『風の歌を聴け』村上春樹2019-05-04

2019-05-04 當山日出夫(とうやまひでお)

風の歌を聴け

村上春樹.『風の歌を聴け』(講談社文庫).講談社.2004 (講談社.1979)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000203590

続きである。
やまもも書斎記 2019年5月3日
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(下)村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/03/9067654

村上春樹の作品を読んできた。まずは、『1Q84』からはじめて、おおむねさかのぼって読んできた。そして、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだ次に、何を読むか。作品の成立順を逆にたどるとなると、『ダンス・ダンス・ダンス』になる。

が、残る作品『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』は、連続する作品のようだ。ということで、ここは、最初の作品である『風の歌を聴け』を読んでおくことにした。

この作品、1979年の作品である。村上春樹のデビュー作ということになる。私の大学生のころに出た作品である。しかし、残念なことに、この作品が世に出たときのことは記憶していない。村上春樹が世に出たとき、そんなに大きなニュースになるということはなかった……これが、私の記憶する偽らざるところである。

そして読んでみてであるが、『1Q84』『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などの長編を読んできた感想からするならば、そのデビュー作とはこんなものだったのか、という印象である。作品の傾向として見るならば、『アフターダーク』『スプートニクの恋人』『国境の南、太陽の西』などの系譜につらなる作品といえるだろうか。

読んで感じることは、いいようのない叙情性とでもいうべきものがある。ふとした光景、人物の設定、行動、景色などに、叙情性を感じる。

そして、同時に感じるのが、虚無感である。

70年代末の雰囲気とはどんなだったろうか、そんなことを思いながら読むことになった。

(これまで読んで来た限りであるが)村上春樹の作品には、直接的には政治的な印象がない。いや、政治的であることを避けているかのようにも見える。60年安保、70年安保という、政治の時代を経たのちにおとずれた、政治的な静寂空間、そこにある叙情性と虚無感、これを描き出した作品として、今の私は『風の歌を聴け』を読むことになる。

次は、『1973年のピンボール』を読むことにする。

追記 2019-05-06
この続きは、
やまもも書斎記 2019年5月6日
『1973年のピンボール』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/06/9068974

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