『おんな城主直虎』あれこれ「死の帳面」2017-07-18

2017-07-18 當山日出夫(とうやまひでお)

「おんな城主直虎」2017年7月16日、第28回「死の帳面」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story28/

前回のは、
やまもも書斎記 2017年7月11日
『おんな城主直虎』あれこれ「気賀を我が手に」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/11/8618205

今回は、直虎、井伊ではなく、今川の話しだった。今川というと、桶狭間の合戦で、義元が信長に敗れて以来、その後のことは、あまりドラマなどに描かれることはなかったように思う。それを、この『おんな城主直虎』では、丁寧に描いている。見方によっては、井伊の物語と平行して、今川のその後の物語があるかのごとくである。

なんといっても圧巻であったのは、寿桂尼(浅丘ルリ子)の存在感。ちょっと化粧がきついかなという気がしないでもないが、年取ってもなお、その迫力はたいしたものである。

そして、武田信玄との場面。これが見どころといったところであったろうか。

私が注目したのは、直虎のせりふ。イエを守るということはきれい事ではできない、このような意味のことをいっていた。直虎にとって、なにより大事なのは、井伊のイエを守ることである。それは、ちょうど、寿桂尼が、今川のイエを守るのと同じように。

だが、これは両立し得ない。直虎は、寿桂尼に恩義を感じてはいるようである。しかし、それが、主家である今川への忠誠心として、直虎のエトスになっているかというとそうでもない。直虎のエトスは、あくまでも、井伊のイエの存続にある。

このあたり、前作『真田丸』では、真田信繁の豊臣への忠誠心がそのエトスとして描かれていたのと、非常に対照的である。(歴史の結果としては、今川から離反して、徳川についた井伊は生き延びることになることを、現代の我々は知っている。)

この意味で、ちょっとだけ出てきた井伊の気賀の城の場面。この城を、直虎は、方久にあずけることにする。方久は武士ではない。商人の出身である。その時、こう言っていた……銭のちからは非常に強い、しかし、銭のちからだけではどうにもならないことがある、という意味のことを言っていた。このせりふ、何気なく言っているようだが、これからの、井伊のイエの存亡をかけた、重要なせりふになってくるのではないだろうか。

中世、戦国時代といっても、銭……商品経済といってもよいか……が、非常に大きな影響力をもってきている時代である。そのちからを最大限に発揮しつつも、「武」もおろそかにすることはない。それは、おそらく、直虎の次の世代、井伊直政の時代にうけつがれていくことになるのだろう。

今回、和尚は出てきたが、ネコが出てこなかった。ちょっとさびしい。

追記 2017-07-25
この続きは、
やまもも書斎記 2017年7月25日
『おんな城主直虎』あれこれ「女たちの挽歌」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/25/8627025

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