「メディア砂漠のなかで進む分断 アメリカ大統領選挙」2024-09-07

2024年9月7日 當山日出夫

BSスペシャル メディア砂漠のなかで進む分断 アメリカ大統領選挙

それほど新しい内容ではなかったが、アメリカ大統領選挙を前に、アメリカのメディアと世論/輿論の形成について、いろいろと考えるところがあった。

アメリカの民主主義が地方のコミュニティに支えられている、ということは言われていることだと思う。だが、それをさらに支えることになるはずの地方新聞が、ここ数年の間にどんどん消滅してしまていく。と同時に、ネットメディアが台頭してきている。それが、地方紙の代わりをになうことになっている。また、同時に、メディアによる世論/輿論の分断ということもある。これについては、これまでに多く語られてきていることだ、さらに加速しようとしている。

興味深かったのは、ネットメディアのコンテンツ制作にAIが利用されていること。民主党よりであれ、共和党よりであれ、適当にキーワードを設定するだけで、新聞記事が書けてしまう。その結果、「ニュース」の制作コストが激減することになり、各地にいる人びとに、その土地にあった(と考えられる)記事が配信されていく。

ピンクスライムと言われる新しい地方メディアの、資金源がどのようなものかは分からないということだったが、どのような企業とか組織であっても、もう驚くことはないだろう。巧みな世論操作をしようとしているのは、いつでもどこでもありうることである。それが、今では、技術の発達でより簡単になった。

おそらく、日本でも、このようなAIを使った記事の配信ということは、時間の問題として出てくるだろう。いや、もうすでに一部にはそうなっているかもしれない。

フィルターバブルとか、エコーチェンバーとか、いろいろと言われているが、これは、左右どちらについても言える現象になっている。アメリカでもそうであるし、日本でもそうなっている。(さて、韓国とか台湾とかではどうなのだろうか、ということが気になる。)

私は、二〇〇九年からTwitter(X)を使っているが、ここ数年は、フォローは基本的に増やしていない。多様な意見が流れてくるのを、それはそれとして眺めていたいからである。そのバランスを保つことが重要だと考えている。

とはいえ、先般の東京都知事選のときには(選挙が終わってからしばらく)、タイムラインが蓮舫支持、小池批判、石丸批判で埋め尽くされてしまうという状態になった。これも、しばらくするとほとぼりが冷めて、もとに戻った。ある意味では、左派の熱狂ぶりと、強いて言えばだが、そんなことをしているから嫌われるのだ、これをいさめる人がいない、それほど人材が払底しているのか、という実態がよく分かったというところである。

結局のところ、自分とは異なる立場の意見に接する機会をあえて作るにはコスト(時間的にも金銭的にも)かかる。ネットメディアは、基本的にタダである。そのコストを払う価値がある人たちと、そうは思わない人たち、この分断(といっていいだろうか)の方が問題かもしれない。

私自身のことについていえば、今年度から外に出て教室で話す仕事はもう辞めてしまった。それもあるが、『世界』『正論』『中央公論』を買って読むようにしている。月刊誌ぐらいのペースで読んでいくのが、適していると感じる。これもいつまで続けられるだろうかという気もしているのだが。

2024年8月31日記

「ウェイリー版“源氏物語” (1)翻訳という魔法」2024-09-07

2024年9月7日 當山日出夫

100分de名著 ウェイリー版“源氏物語” (1)翻訳という魔法

知識としては、大学のときに国文科でまなんでいれば(もう半世紀ほど前のことになるが)、『源氏物語』の英訳として、『The Tale of Genji』があることは知識としては知っていたことになる。それを日本語に訳した本が、近年になって刊行されたことも知っている。けれど、自分でそれを買って読もうと思ったことはない。『源氏物語』は、古い方の「古典大系」でざっと読んだのをはじめとして、「新潮古典集成」「新日本古典文学全集」「岩波文庫」(新しい方)は、読んできている。新しい「古典大系」は持っているが、これで通読したということはない。(本文が大島本にかなり忠実に作ってあることもあって、少し読みづらいと感じる。)

ウェイリー版『源氏物語』が、日本でもよく読まれた本であることは、文学史の知識である。

『源氏物語』を見る視点として、このような見方ができるのか、というところがいくつかあった。

まず、どうでもいいことなのだが……伊集院光が『東京物語』(小津安二郎)を、どこか遠くの別世界の話しとして観る、という意味のことを言っていて、そういうものなのかなあ、と思った。私の世代だと、小津安二郎が描いた戦後の日本の生活は、生いたちの感覚の延長にあると感じる。私が学生だったころ、浅草の六区の映画街では、ふる~い映画ということで、小津安二郎の作品が上映されていたりした。それが、日本映画の巨匠になってきたのは、新しいことだというのが、私の感じるところである。

光源氏は火野正平である、というのは斬新でとっぴもないことのようだが、しかし、説明としては納得するところもある。相手の女性を輝かせるという意味での、シャイニングということなら、そういわれればそうかなと思わないでもない。

夕顔は物の怪に取り殺されてしまうし、葵上も同じである。紫上は、今でいえば拉致誘拐されてきた少女である。その最後は、満足して死んだといってもいいだろうか、どうだろうか。明石の君は、子どもを産んでも離ればなれになってしまう。女三宮も最後はあわれである。どうも、『源氏物語』の女性たちが、光源氏と出会って、その生涯が幸福に光り輝いている、とはいえないような気もする。しかし、光源氏とつきあっている、そのときに限定してみれば、どの女性も充足していたというべきであろう。

番組のなかで『源氏物語』の「原文」としてつかってあったのは、岩波文庫版であった。今では、もっとも標準的なテキストの一つといっていいだろう。これは、「新日本古典文学大系」をもとにしているが、冒頭の部分でちょっと違う。「~いとやんごとなききはにはあらぬが、」と、「、」がある。これが、もとの「新日本古典文学大系」ではない。これは、学問的には「、」がない方がただしい。このことは、『助詞の歴史的研究』で、石垣謙二があきらかにした研究にもとづくことになる。(もし、学生のときにこの本を読んでいなかったら、国語学にすすむことはなかったかもしれない。)

ところで、ウェイリーがつかった『源氏物語』の日本語のテキストは、いったい何だったのだろうか。これなど、すでに研究されていることだと思うが、ちょっと気になったことである。

能の題材として、『平家物語』『源氏物語』が多く使われている、これはたしかなのだが、では、中世、室町のころ、『源氏物語』は実際にどのような人たちに、どのように読まれていたのか、古注釈をはじめとして、中世における日本の古典のあり方として、興味のあるところである。このあたりのことは、近年になって研究のすすんできている分野であると思っている。

2024年9月5日記

『虎に翼』「始めは処女の如く、後は脱兎の如し?」2024-09-08

2024年9月8日 當山日出夫

『虎に翼』「始めは処女の如く、後は脱兎の如し?」

この週は原爆裁判がメインだった……ようなのだが、しかし、余計な要素をもりこみすぎてあるので、肝心の裁判のことがきちんと描けていないと思える。いくつか疑問に思うことがある。思いつくままに書いてみる。

裁判に原告側の証人として、被爆者である女性の出廷ということになったのだが、このとき、上京してきて、轟もよねも始めて顔を合わせたことになっていた。これは、どう考えてみても不自然だと思えるのだが、実際はどうだったのだろうか。轟とよねが、雲野弁護士から裁判をひきついで、まずおこなうべきは、裁判の原告たちに会って、担当の弁護士が変わるが、訴訟をつづけることにするかどうか、ということについての確認であるべきだと思う。そのためには、広島に行って、面談してくることが必須であったと思う。これが、もし、書類の引き継ぎだけでよかったということなら、その旨の説明がドラマのなかであってしかるべきである。

そのときに、裁判の法廷に証人として出廷することになるかもしれないが、そのときはどうするか、気持ちを聞いておくべきことであった。

そもそも、原告たちは、何を求めて裁判を起こしたのか、そこから説明がないと理解できないことが多い。国際法、サンフランシスコ講和条約、など考えれば、損害賠償の可能性がきわめてひくいことは、事前にわかっていたはずだと思うが、それをあえて裁判に踏み切った理由、あるいは、覚悟や心情といったものが、まったく出てきていない。金銭的な補賞ではなく、人間としての尊厳にもとづくものである、ということであるならば、そのようにきちんと描いておくべきだったと思う。

現代の日本の常識的な考え方として、原爆は絶対悪であるということが一般である。だからといって、その時代に、法的に損害賠償が可能であったということにはならない。ここはあくまでも法の問題として考えることになる。そこを描いてこそ、リーガルエンターテイメントである……いや、あったはずである。(このドラマは、こことのところを、すでに完全に放棄しているのだが。)

裁判官を主人公としたドラマなのであるから、原爆裁判が法律の立場からはどう見えるのか、そこのところを描くことができたはずである。

ドラマに出てきた範囲で見てのことだが、判決ついては、次のことがいえるだろう。

戦争を完全には否定していないこと。太平洋戦争をはじめたこと自体は否定していないものだった。理想的な絶対平和主義ではない。国家の交戦権を認め、東京裁判(平和に対する罪)については否定したと理解できる。この点については、今日の理想的反戦平和主義からすれば、この判決はとうてい容認しがたいものであるはずである。このドラマを賛美する立場なら、まずこのことが問題になってもいいかと思うのだが、どうだろうか。

無差別爆撃は国際法に違反しているということ。これはうなずけることである。だが、戦争における無差別爆撃というならば、日本軍がおこなった重慶爆撃や、ドレスデンの爆撃のことがある。また、東京をはじめ日本の各地の都市で行われた市街地への爆撃がある。寅子が赴任していた新潟でも、長岡の空襲のことが出てきていた。しかし、ドラマのなかでは、これらのことについて特にふれることはなかった。ここで、寅子が長岡の空襲で娘を亡くした太郎弁護士のことでも回想するシーンがあってもよかったと思う。また、戦争犯罪ということが、強く人びとに意識されるようになったのは、東京裁判を通じてだと思っているのだが、このドラマでは、これまで東京裁判については、まったく触れることがなかった。記者の竹中が、戦争のことをふりかえろう、と言っていたが、それなら、まず考えるべきは東京裁判であったはずである。また、戦時中、猪爪の家は軍事産業としてもうけていたはずだが、このことについて寅子が、反省しているようすはまったくなかった。

それでも、原爆が特殊であること。市民への無差別爆撃であるのみならず、原爆が特殊なのは、その破壊力の大きさ、桁違いの被害者の数、それから、その影響が後々の生活にまで健康被害として残ることである、と私は理解している。特に、後への影響、ここのところが、原爆裁判のなかで、きちんと言及されることはなかった。裁判の始まりから終わりまでの間の、被爆者である人びとの健康状態について触れておくべきだったと思う。(あるいは、そのようなことは今の日本では常識的な知識だから割愛したということかもしれない。また、この時代には、まだそのような認識ではなかったかということなのかもしれないが、それならそうで、ナレーションなどで、説明があってしかるべきである。強いていえば、女性の流産は原爆の影響という理解になるかもしれない。)

それから、証人として登場することになった女性の描き方にも、疑問がある。原爆裁判は、被爆者である人びと全体を代表してのものであると、私は理解して見ていたのだが、よねが言った台詞が気になる。この社会は、声を上げる女性に石をなげる……と言っていたのだが、これは被爆者の立場を、社会における(弱い)女性の立場にすりかえている(ことばとしては確かに正論ではあるのだけれど)。原爆の被害に、男性も女性もないはずである。ここで描くべきだったことは、被爆者ということで、その当時、いわれのない差別と偏見に苦しむことになった人たちの(男女問わず)、その姿であり気持ちではないだろうか。そのためには、まず轟とよねが広島に行って、原告である、またそれ以外の被爆者の人たちと会ってくるということだったと思える。

ここで思い出すのは、以前の『エール』である。『エール』では、主人公の古山裕一は、長崎に旅して、病床にあった永井隆に逢いに行っていたことである。その体験から『長崎の鐘』が生まれた。

ドラマは史実と違ってもいいとは思うが、このようなところは、(事実がどうであるかは知らないけれども)改変があってもいいところだと、思っている。歴史のうえでは、原爆裁判と併行して、広島平和記念公園ができ、原爆ドームの保存について議論があった時代になる。原爆医療法もこの時期にできている。轟とよねが、広島に行って原爆ドームの前でそれを見つめるシーンがあってっもよかった。(広島ロケをおこなうのに、そんなに番組制作のコストがかかるとは思えないのだが。)

航一の息子の朋一が裁判官として長崎に赴任しているということだったので、これは、寅子たちが長崎に行って……例えば、朋一が結婚して式を長崎でするとか……被爆被害に接する伏線かとも思っていたのだが、そういうことはなかった。よねや轟と接触することは問題があるとしても、寅子が長崎に行くことについては、裁判の原告と会って話しをするようなことがなければ、特に問題はないだろうと思うのだが、どうなのだろうか。

ドラマのなかの原爆裁判で、この裁判の意義や難しさを一番強く表現していたのが、被告である国側の代理人であり鑑定人の法学者であった(私はそのように感じるのだが)、というのはそう意図して作ったわけではないだろうが、なんとなく皮肉に思える。

裁判の判決文は、事実をふまえたものだということだが、しかし、裁判においてどういう議論があって、あの判決にいたったのかその過程がまったく見えない。裁判官を主人公としたドラマということは、普通の市民からは見えないはずの、このプロセスの部分が描けるということであるはずだが、そこを放棄してしまっている。

星の家のことも気になる。

(現代的な言い方をすれば)百合の認知症がすすみ、家族はその介護に翻弄されることになる。

私が気になったこととしては、寅子の娘の優未のことである。星の娘ののどかに暴力をふるって(足で蹴って)家を出てしまう。結果としては、山田轟法律事務所にいたのだが、そのシーンが問題である。

まず、寅子は、そう簡単に山田轟法律事務所には行けないはずである。担当の裁判官と、原告側の弁護士である。接触は極力避けるべきであろうし、よねもそのように寅子に言っていた。よねから星の家に電話してくれたようなのだが、だからといって、寅子が自分で出かけて行っていいわけではないだろう。家政婦さんなどが、行くべきところかと思う。

ここで寅子がした行為が理解できない。まず、ドアの外での立ち聞きである。

このドラマが始まった当初、カフェー燈台で、よねの素性について、よねのことを、よねのいないところで、よね以外の人から聞くのはよくない……ということを言っていた。このことは、世評では絶賛されたところである。このような主義をつらぬくならば、ドアの外での立ち聞きは、決してあってはならないだろう。朝ドラでは、立ち聞きで話しがすすむということはよくあることなのだが、このドラマでは、それはしない方針なのだろうと思っていたが、そうではなかったことになる。

その後、寅子は拍手してドアを開けて階段を降りてきた。これが、家出した娘を心配した母親のすることだろうか。このあたりの描写が、どうにもこのドラマに納得できないところである。家出した娘のことを思う母親の気持ちというのを、どう描けばいいのか。いろいろとあるだろうが、拍手については、どうしてそんな行動になるのか理解できない。

山田轟法律事務所のドアの外で、中にいる人の話し声を立ち聞きするというのは、原爆裁判を担当している裁判官として、まずあってはならないことであろう。話しを聞くまで、そこで誰が何を話しているのか、分からないからである。

現実に子どもの親であることと、裁判官であるということは、時として矛盾し対立し葛藤があることかもしれない。特に家庭裁判所にかかわることになる法律家を描くとなると、このこころのうちの問題こそ、もっともドラマとして描くべきことのように思える。であるならば、優未が家出して迎えに来るシーンは、それなりの意味のあることだと思う。悪いこと……この場合は、家族に暴力をふるって家出した……をした少年/少女に、どう向き合うべきなのか、親として思うことと、裁判官として法律的にどう考えるべきか、まず寅子自身が、自省すべきことのはずだが、そのようなことを思った形跡はまったくなかった。

法律事務所では、遠藤が、優未に、口や手を出したら、その責任をとらなければならない、という意味のことを言っていた。これはこれで、正論なのであるが、台詞として空回りしている。遠藤が、なぜ、そのようなことを語るのか、その背景描写が、これまでまったく無かったからである。ただ、その場に居合わせた大人として言っているだけのように思えてならない。その台詞の背後にあるべき人物造形が欠落している。ドラマにおいて、台詞がなにがしかの説得力をもつのは、どのような人物が語るか、ということに大きく依存する。その台詞を、そのような人物が語るこそ生まれる説得力がある。服装や立ち居振る舞い、話し方をふくめて、ここにいたるまでの人物造形が、このドラマでは、まったくの手抜きであるとしかいいようがない。(ここを強いて想像すれば、自分たちのような同性愛者は社会からさげすまれてきた。しかし、そんな自分たちであっても……とあればよかったところかもしれない。だが、これもドラマのなかの描写では、梅子から、あの二人はすばらしい、と言われているので、どうかなとなってしまう。)

これは、前の週でもあった。裁判所で、小橋が中学生相手に話したことである。ここでも、小橋はいいことを言っていたのだが、その台詞のバックボーンとなる人物造形が無かったことが、ドラマの流れのなかで、あまり意味のない台詞にしてしまっていた。要するにこのドラマの作り方が下手なのである。

それにしても、このドラマは、裁判官の仕事を描かない。法廷以外のところで、どんな仕事をしているか、このようなドラマでこそ描けることが多いと思うのだが、まったく無視している。桂場がお団子を食べるシーンよりも、どんな仕事をしているかを描くべきである。でなければ、最高裁判所の判事になるという経緯が理解できない。

このドラマ、始まったころ(はじめのころは面白かった)の密度で描くとするならば、桂場のオフィスに政治家(とおぼしき人物)がやってきて、裁判をはやく終わらせるように……という意味のことを話す……このようなシーンを作ってあったはずである。それが、ドラマの終盤になって、いろんな理由はあるのだろうが、竹もとでの台詞だけで片づけられている。このシーンのために桂場のオフィスを作ることは、番組制作の都合上無理だったということなのだろうか。しかし、それにしても、裁判にかかわることは、竹もとの座敷で、他に一般のお客さんもいるところで、声に出して話すべきことではない。

航一の娘ののどかのこともある。この時代、大学にすすんで英文学を勉強して、銀行に勤めて、という経歴は、おそらくトップクラスの働く女性である。仕事としては、お茶くみだったかもしれないが、しかし、このような女性の存在があって、今の女性の働き方がある。しかし、このドラマでは、のどかを働く女性の一人としてきちんと描こうとしているようには見えない。これは、働く女性の歴史に無頓着であるとしか思えない。

美術に関心のあったのどかが、英文学から学ぶこともあったはずだと思うが、不本意に自分の進路を決められたということになっていた。大学の英文科は、現在では実用英語に主流になっているが、その当時は文字通り文学について学ぶことが基本であった。美術が芸術であり、文学も芸術であるという意識が、このドラマの作者にはないのだろうか。この時代まで、日本でも、文学者、小説家は、芸術家であった。このドラマは、文学に対する偏見である。いや、文学や芸術についての見識の不足というべきである。(どうしても、英文科が嫌いということはあったかもしれないけれど。しかし、芸術について学ぶ機会は多くあったはずである。)

先週も書いたことだが、このドラマで、働く女性として寅子が対等の視線で見ていたのは、裁判所の後輩の判事補の秋山ぐらいである。今週になってもう消えてしまったようだが。よねは、弁護士であるが女であることを捨てたという設定である。お団子屋の竹もとの老夫婦も働く女性である。梅子も今はそうである。だが、このドラマのなかでは、これらは働く女性(寅子と同等)という視線では見ていない。(少なくとも私にはそのように見える。)

また、時代の世相を描かない。原爆裁判の終わった昭和三八年は、東京オリンピックの前年である。東京の街は、そのころどんなであったか。まったく出てこない。

歴史に無頓着なままで、今では歴史となってしまった、しかし、現在の生活に連続する昔の時代のことを、きちんと描けるはずはない。働く女性も、女性の権利も、また、性的マイノリティの権利も、歴史のなかで考えなければならないことであると私は思っている。

寅子が、百合を介抱するとき、困っている人をみすごすことはできない、という意味のことを言っていた。ドラマのなかでは原爆裁判のことを念頭においてのことだったと思える。しかし、以前、東京で家庭裁判所の仕事をしていたとき、離婚の件で、私は困っている、助けてほしい、と言った女性に対して、きわめて冷淡であった。結局、その女性は裁判所内で刃傷沙汰におよぶことになったのだが、寅子は、あの女性が言ったことは、どう受けとめることになったのだろうか。少なくとも、困っている人に手を差し伸べなければ、こじらせて事件になるかもしれない、ということについて、その後の新潟のことをふくめて、学んで成長したということは、なさそうに見える。ただのエピソードとして、消費されてしまったとしか思えない。

その他、道男と梅子のこととかいろいろあるが、これぐらいにしておきたい。

2024年9月7日記

『光る君へ』「目覚め」2024-09-09

2024年9月9日 當山日出夫

『光る君へ』「目覚め」

まひろ(藤式部)は、『源氏物語』を書き継いでいる。ドラマのなかでは、まだ「源氏物語」という固有名で呼ばれるものではなく、ただの物語ということのようだが。

見ていると、おそらく、まひろは現行の『源氏物語』の順番で書いていった、という設定らしい。前回までに書いたのが「桐壺」だったようだ。そして、彰子が、男たちの気持ちが分からないという意味のことを言っていたのは、「雨夜の品定め」だろうか。となると「帚木」になる。「帚木」は現在でも読んでよく分からない巻なのだが、その時代にあって彰子が読んで分かったのだろうか。それと確認してみたわけではなく、記憶だけで思ってみることなのだが、宮中などで貴族たちが読んでいたのは、「空蝉」とおぼしい。これを女の膝枕で読むというのは、なんとも艶めかしい。

まひろが、道長から贈られた檜扇の絵……少年と少女と鳥……の図柄を見て思いついたのは、あきらかに「若紫」である。雀の子を犬君がにがしつる、と出てきた。

となると、いわゆる源氏物語三段階成立説……古くは武田宗俊がとなえ、近年になって大野晋が再度提示した……ではないということになる。私としては、この説はきわめて魅力的な学説に思えるのだけれど。「帚木」の巻は明らかに異質であるし、そこから始まる玉鬘系統の物語群は、これでまとまった内容になっているし、若紫系統の物語とも違ったものになっている。

このあたりのことは、ドラマの制作の都合で、選んだことなのだろうと思う。玉鬘系の物語が後から書かれたとすると、その必要性があった……受領層の女たちの物語を読みたい……という設定が必要になる。

曲水の宴のシーンは、あんなものだったのかなと思う。最後の紀行では、毛越寺の例が映っていたが、京都の城南宮でもやっているはずである。

ここで雨が降って、道長たちがぬれるというのは、以前にあった打毬の後のシーンをうけてのものだろう。このとき、若い男性貴族たちの、あられもない内輪話をまひろは耳にすることになったはずである。

彰子、それから一条帝が、がまひろのところに来たとき、まひろは立て膝で廊下に座った。私は、この演出が、その当時のこととしては自然であると思って見ている。(正座が普通の座り方になるのは、一般の住宅に畳の部屋がひろまってからのことだと思っているのだが、詳しく調べた研究はあるだろうか。)

御嶽精進(みたけそうじ)は、若いときに『源氏物語』を読んで憶えたことばであると記憶する。

興福寺がこの時代どんなであったか、平安時代の後期の寺社勢力については、歴史学の方面からいろいろと研究のあるところだと思う。それはともかくとして、ドラマのなかでの興福寺の僧侶たちはかっこよかった。だが、検非違使の力で追い払うことができたのだろうか。

2024年9月8日記

時をかけるテレビ「光れ!泥だんご」2024-09-10

2024年9月10日 當山日出夫

時をかけるテレビ 光れ!泥だんご

そういえば昔泥だんご作りが世間でははやったことがあったなあ、と思い出す。自分では作ったことはない。子供たちはどうだったろうか。幼稚園でやったかもしれないとは思うが、憶えていない。

広い意味で幼児教育の意味を考えることになる。そのことをやって、将来何の役にたつか、という直接的なことは関係ない、今、子供たちが夢中になっていること、それが重要なのである……まさに、このことの意味だと思う。強いて理屈を付ければ、子どものときの充足した時間、達成感、の重要性ということになるのかもしれないが、そんなことは、おそらく人間が歴史的に蓄積してきた知恵である。それを、このような形で確認する契機になる、いい番組だったと思う。

なぜ、泥だんごが、球体になって、その形状を何年も保っているのか。なぜ、光るのか、こういうことの解明は、これはこれとして興味にあることである。おそらく、専門の研究論文とかあるかと思う。(もう、探して読んでみようという気にはならないでいるのだが。)

検索してみると、今では、泥だんご作りのセットがネット販売で売っている。

2024年9月6日記

「関東大震災と流言 2人の作家が見た惨劇の心理」2024-09-10

2024年9月10日 當山日出夫

ダークサイドミステリー 関東大震災と流言 2人の作家が見た惨劇の心理

水島爾保布、江馬修、この二人の作家の残した文章から、当時の様子を読み解いている。

関東大震災のときのことについては、今もなお語られることが多い。なぜ、あんなに多くの犠牲者が出たのか。特に火災による被害。また、その後に起こった、朝鮮人殺害のことがある。主にこの二つのことがあるが、このごろでは、関東大震災というと朝鮮人のこと、となる傾向になっているように感じる。他にも地震予知のこととか、その後の災害復興のこととか、多くの論点があることだった。何を優先的に語るということではなく、もう少し長い歴史の流れのなかで考えるべきではないかと思う。

この番組は、特に、朝鮮人についての流言と殺害の件をとりあつかっていた。これはこれで、一つの番組の作り方だと思う。

まず、重要なこととして、関東大震災のときに起こった流言は、特に朝鮮人のことだけではなかったことである。その他にも多くの流言があった。結果として、多くの犠牲者があったことは事実なのであるが、基本は災害時の流言のメカニズムを冷静に判断することであろう。

この種の番組を見て思うことなのだが、そもそも日本に来て暮らしていた朝鮮人の人たちは、どれくらいの数がいて、日本のなかでどのように生活していたのか、その当時、日本人との関係はどんなものだったのか……ここのところの歴史的経緯を説明することが、まず重要なことだと思う。関東大震災になって、突然、朝鮮人に対する差別意識が出てきた、ということではないはずである。それ以前に、どのようであったのかということが意味があるはずだが、ただ日本=加害者、朝鮮人=被害者、という図式だけで考えるのは、どうかなと思うところがある。

番組の趣旨からはそれることかと思うが、警察の記録が多く紹介されていた。その当時、警察はどう対応していたのかということが問題であるし、同時に、それを記録して残っているということも、また重要なことにちがいない。この記録の重要性ということが、関東大震災のときのこととしてあまり語られることがないが、しかし、記録の価値ということを再認識しておく必要がある。

災害時、非常時の流言については、メディア史についていろいろと研究されていることだと思う。この時代、まだラジオの前の時代なので、信頼できるメディアといえば、新聞ぐらいだろうか。その新聞が、今から判断すればデマである情報を掲載していたということは、確かである。

では、今ではどうだろうか。インターネットの普及、特に、SNSの普及によって、既存のマスコミ(特にテレビ、新聞)の評価は下がっている。見ていると、(意図的かどうかは別にして)新聞やテレビに未来はない、と堂々と語る著名人が多くいる。しかし、非常時に参照すべき報道として、テレビや新聞の価値がなくなるかというとそうでもないはずである。ネット上の流言に対抗するものとして、しかるべき報道機関の発信は信頼できるものとして、存在しなければならない。だが、これも、一部の識者からすれば、テレビや新聞で言っていることは、「大本営発表」なのだから、信頼してはいけない、ということらしい。(自分だけが真実を知っているということなのだろうが、これこそ流言の心理ではないかと思うけれど。)

ところで、私は、X(Twitter)は、二〇〇九年から使っている。二〇一一年三月一一日のことは、かなり鮮明に覚えている。ほとんど一日中、テレビを見るか、パソコンの前でTwitterを見るかしていた。(今では放送されなくなったが、津波の被害の様子をテレビの中継でリアルタイムで見ている、という経験は、ある意味で貴重なものだったと思う。)そのころのTwitterのデータは残っているのだろうか。残っていれば、あのとき、Twitterのアカウントを持っている人たちに限ってということにはなるが、何を思い、どのように情報発信していったのか、分析すれば貴重な知見が得られるかと思う。

二〇一一年のころ、Twitterの投稿は、私の印象では善意が優っていた。未曾有の災害時に、微力ながら何ができるかという、ささやかな個人の善意がそこにはあったと記憶する。それが、憎悪と対立、一方的な意見表明の場に変質していったのは、数年後のことになる。その間の、ユーザ数の圧倒的な増加ということも背景にある。

興味深かったのは、大正末期には、安政の大地震のときのことを記憶している古老が生きていたことである。その古老は、流言を否定することができた。人間の記憶などあてにならないとは思う一方で、人間が生きてきて蓄積してきた知恵というものを考えてみる必要もある。

2024年9月4日記

「嘘やヘイトもカネになる ネット自動広告取引の闇」2024-09-11

2024年9月11日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー 「嘘やヘイトもカネになる ネット自動広告取引の闇」

二〇二四年、フランスとスペインの制作。

MOSAICのころからのインターネットを知っていると、あまりに急激な変化についていけないと感じる。そして、広告を見ないためにお金を払ってもいいということなら、そのコストもやむをえないものかと思うようになっている。昔、日本の新聞社のHPは、ほとんどの記事が無料で全文を読むことができた。紙の新聞ビジネスがまだ生きていたころである。それが、ネット記事課金ビジネスに方向転換してから、無料で読める記事が少なくなり、それも部分的にしか読めなくなった。産経がかなり長い間、無料記事が読めたのだが、それも有料記事になってしまっている。だが、無料で読める範囲ではあるが、朝日、毎日、読売、日経、産経が、どんな記事を掲載しているかは、見るようにしている。ただし、広告は絶対にクリックしないことにしている。

TwitterがXになってから、大きく変わったのは、広告が増えたことである。また、閲覧数をかせいでビジネスにしたいのであろう、ただそれだけのための投稿(ハッシュタグはついているが、中身は無意味)が非常に増えた。無論、そんなのは無視している。Twitter(X)のタイムラインを見ていると、明らかにデマ、陰謀論というメッセージが目につく。そんなのはクリックして詳しく見るということはしない。

Facebookも、最近になって広告が増えた。また、参加してもいないグルーブが表示されるようになった。そういうのも、無視である。

YouTubeは基本的に見ないことにしているが、たまにアクセスすると、おすすめの動画が類似のものばかりになってしまっている。まあ、こういうのを、フィルターバブルというのだろうと思うことになる。

偽情報や詐欺にひっかからないようにするには、かなり気をつかっているつもりなのだが、しかし、まったくだまされたりはしないという自信があるかというと、かならずしもそうではない。一抹の不安はどうしてものこる。

近年、日本で、有名人の名をかたった投資詐欺サイトのことが問題になっているが、それは、その広告を見た人は、自分では意図しないうちに、選択的にそのような広告が表示されるようなことをやっていたからであろう。投資関係のHPを見る、YouTubeを見るなど。言っては悪いが、自業自得という気もしないではない。(そんなことネットで調べたりせずに、銀行に行って話をすればいいのかもしれない。だが、それはハードルが高いのだろう。この意味では、銀行なども加担しているといえなくもない。)

自分のネット上での行動、何を検索したか、などすぐにその市場でさらされることは実感する。マイクロソフトのBingで検索したことばにかんする広告が、すぐにFacebookに出るようになる。まあ、こういう時代になっているということをわきまえたうえで、使うしかないのだろう。

自分にとって価値のある情報を得るためには、非常にコストのかかる時代になった。こんな未来は、誰が想像しただろうか。少なくとも、以前、WEB2.0などと言われていたころには、考えもしなかったことである。

2024年9月5日記

「ウェイリー版“源氏物語” (2)「シャイニング・プリンス」としてのゲンジ」2024-09-11

2024年9月11日 當山日出夫

100分de名著 ウェイリー版“源氏物語” (2)「シャイニング・プリンス」としてのゲンジ

この回は、「空蝉」「夕顔」「須磨」「明石」のあたりの巻のことであった。

ちょうど『光る君へ』では、まひろ……女房としてはまだ藤式部である、紫式部という名前になるのは、作中の物語が「源氏物語」になってからになるのだろう……が、「帚木」「空蝉」あたりを書いているところである。

「空蝉」は、『源氏物語』のなかでも、最もエロティックな巻の一つだと思っているのだが、番組でもそのような理解であったかと思う。それから、「夕顔」の巻。私は、半世紀以上前になるが、高校生のときに古文の授業の補習の授業で「夕顔」の巻をだいたい読んだことがある、そのせいもあってよく憶えている。たしかに夕顔という女性は、ほとんどしゃべっていない。では、なぜ、光源氏はその女が、頭中将の言っていた女であり、女としてはまんざら男をしらないわけではない、と気づくことになったのか。ここは、もう想像、あるいは、妄想になるが、やはりその体からだろう。そう思って読むと、非常に官能的な巻ということになる。

『源氏物語』を理解するのに折口信夫の恋についての考えをもってくるのは、ちょっと古い気もするが、最近の流れからすると、かえって斬新かもしれない。私は、慶應の国文で勉強したから、折口信夫は当然のように読んでいた。普通は、「いろごのみ」ということで考えることが多いかと思う。

いろんな女性と恋をして、源氏が手にいれたものとして、「コンパッション」があり「エンパシー」がある。それから、「来し方行く末」がある。そういう理解もできるのかと、ここは感心して見ていた。

ウェイリーの訳には、キリスト教の感覚がある……というのは、そのとおりかもしれない。『源氏物語』には各種の現代語訳があり、それぞれに特徴がある。私が読んだなかで、独自の解釈があって興味深かったのは円地文子の訳である。これは、かなり想像でおぎなった部分があるのだが、それは、円地文子の古典文学についての素養があってのことになる。

2024年9月10日記

「古代メキシコ「いけにえ」3000年の謎 〜死と生のふしぎな世界〜」2024-09-12

2024年9月12日 當山日出夫

ダークサイドミステリー 古代メキシコ「いけにえ」3000年の謎 〜死と生のふしぎな世界〜

しばらく前の放送で、録画してあったのをようやく見た。

NHKもいろんな番組を作るが、これはどうなのだろうかなあ、と思うところがないではない。そもそも、メソアメリカ文明について、どれほど具体的な史料が残っているのだろうか、ということを考える。どういう史料があるから、このように考えることができる、というところを完全に飛ばしてしまっているので、どこまで信用して見ていいのか、分からない。(だからといって、完全にガセネタということもないのだろうとは思うが。)

宗教というものを、贈与論から説明するのは、どうなのだろうか。また、現在の宗教学において、エリアーデのことは、専門家はどう評価しているのだろうか。このあたりのことも気になる。

とはいえ、最後の方で言っていたこと……現代社会は、死を隠蔽している、戦争などの大量虐殺もそこに起因するところがある、このような指摘については、なるほどそう考えてみることもできるかと、思うところがある。動物などの生命を犠牲にする、いけにえの儀式は、そこに生と死が凝縮されているが故に、その場にいる人びとの連帯感を高めることになる、ということも、そうかなと思うところがある。

遺跡で発掘された大量の頭蓋骨や人体の骨は、たしかにいけにえの儀式がおこなわれたことを意味するにちがいないが、その解釈については、いろいろ考えることができるだろうと思う。現代なら、遺骨のDNA解析によって、どのような人びとが犠牲になったのか分かるはずだが、さてどうなのだろうかと思う。

2024年9月10日記

「東京・赤羽 街角の駄菓子屋で」2024-09-12

2024年9月12日 當山日出夫

ドキュメント72時間 東京・赤羽 街角の駄菓子屋で

ああ、あのお菓子をまだ売っているのか、と思って見た。たぶん、同じように思った人は多いはずである。

そういえば、最近では駄菓子というものをあまり見かけなくなったなあ、と思う。まあ、子どもも大きくなったし、欲しいという人間が我が家にいなくなったということもあるのだろうが。

東京で、昔ながらの下町風情を残すところとというと、赤羽あたりになってしまったといってもいいかもしれない。江東区とか墨田区とか葛飾区などは、再開発がすすんでいる(らしい)。赤羽あたりなら、昔ながらの個人商店がまだ営業を続けていくことができるようだ。

しかし、この店の店主も八〇才だという。後継ぎがいなければ、どうなるだろうか。

駄菓子屋さんとは関係ないが、剣舞というのを、まだやっている人がいるということも、驚きであった。別に滅んだということでもないのだろうが、いったい日本でどれくらいの人がやっているのだろうか。

番組では一切触れていなかったが、この駄菓子屋さんはタバコも売っている。カウンターの背後に並んでいるのはタバコだった。見ると、カンピー(缶入りのピース)の丸い缶がおいてあった。これは、まだ売っているのか、という思いで見ていた。私の学生のころ、タバコを吸う学生のなかには、かばんにカンピーの缶を入れて持ち歩いている人もいた。今では、そんな光景は見られないだろう。

2024年9月9日記