『青天を衝け』あれこれ「篤太夫、駿府で励む」2021-09-21

2021-09-21 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第27回「篤太夫、駿府で励む」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/27/

前回は、
やまもも書斎記 2021年9月14日
『青天を衝け』あれこれ「篤太夫、再会する」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/14/9423160

時代が明治になっても、徳川家康からはじまったのだが、はたしていつまで続くのだろうか。

時代の背景としては、明治新政府はできたものの、その行く末の展望は見えず、まだ戊辰戦争の最後の戦いとして函館で戦闘がつづいている、徳川家は、駿府にうつり、元幕臣もそれにつきしたがってやってきている……というようなあたり。

この時代背景において、駿府で活躍することになるのが、渋沢である。商法会所……今でいう株式会社の原型のようなものだろうか……をつくり、そこで武士と商人が一緒になって、商いを始めることになる。このあたりの苦労の様子がもうちょっと描かれるとよかったかと思うのだが、ここは、比較的あっさりと、商売が成功したということになっていた。(どうも、このあたりのところを見ると、放送回数も残り少ないので、ちょっととばしぎみで話しを進めているように感じられなくもない。)

その渋沢に、明治新政府の方でも目をつける。大隈重信、五代才助たちが、渋沢の駿府での活躍に注目していた。

この後は、新政府に登用される渋沢であり、さらにその後は、政府から離れて民間の経済人として活躍するところを描くことになるのだろう。

この回で、「僕」(一人称)とか、「経済」とかいうことばが使われていたが、まあ、この時代になって、明治新政府においてならいいかなというところだろうか。

それから、重要かなと思うのが、商売を始めるにあたってのこころがまえ。武士に対しては、武士だからというこだわりをすてろという、一方、商人に対しては、商人だからといって卑屈になるな、という。このあたりは、後年の渋沢栄一の経済道徳合一主義というものの見られる描写とうけとめておいていいのかと思う。

次回、いよいよ明治新政府における渋沢ということになるようだ。楽しみに見ることにしよう。

2021年9月20日記

追記 2021年9月28日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年9月28日
『青天を衝け』あれこれ「篤太夫と八百万の神」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/28/9427662

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