『村上ラヂオ』村上春樹・大橋歩2019-11-22

2019-11-22 當山日出夫(とうやまひでお)

村上ラヂオ

村上春樹・大橋歩.『村上ラヂオ』(新潮文庫).新潮社.2003 (マガジンハウス.2001)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100152/

続きである。
やまもも書斎記 2019年11月15日
『大聖堂』レイモンド・カーヴァー/村上春樹(訳)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/11/15/9177103

このエッセイ集は、雑誌『anan』に連載されたものである。

読んでみると、これまで読んだ村上春樹のエッセイとは、ひと味ちがっている。なんといえばいいのか、どうも余計な一言が多いような気がしてならない。たぶん、これは、『anan』という雑誌で、読者層が若い女性に限定的ということもあってのことかもしれない。

だが、それはそれとして、村上春樹のエッセイとして十分に楽しめる。これまでに、村上春樹の小説(長編・短篇)を読んだ目で読むせいかもしれないが、なるほど、こういう作者の日常の感覚があって、村上春樹の文学世界になっているのか、とふと思い当たるようなところが多々ある。

この本は、私にとって、「スパゲッティ・エッセイ」とでもいうべき本として読んだ。(「スパゲッティ小説」ということばを村上春樹は使っている。スパゲッティをゆでる待ち時間に読むのに適した作品というほどの意味である。)私の場合、実際にスパゲッティをゆでるということはないのであるが、そのような時間……日常のなかでちょっとした空き時間とでいうべき時間……に手にとって、読んでいった。

印象に残っている文章としては、たとえば、外国に行って中古レコード屋をめぐるはなしなど、興味深い。そういえば、私としても、昔は、地方の都市で学会などがあるときは、古本屋のガイドブックを持っていって、その土地の古書店をめぐったりしたものである。だが、これも、昨今の古書ネット通販の時代の流れのなかでは、あまり意味のないものになってしまった。そもそも、もうあまり地方都市で開催の学会にまで、足を伸ばそうという気力がなくなっている。

動物園に行って、猫を見ていた話など、印象に残る。本当に、ただ、動物園に猫がいたらしい。また、ニューヨークのハヤブサの話など、「リンカーン・ライム」シリーズ(ジェフリー・ディーヴァー)を読んでいる人間としては、なるほどと思って読んだところでもある。

若い女性を読者に想定して書いたかというところもあって、ちょっとかまえた感じの文章が多い。だが、これは、まぎれもなく村上春樹ワールドの文章である。エッセイストとしての魅力が十分に発揮されている文章だと思う。

新潮文庫では、このシリーズは、三冊出ている。順番に読んでいこうと思う。

次の村上春樹は、『愛について語るときに我々の語ること』である。

追記 2019-12-07
この続きは、
やまもも書斎記 『愛について語るときに我々の語ること』レイモンド・カーヴァー/村上春樹(訳)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/11/30/9183071

追記 この続きは、
やまもも書斎記 2019年12月7日
『村上ラヂオ2』村上春樹・大橋歩
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/12/07/9186095

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