ドラマ人間模様『國語元年』(4)2025-05-30

2025年5月30日 當山日出夫

『國語元年』(4)

現代の日本語学の立場から見て、いろいろと問題は指摘できるのだが、やはり、それ以上にドラマとして見て、とても面白い。南郷の家を舞台にしての、いろんな人たちの思いが交錯する、その行き違いが面白い。そして、その面白さの根底にあるのは、人間のことばにたいする様々な思いである。自分の生まれ故郷のことば、今自分が使っていることば、それを大事にしたいという気持ちが、伝わってくる。

ただ、このドラマで描いたことばへの気持ちが、現代の社会のなかで「ただしい」と認められるかどうかとなると、時代の変化によって、微妙なところがある。

そうはいっても、ことばは勝った側のちからがはたらいて変わっていくものである、ということは、ことの是非はさておき、一般的にいっていいことだろう。このドラマに即していえば、明治新政府の側(薩長など)のことばをつかい、賊軍(会津など)のことばは、しりぞけられる。

このような力関係はどうしようもないことなのかもしれないが、井上ひさしは、負けた側、敗れ去る側の視点から見ることを、忘れてはいない。これは、直木賞をとった『手鎖心中』から、おそらく一貫していることだろうと思う。

ドラマのなかで一番冷静にものごとのなりゆきを見ているのが、会津の若林虎三郎である、ということも重要かもしれない。まさに、賊軍のなかでもっとも明治新政府から嫌われる立場であった。

2025年5月26日記

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