵に、現代の我々が感じることのできる、強烈な個性、芸術家が人間(役者であり、その役の人物である)を見る眼差しを、説明できないことになる。この視点ではは、やはり一人の強烈な個性の絵師ということを考えてみたい。
このあたりは、総合的に考えて、ドラマの筋のようにしたのだろう。そのために、一橋治済をうまくつかったということになる。
一年間の放送を見て思うこととしては、前半においては吉原をかなりきちんと描いていたことがある。後半においては、特に歌麿を芸術家として描くことができていたことがある。そして、映像、演出をみても、ある意味であえてケレン味のある作り方になっていて、これは成功したと言っていいだろう。
2025年12月15日記
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