おとなのEテレタイムマシン「ETV特集 手塚治虫の遺産 父の背中〜手塚治虫日記を読む〜」 ― 2025-11-05
2025年11月5日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン ETV特集 手塚治虫の遺産 父の背中〜手塚治虫日記を読む〜
見ていて思った非常に個人的なこととしては、手塚治虫が亡くなったころは、ちょうど私の父親が亡くなったころであるし、年齢も近いし、同じく胃癌であった。
子どものころ、家にようやくテレビが来たころ、「鉄腕アトム」を見ることができたのを体験的に記憶している。これは、この時代に、たまたま生まれ合わせた人間の特権のようなものだったと、今になって思うところがある。
ただ、手塚治虫の作品としては、私の体験としては、テレビアニメが中心になる。「鉄腕アトム」は漫画も読んだし、その他の作品も読んだとは思う。そして、大学生になったころに、「ブラックジャック」の連載があった。このころの喫茶店などにおいてあった漫画雑誌で読んだのを憶えている。
この時代が、大学生が漫画を読む、ということが社会的に話題になったころなのだが、たまたま、私は、読まない方の道を選んだことになる。別に嫌いだったわけではない。たまたま、そうなったというだけのことである。だが、手塚治虫の「ブラックジャック」だけは特別だった印象が残っている。
手塚治虫は、天才であったと、こう言ってしまえばそれまでなのだが、その一方で、普通の家庭の父親である、こういう側面を感じることができた。だが、こういう人物を父親に持つということは、子どもとしては、どうしても負担に感じるところはあったにちがいない。
興味深いのは、その日記の筆跡。決して達筆という感じではない。右斜めにかたむいた、独特の筆跡である。だが、テレビの画面に映っていたのを見ると、非常に安定した書き方になっている。日記を書くときには、気分的にも安定したものがあったのだろうと、推測してみる。これは、最晩年、入院したときの日記にも見てとれる。体力がなくなってきて、字の形は弱々しくなってきているのだが、しかし、基本的に元気なときと同じ文字で書こうとしていることが読み取れる。そして、そう大きな乱れがない。
手塚治虫の作品について考えると、どうしても、その作品を自分がいつごろどんな状況(時代の状況であったり、我が家の生活であったり)で、読んだり見たりしたのか、といことを思ってしまう。
1995年の放送であるが、この時代だと、「手塚」の「塚」の字を普通の字体で使っている。それが現代にこの番組を再放送するときには、字幕表示で見ると、「塚」の字を、旧字体に作っている。日本語の中で、特に固有名詞の表記の漢字について、社会的規範(常用漢字など)よりも、その人の個人の文字であり字体であることを尊重するようになったという流れがある。おそらくは、ワープロ普及ということが背景にあってのことかと思っているが、これを、学問的、日本語の文字や表記の規範意識と実態ということでとらえるのは、かなり面倒なことかもしれない。こういうことは、これからの若い人の仕事であると思っている。
2025年11月2日記
おとなのEテレタイムマシン ETV特集 手塚治虫の遺産 父の背中〜手塚治虫日記を読む〜
見ていて思った非常に個人的なこととしては、手塚治虫が亡くなったころは、ちょうど私の父親が亡くなったころであるし、年齢も近いし、同じく胃癌であった。
子どものころ、家にようやくテレビが来たころ、「鉄腕アトム」を見ることができたのを体験的に記憶している。これは、この時代に、たまたま生まれ合わせた人間の特権のようなものだったと、今になって思うところがある。
ただ、手塚治虫の作品としては、私の体験としては、テレビアニメが中心になる。「鉄腕アトム」は漫画も読んだし、その他の作品も読んだとは思う。そして、大学生になったころに、「ブラックジャック」の連載があった。このころの喫茶店などにおいてあった漫画雑誌で読んだのを憶えている。
この時代が、大学生が漫画を読む、ということが社会的に話題になったころなのだが、たまたま、私は、読まない方の道を選んだことになる。別に嫌いだったわけではない。たまたま、そうなったというだけのことである。だが、手塚治虫の「ブラックジャック」だけは特別だった印象が残っている。
手塚治虫は、天才であったと、こう言ってしまえばそれまでなのだが、その一方で、普通の家庭の父親である、こういう側面を感じることができた。だが、こういう人物を父親に持つということは、子どもとしては、どうしても負担に感じるところはあったにちがいない。
興味深いのは、その日記の筆跡。決して達筆という感じではない。右斜めにかたむいた、独特の筆跡である。だが、テレビの画面に映っていたのを見ると、非常に安定した書き方になっている。日記を書くときには、気分的にも安定したものがあったのだろうと、推測してみる。これは、最晩年、入院したときの日記にも見てとれる。体力がなくなってきて、字の形は弱々しくなってきているのだが、しかし、基本的に元気なときと同じ文字で書こうとしていることが読み取れる。そして、そう大きな乱れがない。
手塚治虫の作品について考えると、どうしても、その作品を自分がいつごろどんな状況(時代の状況であったり、我が家の生活であったり)で、読んだり見たりしたのか、といことを思ってしまう。
1995年の放送であるが、この時代だと、「手塚」の「塚」の字を普通の字体で使っている。それが現代にこの番組を再放送するときには、字幕表示で見ると、「塚」の字を、旧字体に作っている。日本語の中で、特に固有名詞の表記の漢字について、社会的規範(常用漢字など)よりも、その人の個人の文字であり字体であることを尊重するようになったという流れがある。おそらくは、ワープロ普及ということが背景にあってのことかと思っているが、これを、学問的、日本語の文字や表記の規範意識と実態ということでとらえるのは、かなり面倒なことかもしれない。こういうことは、これからの若い人の仕事であると思っている。
2025年11月2日記
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