『豊臣兄弟』「嘘から出た実」 ― 2026-02-02
2026年2月2日 當山日出夫
豊臣兄弟 嘘から出た実
この回の見どころは、前半の御前試合と、後半の調略の部分。
戦国時代の大名の御前試合(というものがあったとして)どのように行われたのか、絵画資料など残っているのかとも思うが、コロッセオ形式の竹矢来というのは、ドラマの趣向としては面白い。ただ、槍の試合をするには、狭いという気がするが。
槍の試合ということだったが、武術としては、棒術に似ているかと思う。
試合を面白く演出するのがいいことことなのか(信長をよろこばせるという意味で)、あるいは、これを八百長、いかさま、というべきか、判断が分かれるところだろう。
前田利家との槍の試合でもそうなのだが、要するに勝てばいいので、だますことが悪いわけでもないし、だまされた方がただバカだったということでもないかもしれない。そのときの、成り行きである、としかいいようがないかもしれない。
大沢の調略についても、どこまで本当のことを言っているのか、ウソか本当か、かけひきである。ただ、調略ということが、戦国時代に頻繁に行われていたということは、主君を裏切って敵の側につくということが、決して、武士道(これは江戸時代になってからの概念であるが)に反するということではなかった。つまりは、生きのびた者が勝ちである時代だったと思えばいいだろう。
麿赤兒の斉藤道三は、迫力がある。
武器として石を投げる……一般には「いんじうち」というかと思うが……これは、戦場における攻撃法として、ひろく行われていたことかと思っている。
気になるのは、家の作りとか、座り方。藤吉郎の家では、板敷きで畳にはなっていない。しかし、女性は、正座で座っている。これは、どう考えてもおかしいと、私は思うのだが、今の時代につくるドラマとしては、こうなのだろう。
藤吉郎の家に、床の間があって、掛け軸があるのは、どうなのだろうか。明障子があるのは、違和感がある。それだけ出世したということなのだろうが、だったら、百姓だったときの家には無かった方がよかった。
信長の邸宅ならば、畳の部屋があってもいいかもしれないが、はたしてどうだろうか。
忍びが、クナイに毒を塗ってというのは、これはこれで面白いが、しかし、忍者を活躍を描くのは、このドラマではどうなるだろうか。
秀長の仕事について、古文書が残っていない……ということを勝手に解釈するならば、表ではない裏の仕事をしていたということかもしれない。ならば、忍びが活躍することがあってもいいと思っているのだが。(忍者について研究が進んで来なかったのは、史料として文書の残るような仕事ではなかったから、というべきだろう。史料(古文書)の残るような部分だけで、歴史を見ることはできないにちがいない。)
2026年2月1日記
豊臣兄弟 嘘から出た実
この回の見どころは、前半の御前試合と、後半の調略の部分。
戦国時代の大名の御前試合(というものがあったとして)どのように行われたのか、絵画資料など残っているのかとも思うが、コロッセオ形式の竹矢来というのは、ドラマの趣向としては面白い。ただ、槍の試合をするには、狭いという気がするが。
槍の試合ということだったが、武術としては、棒術に似ているかと思う。
試合を面白く演出するのがいいことことなのか(信長をよろこばせるという意味で)、あるいは、これを八百長、いかさま、というべきか、判断が分かれるところだろう。
前田利家との槍の試合でもそうなのだが、要するに勝てばいいので、だますことが悪いわけでもないし、だまされた方がただバカだったということでもないかもしれない。そのときの、成り行きである、としかいいようがないかもしれない。
大沢の調略についても、どこまで本当のことを言っているのか、ウソか本当か、かけひきである。ただ、調略ということが、戦国時代に頻繁に行われていたということは、主君を裏切って敵の側につくということが、決して、武士道(これは江戸時代になってからの概念であるが)に反するということではなかった。つまりは、生きのびた者が勝ちである時代だったと思えばいいだろう。
麿赤兒の斉藤道三は、迫力がある。
武器として石を投げる……一般には「いんじうち」というかと思うが……これは、戦場における攻撃法として、ひろく行われていたことかと思っている。
気になるのは、家の作りとか、座り方。藤吉郎の家では、板敷きで畳にはなっていない。しかし、女性は、正座で座っている。これは、どう考えてもおかしいと、私は思うのだが、今の時代につくるドラマとしては、こうなのだろう。
藤吉郎の家に、床の間があって、掛け軸があるのは、どうなのだろうか。明障子があるのは、違和感がある。それだけ出世したということなのだろうが、だったら、百姓だったときの家には無かった方がよかった。
信長の邸宅ならば、畳の部屋があってもいいかもしれないが、はたしてどうだろうか。
忍びが、クナイに毒を塗ってというのは、これはこれで面白いが、しかし、忍者を活躍を描くのは、このドラマではどうなるだろうか。
秀長の仕事について、古文書が残っていない……ということを勝手に解釈するならば、表ではない裏の仕事をしていたということかもしれない。ならば、忍びが活躍することがあってもいいと思っているのだが。(忍者について研究が進んで来なかったのは、史料として文書の残るような仕事ではなかったから、というべきだろう。史料(古文書)の残るような部分だけで、歴史を見ることはできないにちがいない。)
2026年2月1日記
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