「事実の代償 私はロシアで伝え続ける」2024-03-13

2024年3月13日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー 事実の代償 私はロシアで伝え続ける

二〇二三年、イギリスの制作。

ウクライナでの戦争……ロシアでは「戦争」ということばをつかうことも許されていない……がはじまったころ、日本のメディア、テレビのニュースなどでは、モスクワからの中継があった。しかし、それもいつのまにか姿を消してしまっている。ニュースの時間にモスクワから現地支局の記者がレポートするということは、今ではない。

こういう番組がどうして日本のテレビでは作れないのかと思う。(まあ、現地にいるスタッフの身の安全ということも考えることになるとは思うのだが。)

ロシアの独立系メディア、「ノーバヤ・ガゼータ」のことは名前は知っている程度だった。ムラートフのことは、ノーベル賞のときのことをかすかに記憶している程度のことである。

ジャーナリストの役割は権力批判だけではないと思うが、しかし、時の権力に対して批判的である姿勢はジャーナリストにとって不可欠のものだと思う。独立系メディアの価値を認めていたのが、ゴルバチョフであったということは、この番組で知った。まともな政治は、それに対する批判者をともなうものでなければならないということは、一般的に言えることであろう。(この意味では、今の日本の政権は、批判者の存在をきちんと認めてきたとはいえない。)

ノーベル賞のメダルを競売にかけたことは、知らなかった。日本ではどれほど報道されただろうか。それが、一億ドルを超える金額であったというのも、驚きである。

ロシアで反体制的であることは、比喩ではなく命にかかわる問題である。それでも、ジャーナリストとして政権に批判的であろうとしつづけている人たちがいる。このことは、もっと知られていいことである。

日本の大手メディアは、最近のナワリヌイ殺害(といっていいのか、死亡といっていいのか)のことは報道するのだが、それ以上のことは深入りしない。メディアの保身的姿勢という印象が強い。

番組のなかで出てきたチェチェンのこと。今、日本でニュースなど見ていても、チェチェンのことはまったく出てこないといっていい。いったいどういう事情で今はどうなっているのか、報道する価値はあると思うのだが。

2024年3月7日記

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