未解決事件「File.11 消えた470億円 ビットコイン巨額窃盗事件」 ― 2026-01-28
2026年1月28日 當山日出夫
未解決事件 File.11 消えた470億円 ビットコイン巨額窃盗事件
暗号資産、仮想通貨、ということについては、技術的には、サトシ・ナカモトの考え出したブロックチェーンによるものだということは、知識としては知っている。しかし、自分でビットコインをどうかしようと思ったことはない。
インターネットの中だけであるならば、暗号資産が、どこにどう動こうとかまわないのかとも思う。問題になるのは、それが、旧来の貨幣とか経済にかかわるときである。このときだけは、実際の人間社会と接点をもたざるをえない。
そもそも、暗号資産で金儲けしようというのが、人間としての堕落である、と言ってしまえばそうなのかと思うが、稼げる手段があるのなら、何でも使えるものは使うというのも、人間というものである。
もはや、世界中で暗号資産の利用を規制したりすることは不可能ということになる。であるならば、政府などが積極的に関与して監視するということにならざるをえない。こういう流れかと思っている。
サイバー世界の経済について、日本は、どれぐらいの備えがあるのだろうか。暗号資産の安全な運用ということも、日本の経済安全保障にとって重要な課題であるはずである。
巨大な暗号資産が、実際の経済にどのような影響をおよぼすことになるのか、これは、まだ未知の部分ということかと思うのだが、あまり安閑としてはいられないだろう。
2026年1月24日記
未解決事件 File.11 消えた470億円 ビットコイン巨額窃盗事件
暗号資産、仮想通貨、ということについては、技術的には、サトシ・ナカモトの考え出したブロックチェーンによるものだということは、知識としては知っている。しかし、自分でビットコインをどうかしようと思ったことはない。
インターネットの中だけであるならば、暗号資産が、どこにどう動こうとかまわないのかとも思う。問題になるのは、それが、旧来の貨幣とか経済にかかわるときである。このときだけは、実際の人間社会と接点をもたざるをえない。
そもそも、暗号資産で金儲けしようというのが、人間としての堕落である、と言ってしまえばそうなのかと思うが、稼げる手段があるのなら、何でも使えるものは使うというのも、人間というものである。
もはや、世界中で暗号資産の利用を規制したりすることは不可能ということになる。であるならば、政府などが積極的に関与して監視するということにならざるをえない。こういう流れかと思っている。
サイバー世界の経済について、日本は、どれぐらいの備えがあるのだろうか。暗号資産の安全な運用ということも、日本の経済安全保障にとって重要な課題であるはずである。
巨大な暗号資産が、実際の経済にどのような影響をおよぼすことになるのか、これは、まだ未知の部分ということかと思うのだが、あまり安閑としてはいられないだろう。
2026年1月24日記
世界遺産ワーカー「シーギリヤの古代都市」 ― 2026-01-28
2026年1月28日 當山日出夫
世界遺産ワーカー シーギリヤの古代都市
スリランカというと、私の場合だと、どうしても中国との関係で、経済的にどうしようもない状態になってしまった国というイメージがある。今は、どうなっているのだろうか。
そういう目で見ているからなのかもしれないが、番組の中では、(おそらくは意図的にであろうが)中国人観光客は映っていないし、中国語の案内などもなかった。しかし、日本がオーバーツーリズムで観光地が悲鳴をあげているのに、スリランカのこういうところに、中国人観光客などの姿がまったく無いというのも、どこか不自然な印象がある。
黒檀の伐採が出来ないという。ジャングルの自然の保護のためである。チェーンソーの輸入も禁止らしい。しかし、スリランカには、多くの外国の企業などが投資して、農地の開発などをおこなってきたということもあるかと思っている。それに日本も加わっているし、近年であれば、中国の影響力も大きいだろう。以前、スリランカのゾウのことを、取材した番組があったのを思い出す。
シーギリヤの遺跡は、イギリスの殖民地であったときに発見された。しかし、周辺のエリアの発掘は進んでいないようである。今は、ジャングルの中にポツンと大きな岩があって、その上に宮殿の跡がある、ということであるが、これが出来た5世紀のころには、その周囲には、どのような人びとがどんな生活をしていたのだろうか。その生活の跡の遺跡があるにちがいないと思うが、その考古学的な発掘調査は進んでいないらしい。(おそらく、こういうことに予算を使う余裕がないということなのだろうか。)
古代からの大規模な灌漑の設備が残っているということである。周囲には、人工のため池がある。水田もある。では、シーギリヤの遺跡ができた古代において、周囲では、どんな農業や、あるいは、商業の営みがあったのだろうか。昔から、稲作をしていたのだろうか。
国家が認定したガイドということだが、ここをおとづれた観光客にとっては、かなり強引な客引きであると思える。(番組の中では、「21カ国語」という言い方をしていた。しかし、言語研究の立場からすると、こういう言い方はしない。「21の言語」と言うことが多いはずである。国家と言語の関係は、簡単ではない。)
さて、このガイドさんの料金は、どれぐらいなのだろうか。それで、生活していけるということでいいのだろうか。
遺跡の一番高いところまで登るのに、1200の階段があるというのは、とんでもないところだと思うが、おとづれる観光客は、それを覚悟してやってくるのだろう。
サル(おそらくは野生)が、コーラとおぼしきものをペットボトルから飲んでいるシーンがあったが、こういうのは、まさに現代の光景であろう。
遺跡の近くで、ダンスのショーがあって、そこでダンサーをしている女性。お母さんは、クエートに出稼ぎに行っている。こういうところにも、今の世界の政治や経済のことを見ることができるかと思う。
大切に守られているという部分もあるだろうが、実際には、国の経済の停滞で、開発から取りのこされてしまったので、ジャングルの中に残っている、ということなのかとも思うが、どうなのだろうか。
2026年1月23日記
世界遺産ワーカー シーギリヤの古代都市
スリランカというと、私の場合だと、どうしても中国との関係で、経済的にどうしようもない状態になってしまった国というイメージがある。今は、どうなっているのだろうか。
そういう目で見ているからなのかもしれないが、番組の中では、(おそらくは意図的にであろうが)中国人観光客は映っていないし、中国語の案内などもなかった。しかし、日本がオーバーツーリズムで観光地が悲鳴をあげているのに、スリランカのこういうところに、中国人観光客などの姿がまったく無いというのも、どこか不自然な印象がある。
黒檀の伐採が出来ないという。ジャングルの自然の保護のためである。チェーンソーの輸入も禁止らしい。しかし、スリランカには、多くの外国の企業などが投資して、農地の開発などをおこなってきたということもあるかと思っている。それに日本も加わっているし、近年であれば、中国の影響力も大きいだろう。以前、スリランカのゾウのことを、取材した番組があったのを思い出す。
シーギリヤの遺跡は、イギリスの殖民地であったときに発見された。しかし、周辺のエリアの発掘は進んでいないようである。今は、ジャングルの中にポツンと大きな岩があって、その上に宮殿の跡がある、ということであるが、これが出来た5世紀のころには、その周囲には、どのような人びとがどんな生活をしていたのだろうか。その生活の跡の遺跡があるにちがいないと思うが、その考古学的な発掘調査は進んでいないらしい。(おそらく、こういうことに予算を使う余裕がないということなのだろうか。)
古代からの大規模な灌漑の設備が残っているということである。周囲には、人工のため池がある。水田もある。では、シーギリヤの遺跡ができた古代において、周囲では、どんな農業や、あるいは、商業の営みがあったのだろうか。昔から、稲作をしていたのだろうか。
国家が認定したガイドということだが、ここをおとづれた観光客にとっては、かなり強引な客引きであると思える。(番組の中では、「21カ国語」という言い方をしていた。しかし、言語研究の立場からすると、こういう言い方はしない。「21の言語」と言うことが多いはずである。国家と言語の関係は、簡単ではない。)
さて、このガイドさんの料金は、どれぐらいなのだろうか。それで、生活していけるということでいいのだろうか。
遺跡の一番高いところまで登るのに、1200の階段があるというのは、とんでもないところだと思うが、おとづれる観光客は、それを覚悟してやってくるのだろう。
サル(おそらくは野生)が、コーラとおぼしきものをペットボトルから飲んでいるシーンがあったが、こういうのは、まさに現代の光景であろう。
遺跡の近くで、ダンスのショーがあって、そこでダンサーをしている女性。お母さんは、クエートに出稼ぎに行っている。こういうところにも、今の世界の政治や経済のことを見ることができるかと思う。
大切に守られているという部分もあるだろうが、実際には、国の経済の停滞で、開発から取りのこされてしまったので、ジャングルの中に残っている、ということなのかとも思うが、どうなのだろうか。
2026年1月23日記
チューザイ in the World「ベトナム ホーチミン」 ― 2026-01-28
2026年1月28日 當山日出夫
チューザイ in the World「ベトナム ホーチミン」
この回で登場していた会社は、日清製粉ウェルナとHappyClean。
ベトナムのホーチミンといわれても、私の年代だと、昔のサイゴン、といってもらわないとピンとこない。もうベトナム戦争のときのことを憶えているだけで、老人である。
日清製粉のパスタのレトルト食品。パッケージデザインについて議論する場面があったのだが、とても面白かったのは、縦書きで「日本からの だしスープ」と書いてあるのが、長音の「ー」が横のままになっている。しかし、これについては、誰も何にも言っていない。おそらく、普通に日本語が分かる人がデザインすれば……おそらくは、InDesignなどを使ったとは思うが……縦書きになったときに、長音「ー」を90度回転させることは、自然なことである。たぶん、日本語のテキストデータをもらって、それを日本語を知らない人が、そのままコピーして使ったから、ということなのではないかと思うが、さて、どうだろうか。普通、日本でだったら、この長音「ー」のミスだけで、会議の資料に上がってくることはないだろうと思う。作り直し、却下である。
日本語のオノマトペで「もちもち」という食感を、ベトナム語でどう表現するか、これは、とても難しいだろう。日本語を母語としても、「もちもち」を説明せよといわれると、簡単にはできない。
ベトナムでは甘いものが好まれる。これは、食文化の違いであるが、いつごろからのことなのだろうか。甘いものというのは、歴史的には、そう簡単に日常で手に入るものではなかったはずである。砂糖の歴史とともに考えるべきことだろうか。だが、お米のご飯に砂糖をかけて食べるというのは、初めて見た。日本だと、塩である。
ベトナムでは、食事のときは、フォークとスプーンらしい。たぶん、こういうことは、フランス統治の時代にさかのぼるかと思う。スパゲッティを食べるのに、ベトナムの人は、フォークで食べるだろうか。日本での私の感覚だと、箸(それもできれば割り箸)で食べるのが、もっとも食べやすい。
遊園地に、ワニが25000匹もいて、それをエサで釣ることができるというのは、面白そうである。
ビルの清掃の会社というと、日本だと、ほとんど目立たない。目につくとすれば、求人のCMである。パートタイムであったり、あるいは、定年後の仕事、として求人があり、そこで働いている人というと、(個人的感想になるが)パートのおばちゃんであったり、定年退職後のおじさんであったり、というイメージが強い。あるいは、就職氷河期世代で、定職につけないで、なんとか食いつないでいる人の仕事、と思ってしまう。(かなりの偏見かもしれないと、我ながら思うのだけれど。)
しかし、考えようによっては、清掃という仕事は、AIに取って変わられることが、たぶんないだろう。ブルーカラービリオネアとまではいかないかもしれないが、社会の中での、エッセンシャルワーカーの一つとして、需要が絶対にあることはたしかだと思う。これは、世界中のどこの都市でもそうだろう。
清掃といっても、ただゴミ箱を空けるだけではなく、隅々まで綺麗にするには、独特のノウハウがあるにちがいないし、実際にビルの中で清掃の仕事をする姿や態度で、他の企業と差別化をはかるというのは、戦略として正しいだろう。
清掃の会社の会議の背後の棚に、洗剤がいくつか映っていたが、見たところ日本で売られているものが多かった。清掃用の洗剤なども、清掃ビジネスとともに、売れる商品であるといえるだろう。
ベトナムでは、昼食後に昼寝する。こういう習慣のところは、世界に多くあるかと思う。見ていると、女性が、ピカチュウのぬいぐるみをだっこして寝ていた。
ベトナムでも秋刀魚を食べることができる。だが、この近くの海では捕れないと思うが、どういう経路で流通したものなのだろうか。(中国の漁船が、太平洋でがっぽりと捕っていって、売っているということなのかとも思うが、世界の秋刀魚の流通の実態も知りたいところである。)
日本語を学ぶきっかけとして、日本のアニメが出てくることは、今の時代では、ごく普通のことである。ここで、「ドラえもん」は全部分かるが、「コナン」とか「ONE PIECE」は半分ぐらいしか分からないというのは、とても面白い。(日本語教育学の立場からは、どう考えることになるだろうか。)
日本のアニメを放送するのに、声優が一人で、全部をやってしまっているという。そういうものなのかと思うが、これは、ベトナムにおいて、これから、声優という仕事が生まれてくるチャンスになっているのかもしれない。
通貨のドンの桁が多いのは分かるが、いわゆるデノミネーションは考えないのだろうか。紙幣だけでコインがないという。(言ってはいなかったが、キャッシュレス決済は、どれぐらい普及しているのだろうか。)
ベトナム語の知識はまったくない。人称代名詞がとても種類が多く、話す相手によって使い分けなければならない。日本語でも、こういうことはある。そして、日本語のこういうところ……私というか、僕というか、俺というか……をあげつらって、日本語は封建的な良くない言語である。英語は、「I」で全部すむからすばらしい、ということが時折あるのだが、こういうことは、世界の言語の、人称代名詞と待遇表現について、総合的に見た上でいうべきことだろう。ただ、日本にかかわることは、なんでもおとしめたいということに終わっているだけのことになる。(要するにバカなのである。)さすがに、近年では、日本語を止めてフランス語を使うようにしようというようなてあいは、無くなったかと思うが。
ベトナムは、共産党一党支配の国なのだが(ベトナム戦争でアメリカが負けてしまったので)、ビジネスについてはも、いろんなトラブルがあるかとも思う。だが、中国に集中するよりも、リスクの分散ということで、ベトナムでのビジネスを考えることもあるのかと思うが、これは、この番組の範囲を超えたことになるにちがいない。
今のホーチミン市にも、旧宗主国のフランスの文化的遺産というべきものがあるかと思うのが、そういうことは、この番組で触れることではないということでいいだろう。もちろん、「黒歴史」を探せば、日系企業にもいっぱい面白いことはあるにちがいないけれど。
2026年1月26日記
チューザイ in the World「ベトナム ホーチミン」
この回で登場していた会社は、日清製粉ウェルナとHappyClean。
ベトナムのホーチミンといわれても、私の年代だと、昔のサイゴン、といってもらわないとピンとこない。もうベトナム戦争のときのことを憶えているだけで、老人である。
日清製粉のパスタのレトルト食品。パッケージデザインについて議論する場面があったのだが、とても面白かったのは、縦書きで「日本からの だしスープ」と書いてあるのが、長音の「ー」が横のままになっている。しかし、これについては、誰も何にも言っていない。おそらく、普通に日本語が分かる人がデザインすれば……おそらくは、InDesignなどを使ったとは思うが……縦書きになったときに、長音「ー」を90度回転させることは、自然なことである。たぶん、日本語のテキストデータをもらって、それを日本語を知らない人が、そのままコピーして使ったから、ということなのではないかと思うが、さて、どうだろうか。普通、日本でだったら、この長音「ー」のミスだけで、会議の資料に上がってくることはないだろうと思う。作り直し、却下である。
日本語のオノマトペで「もちもち」という食感を、ベトナム語でどう表現するか、これは、とても難しいだろう。日本語を母語としても、「もちもち」を説明せよといわれると、簡単にはできない。
ベトナムでは甘いものが好まれる。これは、食文化の違いであるが、いつごろからのことなのだろうか。甘いものというのは、歴史的には、そう簡単に日常で手に入るものではなかったはずである。砂糖の歴史とともに考えるべきことだろうか。だが、お米のご飯に砂糖をかけて食べるというのは、初めて見た。日本だと、塩である。
ベトナムでは、食事のときは、フォークとスプーンらしい。たぶん、こういうことは、フランス統治の時代にさかのぼるかと思う。スパゲッティを食べるのに、ベトナムの人は、フォークで食べるだろうか。日本での私の感覚だと、箸(それもできれば割り箸)で食べるのが、もっとも食べやすい。
遊園地に、ワニが25000匹もいて、それをエサで釣ることができるというのは、面白そうである。
ビルの清掃の会社というと、日本だと、ほとんど目立たない。目につくとすれば、求人のCMである。パートタイムであったり、あるいは、定年後の仕事、として求人があり、そこで働いている人というと、(個人的感想になるが)パートのおばちゃんであったり、定年退職後のおじさんであったり、というイメージが強い。あるいは、就職氷河期世代で、定職につけないで、なんとか食いつないでいる人の仕事、と思ってしまう。(かなりの偏見かもしれないと、我ながら思うのだけれど。)
しかし、考えようによっては、清掃という仕事は、AIに取って変わられることが、たぶんないだろう。ブルーカラービリオネアとまではいかないかもしれないが、社会の中での、エッセンシャルワーカーの一つとして、需要が絶対にあることはたしかだと思う。これは、世界中のどこの都市でもそうだろう。
清掃といっても、ただゴミ箱を空けるだけではなく、隅々まで綺麗にするには、独特のノウハウがあるにちがいないし、実際にビルの中で清掃の仕事をする姿や態度で、他の企業と差別化をはかるというのは、戦略として正しいだろう。
清掃の会社の会議の背後の棚に、洗剤がいくつか映っていたが、見たところ日本で売られているものが多かった。清掃用の洗剤なども、清掃ビジネスとともに、売れる商品であるといえるだろう。
ベトナムでは、昼食後に昼寝する。こういう習慣のところは、世界に多くあるかと思う。見ていると、女性が、ピカチュウのぬいぐるみをだっこして寝ていた。
ベトナムでも秋刀魚を食べることができる。だが、この近くの海では捕れないと思うが、どういう経路で流通したものなのだろうか。(中国の漁船が、太平洋でがっぽりと捕っていって、売っているということなのかとも思うが、世界の秋刀魚の流通の実態も知りたいところである。)
日本語を学ぶきっかけとして、日本のアニメが出てくることは、今の時代では、ごく普通のことである。ここで、「ドラえもん」は全部分かるが、「コナン」とか「ONE PIECE」は半分ぐらいしか分からないというのは、とても面白い。(日本語教育学の立場からは、どう考えることになるだろうか。)
日本のアニメを放送するのに、声優が一人で、全部をやってしまっているという。そういうものなのかと思うが、これは、ベトナムにおいて、これから、声優という仕事が生まれてくるチャンスになっているのかもしれない。
通貨のドンの桁が多いのは分かるが、いわゆるデノミネーションは考えないのだろうか。紙幣だけでコインがないという。(言ってはいなかったが、キャッシュレス決済は、どれぐらい普及しているのだろうか。)
ベトナム語の知識はまったくない。人称代名詞がとても種類が多く、話す相手によって使い分けなければならない。日本語でも、こういうことはある。そして、日本語のこういうところ……私というか、僕というか、俺というか……をあげつらって、日本語は封建的な良くない言語である。英語は、「I」で全部すむからすばらしい、ということが時折あるのだが、こういうことは、世界の言語の、人称代名詞と待遇表現について、総合的に見た上でいうべきことだろう。ただ、日本にかかわることは、なんでもおとしめたいということに終わっているだけのことになる。(要するにバカなのである。)さすがに、近年では、日本語を止めてフランス語を使うようにしようというようなてあいは、無くなったかと思うが。
ベトナムは、共産党一党支配の国なのだが(ベトナム戦争でアメリカが負けてしまったので)、ビジネスについてはも、いろんなトラブルがあるかとも思う。だが、中国に集中するよりも、リスクの分散ということで、ベトナムでのビジネスを考えることもあるのかと思うが、これは、この番組の範囲を超えたことになるにちがいない。
今のホーチミン市にも、旧宗主国のフランスの文化的遺産というべきものがあるかと思うのが、そういうことは、この番組で触れることではないということでいいだろう。もちろん、「黒歴史」を探せば、日系企業にもいっぱい面白いことはあるにちがいないけれど。
2026年1月26日記
NHKスペシャル「臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態」 ― 2026-01-28
2026年1月28日 當山日出夫
NHKスペシャル 臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態
見て思うこととしては、まあ、ロシアの占領地としてはこんなもんだろうなあ、ということである(冷酷な見方かとも思うが)。
旧ソ連でおこなわれていたことや、今の中国の新疆ウイグル自治区やチベットでおこなわれている(一部には、これらを否定する人もいるが)ことなどを思ってみるならば、まだ、マシな方と思うこともできるだろうか。
去年、ETV特集で放送していた「琉球ノワール」を見たときに思ったことなのだが、アメリカが日本や琉球(沖縄)を占領支配していたとき、随分と理不尽なことはあったにちがいない。しかし、それでも、裁判となったことについては、弁護側の主張もふくめて、法廷での記録が残されている。新聞も、アメリカ兵がらみの事件をまったく報道することができなかったわけではない。戦争に負けて、軍に支配されいたとしても、最低限の法のルールは守られていた、ということもできよう。(泣き寝入りになってしまった事件が数多くあったとは思うのだけれども。)
日本がアメリカに占領されていた……沖縄、奄美、小笠原などをふくめて……このことの結果として、戦争に負けて占領されるということは、とりあえず平和がもどり、まあまあなんとか生活していける、民主国家にもなったことだし、これは、決して悪いことばかりではない……という思いこみになっているとうべきだろう。(その中でも沖縄は、特に米軍の横暴が酷かったというべきかもしれないし、そのことは忘れるべきではないけれど。)
ロシアの占領地であっても、そこに住んでいた人たちが、全員、強制的にたちのかされて、強制収容所におくられて、奴隷としてはたらかされる……というほどのことはないようなので、ロシアはずいぶんと人道的な占領支配をしていると感じる(かなり皮肉をこめた言い方になるが。)
吠えた犬が殺されたのはかわいそうである。これは、犬は殺すが、人をそう簡単に殺してはいない、ということなのか。あるいは、人であっても、犬のように殺すこともある、ということなのか。さて、どういう解釈をもとめるエピソードになるのだろうか。
取材することが困難だったのか、しなかったのか……もともといたロシア系住民と、ウクライナ系住民との間の関係は、どうなっているのだろうか。ロシア領になって、大喜びしているロシア系住民の姿が映っていても、別に不思議ではない。(このあたりのことについては、番組の意図的なかたよりを感じる。)
ウクライナ人は、ひどい生活を強いられているのだが、それを「民族浄化」というべきほどのこととは思えない。(いや、この戦争によって、結果的に「ウクライナ人」という概念がはっきりとしたものになったというのが、大方の見解かとも思う。)
密告が……と言っていたのだが、これも、昔のソ連にもどっただけのことである。比べるならソ連時代のことであった方が、番組としては、より説得力がある。いうまでもないことだが、ウクライナは旧ソ連の一部であり、旧ソ連に言論の自由などあったとは思えない。昔のソ連のころには、近所の人と、天気のこと以外でも自由にしゃべることができた、ということなのだろうか。私は、むしろ、昔のことの方が知りたい。
こういうことの取材をきっかけにして、第二次世界大戦後、ヨーロッパの各地でどんなことが起こっていたのか、太平洋戦争の敗戦後の朝鮮半島や満州で何があったのか、……あらためて、戦争に負けるというのはどういうことなのか、冷静に歴史を見る必要があると思うのである。
プーチンが悪いとして、それをヒトラーにたとえるのは、私はためらわれる。そういう単純な図式で、歴史の中の人間の精神や判断を語ることはできないと思っている。私は、ヒトラーも、完璧な(あるいは、理想的な?)悪、だとは思わない。同様に、スターリンもである。絶対悪を措定して善悪を判断するということの無意味さを歴史に学ぶべきだろう。絶対善である神が存在しない現代社会においては、逆に、絶対悪を、必要なら作り出す、という時代になっているということに思いをいたすべきである。
見終わって、ふと思ったこととして……この番組を作ったスタッフにとっては、旧ソ連時代のことは、はるか歴史のかなたのこと、「映像の世紀」のできごと、になってしまっているのだろうか、と思ったのだが、これは、私が老人であるということにちがいない。
2026年1月27日記
NHKスペシャル 臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態
見て思うこととしては、まあ、ロシアの占領地としてはこんなもんだろうなあ、ということである(冷酷な見方かとも思うが)。
旧ソ連でおこなわれていたことや、今の中国の新疆ウイグル自治区やチベットでおこなわれている(一部には、これらを否定する人もいるが)ことなどを思ってみるならば、まだ、マシな方と思うこともできるだろうか。
去年、ETV特集で放送していた「琉球ノワール」を見たときに思ったことなのだが、アメリカが日本や琉球(沖縄)を占領支配していたとき、随分と理不尽なことはあったにちがいない。しかし、それでも、裁判となったことについては、弁護側の主張もふくめて、法廷での記録が残されている。新聞も、アメリカ兵がらみの事件をまったく報道することができなかったわけではない。戦争に負けて、軍に支配されいたとしても、最低限の法のルールは守られていた、ということもできよう。(泣き寝入りになってしまった事件が数多くあったとは思うのだけれども。)
日本がアメリカに占領されていた……沖縄、奄美、小笠原などをふくめて……このことの結果として、戦争に負けて占領されるということは、とりあえず平和がもどり、まあまあなんとか生活していける、民主国家にもなったことだし、これは、決して悪いことばかりではない……という思いこみになっているとうべきだろう。(その中でも沖縄は、特に米軍の横暴が酷かったというべきかもしれないし、そのことは忘れるべきではないけれど。)
ロシアの占領地であっても、そこに住んでいた人たちが、全員、強制的にたちのかされて、強制収容所におくられて、奴隷としてはたらかされる……というほどのことはないようなので、ロシアはずいぶんと人道的な占領支配をしていると感じる(かなり皮肉をこめた言い方になるが。)
吠えた犬が殺されたのはかわいそうである。これは、犬は殺すが、人をそう簡単に殺してはいない、ということなのか。あるいは、人であっても、犬のように殺すこともある、ということなのか。さて、どういう解釈をもとめるエピソードになるのだろうか。
取材することが困難だったのか、しなかったのか……もともといたロシア系住民と、ウクライナ系住民との間の関係は、どうなっているのだろうか。ロシア領になって、大喜びしているロシア系住民の姿が映っていても、別に不思議ではない。(このあたりのことについては、番組の意図的なかたよりを感じる。)
ウクライナ人は、ひどい生活を強いられているのだが、それを「民族浄化」というべきほどのこととは思えない。(いや、この戦争によって、結果的に「ウクライナ人」という概念がはっきりとしたものになったというのが、大方の見解かとも思う。)
密告が……と言っていたのだが、これも、昔のソ連にもどっただけのことである。比べるならソ連時代のことであった方が、番組としては、より説得力がある。いうまでもないことだが、ウクライナは旧ソ連の一部であり、旧ソ連に言論の自由などあったとは思えない。昔のソ連のころには、近所の人と、天気のこと以外でも自由にしゃべることができた、ということなのだろうか。私は、むしろ、昔のことの方が知りたい。
こういうことの取材をきっかけにして、第二次世界大戦後、ヨーロッパの各地でどんなことが起こっていたのか、太平洋戦争の敗戦後の朝鮮半島や満州で何があったのか、……あらためて、戦争に負けるというのはどういうことなのか、冷静に歴史を見る必要があると思うのである。
プーチンが悪いとして、それをヒトラーにたとえるのは、私はためらわれる。そういう単純な図式で、歴史の中の人間の精神や判断を語ることはできないと思っている。私は、ヒトラーも、完璧な(あるいは、理想的な?)悪、だとは思わない。同様に、スターリンもである。絶対悪を措定して善悪を判断するということの無意味さを歴史に学ぶべきだろう。絶対善である神が存在しない現代社会においては、逆に、絶対悪を、必要なら作り出す、という時代になっているということに思いをいたすべきである。
見終わって、ふと思ったこととして……この番組を作ったスタッフにとっては、旧ソ連時代のことは、はるか歴史のかなたのこと、「映像の世紀」のできごと、になってしまっているのだろうか、と思ったのだが、これは、私が老人であるということにちがいない。
2026年1月27日記
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