100分de名著「フッサール“ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学” (4)現象学で何ができるか」 ― 2025-08-04
2025年8月4日 當山日出夫
100分de名著 フッサール“ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学” (4)現象学で何ができるか
椅子の本質とは何か。昨今の話題でいえば、フレーム問題として、AIについて語るときに出てくることにつながる。人間が直感的に分かることが、AIではとても難しい。
また、言語研究の分野からいうと、意味とは何かということにもつながる。椅子の意味とは何か、これも、言語学としてきちんと考えると、とても難しい問題になる。
本質観取の実践として、幸福について考えてみる……これは、こころみとしては、面白いし、この番組の枠のなかでやろうとすると、こういうことになるのかなとは思う。
だが、これも気になることとしては、やはり、神ということにまったくふれないのは、意図的にそうしているのだろうと思うが、ちょっと気になるところでもある。この分野の専門家なら知っていることにちがいないが、(私はわからないが)、フッサールにとって、神の本質とは何だったのだろうか。あるいは、それは、あまりに自明なことであり、語るべきことではなかったのだろうか。さらには、語ってはいけないことだったのだろうか。
現象学的に人間を考えるということは、おそらく、人類の歴史……ホモ・サピエンスが、アフリカを出て世界にひろがっていくなかで、言語を獲得し、宗教を生み出し、仲間意識を感じるようになった(このあたりは、ハラリが『サピエンス全史』であえてふっとばして議論をすすめてところであるが)、このところに本質的にかかわる議論になるに違いないとは思う。
2025年8月2日記
100分de名著 フッサール“ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学” (4)現象学で何ができるか
椅子の本質とは何か。昨今の話題でいえば、フレーム問題として、AIについて語るときに出てくることにつながる。人間が直感的に分かることが、AIではとても難しい。
また、言語研究の分野からいうと、意味とは何かということにもつながる。椅子の意味とは何か、これも、言語学としてきちんと考えると、とても難しい問題になる。
本質観取の実践として、幸福について考えてみる……これは、こころみとしては、面白いし、この番組の枠のなかでやろうとすると、こういうことになるのかなとは思う。
だが、これも気になることとしては、やはり、神ということにまったくふれないのは、意図的にそうしているのだろうと思うが、ちょっと気になるところでもある。この分野の専門家なら知っていることにちがいないが、(私はわからないが)、フッサールにとって、神の本質とは何だったのだろうか。あるいは、それは、あまりに自明なことであり、語るべきことではなかったのだろうか。さらには、語ってはいけないことだったのだろうか。
現象学的に人間を考えるということは、おそらく、人類の歴史……ホモ・サピエンスが、アフリカを出て世界にひろがっていくなかで、言語を獲得し、宗教を生み出し、仲間意識を感じるようになった(このあたりは、ハラリが『サピエンス全史』であえてふっとばして議論をすすめてところであるが)、このところに本質的にかかわる議論になるに違いないとは思う。
2025年8月2日記
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