半藤一利『日露戦争史 3』2016-09-06

2016-09-06 當山日出夫

半藤一利.『日露戦争史 3』(平凡社ライブラリー).平凡社.2016 (原著、平凡社.2014)
http://www.heibonsha.co.jp/book/b226827.html

やっと三巻、読み終わった。全巻を通じての感想などは別にまとめて書くことにとして、この第三巻で気になったところをちょっと述べておきたい。

この第三巻は、まず奉天会戦。それから、日本海海戦が中心になる。

奉天会戦の勝利の後、筆者はこのようにしるしている。奉天会戦は、重砲火力と機関銃火力による戦いであったことをうけて、

「ところがこれまでは、奉天会戦もそれまでの戦いと同じように、劣勢ながら不屈の精神をもって、すなわち大和魂をもって勝利をおさめることができた戦いであった、とする説がなぜかかまりとおっている。これまた、のちの「無敵皇軍」神話をつくるためのフィクションであったように思われる。」(p.116)

そして、日本海海戦がメインである。そして、それは、司馬遼太郎『坂の上の雲』でもそうであったし、NHKドラマ版の『坂の上の雲』も同様。特に、このNHK版ドラマで、印象的なシーン……バルチック艦隊を目の前にしての、敵前での取舵回頭である……あまりにも有名な、丁字戦法、これを、東郷平八郎が命令を下すシーン……高々と上げた右手を左方向に振り下ろすシーン……その真偽をめぐっての考証が興味深い。

ここで結論を書いてしまうわけにもいかないし、事実がどうであったかは、さらに歴史の奥深くねむっていることなのであろうが、ただ、特にNHKが映像化したシーンは、かなりの疑問があるらしい、とはいえそうである。

この本『日露戦争史』は、「歴史探偵」の視点からの本であるから、あまり、史料にさかのぼって考証をするということはしていない。だが、この日本海海戦のめぐってのいくつかの「神話」とでもいうべきいくつかの場面については、するどく論評している。それは、日本海海戦の大勝利が後々の日本の道を誤らせた原因の一つである、という認識に基づくと理解して読んだ。

日本海海戦の勝利を再現しようとして、日本海軍は太平洋戦争を戦った。だが、その日露戦争の当時にあっては、その当事者たち……戦争を遂行する軍人のみならず、それをコントロールする政治家の役割が、リアリズムに徹していた。現実の国際情勢、日本の国力、ロシアの国力、これらを冷静に総合的に判断することができた。

これができなかったのは、当時にあっては「民草」と、後の時代にあっては、太平洋戦争につきすすんでいった軍部ということになる。あとは、それに追随して、いや、あおりたてた新聞などマスコミ世論の、そして政治の責任でもある。

なお、この第三巻に関連しては、次の本がある。

吉村昭.『海の史劇』(新潮文庫).新潮社.1981
http://www.shinchosha.co.jp/book/111710/

吉村昭.『ポーツマスの旗』(新潮文庫).新潮社.1983
http://www.shinchosha.co.jp/book/111714/

もちろん、小説として書かれているのであり、歴史書ではない。しかし、半藤一利『日露戦争史』や、司馬遼太郎『坂の上の雲』を読むだけではなく、こちらも読んでおくといいかなと思っている。歴史を見るとき、いろんな視点がある。もちろん、歴史書をひもとくことも大事であるが。