NHKスペシャル「新ジャポニズム 第7集 時代劇 世界を魅了するタイムトラベル」 ― 2025-12-23
2025年12月23日 當山日出夫
NHKスペシャル 新ジャポニズム 第7集 時代劇 世界を魅了するタイムトラベル
NHKは、こういう番組を作るのだったら、「座頭市」をノーカットで放送してみろ、といいたくなる。できれば、最初に、この作品の中には現代では不適切な表現がありますが、ということわりなしに、である。とてもできないだろう。
勝新太郎が亡くなったとき、どのテレビ局も、「座頭市」を放送しなかったと、憶えている。出来なかったというべきだろう。
時代劇というと、私だと、朝ドラの『オードリー』とか『カムカムエヴリバディ』を思ってしまう。『オードリー』が作られた時代であっても、すでに時代劇は、厳しい状況であった。『カムカムエヴリバディ』のときには、映画村があって、かろうじて残っていたという程度だった。
時代劇を作るのに、培われてきた職人の技が必要であることは、よくいわれる。特に太秦の職人さんたちの仕事である。また、小道具なども保存されている。この番組では映っていなかったが、東映の剣会のことは、有名である。
番組の中に出てきていなかったのが、大部屋俳優、ということ。こういうことは、今ではもう無くなってしまったということでいいのだろうか。時代劇そのものが無くなってしまったので、そのための大部屋俳優も必要がなくなる。(さて、かつて、この仕事をしていた人たちは、今はどうなっているのだろうか。『カムカムエヴリバディ』の虚無蔵のことを思ってしまう。)
人間の「誇り」とか「名誉」とかを、現代が舞台の映画では描けなくなってしまった。これはそのとおりかと思う。何よりも、PC……「正しさ」……ということで作らないと、批判、というよりも、バッシングを受ける時代になってきている。「誇り」とか「名誉」などは、たしかに人間の社会や文化にとって重要なものである。だが、そのためには、何かを犠牲にしないといけない。端的にいえば、自分が何か我慢しなければならない。個人の自由意志ということが、もっとも尊ばれる時代にあって、こういうことは、きわめて描きにくいことになっている。
個人的な思い出として言うならば、記憶に残る時代劇というと、「木枯し紋次郎」である。あるいは、「必殺仕掛人」もよかった。池波正太郎原作のこれは、最初の一作で終わってしまった。第一回の、天井裏での緒形拳と林与一の対決シーンは、印象に残るものであった。
こういうドラマは、時代劇だから描けたということがある。
『木挽町のあだ討ち』は、原作は読んでいる。直木賞の作品は、基本的に読むことにしている。これを、源孝志監督で映画にするというのは、期待していい。ケレン味たっぷりの映像美が見られるだろう。『怪談牡丹灯籠』『忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段』など、とても良かった。
そういえば、今年の大河ドラマの『べらぼう』は、これまでとかなり映像のテイストが違っている。特に、演出が大原拓の回では、ケレン味たっぷりである。NHKが大河ドラマで、このような映像で見せることは、これまであまりなかったかと思う。時代劇ならではの、映像の作り方ができるので、その可能性を十分に試してみているということかもしれない。
これも、江戸時代の吉原が舞台だったからこそできたことで、次の『豊臣兄弟』の戦国時代になると、どういう演出、映像で、見せることになるだろうか。
2025年12月22日記
NHKスペシャル 新ジャポニズム 第7集 時代劇 世界を魅了するタイムトラベル
NHKは、こういう番組を作るのだったら、「座頭市」をノーカットで放送してみろ、といいたくなる。できれば、最初に、この作品の中には現代では不適切な表現がありますが、ということわりなしに、である。とてもできないだろう。
勝新太郎が亡くなったとき、どのテレビ局も、「座頭市」を放送しなかったと、憶えている。出来なかったというべきだろう。
時代劇というと、私だと、朝ドラの『オードリー』とか『カムカムエヴリバディ』を思ってしまう。『オードリー』が作られた時代であっても、すでに時代劇は、厳しい状況であった。『カムカムエヴリバディ』のときには、映画村があって、かろうじて残っていたという程度だった。
時代劇を作るのに、培われてきた職人の技が必要であることは、よくいわれる。特に太秦の職人さんたちの仕事である。また、小道具なども保存されている。この番組では映っていなかったが、東映の剣会のことは、有名である。
番組の中に出てきていなかったのが、大部屋俳優、ということ。こういうことは、今ではもう無くなってしまったということでいいのだろうか。時代劇そのものが無くなってしまったので、そのための大部屋俳優も必要がなくなる。(さて、かつて、この仕事をしていた人たちは、今はどうなっているのだろうか。『カムカムエヴリバディ』の虚無蔵のことを思ってしまう。)
人間の「誇り」とか「名誉」とかを、現代が舞台の映画では描けなくなってしまった。これはそのとおりかと思う。何よりも、PC……「正しさ」……ということで作らないと、批判、というよりも、バッシングを受ける時代になってきている。「誇り」とか「名誉」などは、たしかに人間の社会や文化にとって重要なものである。だが、そのためには、何かを犠牲にしないといけない。端的にいえば、自分が何か我慢しなければならない。個人の自由意志ということが、もっとも尊ばれる時代にあって、こういうことは、きわめて描きにくいことになっている。
個人的な思い出として言うならば、記憶に残る時代劇というと、「木枯し紋次郎」である。あるいは、「必殺仕掛人」もよかった。池波正太郎原作のこれは、最初の一作で終わってしまった。第一回の、天井裏での緒形拳と林与一の対決シーンは、印象に残るものであった。
こういうドラマは、時代劇だから描けたということがある。
『木挽町のあだ討ち』は、原作は読んでいる。直木賞の作品は、基本的に読むことにしている。これを、源孝志監督で映画にするというのは、期待していい。ケレン味たっぷりの映像美が見られるだろう。『怪談牡丹灯籠』『忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段』など、とても良かった。
そういえば、今年の大河ドラマの『べらぼう』は、これまでとかなり映像のテイストが違っている。特に、演出が大原拓の回では、ケレン味たっぷりである。NHKが大河ドラマで、このような映像で見せることは、これまであまりなかったかと思う。時代劇ならではの、映像の作り方ができるので、その可能性を十分に試してみているということかもしれない。
これも、江戸時代の吉原が舞台だったからこそできたことで、次の『豊臣兄弟』の戦国時代になると、どういう演出、映像で、見せることになるだろうか。
2025年12月22日記
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2025/12/23/9825619/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。