ETV特集「僕が戦争に行く理由」2026-02-25

2026年2月25日 當山日出夫

ETV特集「僕が戦争に行く理由」

戦争というものを、どういう視点から見るか、これはいろいろとある。国家の指導者の視点もあるし、一般の市民・国民という視点もある。なかでも、やはり重要なのは、最前線で戦う兵士の視点だろう。

ウクライナの戦争について、私は、一方的にロシアが悪いとは思っていない。たしかに、始めたのロシアである。少なくとも、ロシアがなぜ、この戦争を始めることになったのか、ロシアの側にたって、その勢力圏の歴史を考えることはあってもいいと思う。(だからといって、それが正当なものである、ということではないが。)

最前線で戦う兵士が、その戦場の有様を映像記録に残せる、そして、それが普通のテレビ番組などで見られるようになった、ということでは、ウクライナの戦争は、これまでとは違う。メディアと戦争ということの問題としては、古くは第一次世界大戦にさかのぼることだし(映像の世紀の始まりである)、少なくともベトナム戦争のことぐらいからは、個人的にも記憶にあることである。

極言すればであるが……なぜ、兵士は戦争におもむくのか、それは、そこが戦場であるから、としかいいようがないかもしれない。考えることは、自分の国を攻めてくる敵国の軍隊があって、それに対して、防戦しているということになるのだろうが、実際の戦場の兵士の心理は、もっと複雑、いや、逆にシンプルなのかもしれない。ただ、戦争があり、戦場にいるから、戦わざるをえない……これだけのことのように思える。そこには、なにがしかの思考の麻痺のようなものがある。と同時に、自分を戦場へと駆り立てる何かがあることにもなる。

実際に戦闘が始まって、その渦中に身を投じることになれば、それが防衛のための戦争であるか、それとも、政治的な意図があり命令されての戦争であるか、などということは、あまり関係がない。戦って、生きのびる、ただそれだけのことが、日常になる。

この番組と同じようなことは、逆に、ロシア軍の方についてもいえるだろうと思っている。ただ、今の国際情勢では、ロシア軍側からの、この種の情報が一般に流れてこないだけである。いやいや(か、どうかは別にして)動員された北朝鮮の兵士についても、戦場で感じることはあるだろう。

冷静で正気を保ったままでは戦争はできない、ごく当たり前のことのようだが、人間にとって戦争、戦場とは、こういうものである、ということを考えてみることになる。だからこそ、和平が難しいということになるだろうか。

2026年2月23日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2026/02/25/9838437/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。