知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「認知症 克服のカギ」 ― 2025-09-16
2025年9月16日 當山日出夫
知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「認知症 克服のカギ」
サイエンスの番組として見ると、(私の判断では)きちんと作ってあったと思う。「~~と考えられている」「仮説としては~~」という言い方が多く、断定的に分かることとしては、「発症率が~~%増える」ということぐらいであった。統計的な数字は、ごまかすことはできないが、サンプリングの妥当性をふくめて、解釈はまた別の問題である。遺伝子に起因する認知症があることは知られていることなので、この部分については、断定的に表現している。
ようするに、決定的な要因……なぜ、アミロイドβが増え、タウが増えるのか、という直接的な原因がなんであるかは、分かっていないし、また、どうすれば、それが防げるのか、ということについても、決定的なことは分からない。いえることは、あることがらが、認知症の発症との、なにがしかの相関関係がある(ありそうだ)ということまでであって、決定的な因果関係があるかどうかは不明である。その他のいろんなことがら(日常生活であったり、感染症であったり)との複雑な関係は、ほとんどなんにも分からない、このように理解していいだろう。
認知症になったら、その本人はいったいどんなふうに感じたり、思ったりすることになるのか、ということも重要なことなのだが、このことについては、この番組では触れていなかった。これは、意図的にそう作ったのだろう。また、認知症の本人のことについては、NHKの他の番組で、特にEテレなどで、放送している。
人間が社会的な生物であるということで終わりにしていたが、これも、見方を変えれば、外部からの情報や刺激に対して適切に反応し、また、思考し、いろいろと思ったり、感じたりする……ということになるだろう。それを、言い方によっては、社会的孤立の問題ということになるし、犬を飼うことの効能、ということになる。
しかしながら、認知症になるのは、基本的に高齢者であって、今の時代は、人間が長生きするようになったから起こってきた問題である、ということも確かなことだろう。年をとるということと、死ぬということ、これらを視野にいれて、認知症ということも考えるべきことであることになる。病気だから治療すればいい、というだけの発想でなく、人間の生き方、死に方にかかわることだと思う。
それから、人間を考えるとき、脳と遺伝子を基盤として考えるのが、今の時代の流れなのだが、決して遺伝子決定論ということになっていない、これも重要なことであろう。しかし、遺伝子を抜きにして、文化的な面までふくめて、人間というものを考えることができなくなった時代である、ということも確かである。
2025年9月9日記
知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「認知症 克服のカギ」
サイエンスの番組として見ると、(私の判断では)きちんと作ってあったと思う。「~~と考えられている」「仮説としては~~」という言い方が多く、断定的に分かることとしては、「発症率が~~%増える」ということぐらいであった。統計的な数字は、ごまかすことはできないが、サンプリングの妥当性をふくめて、解釈はまた別の問題である。遺伝子に起因する認知症があることは知られていることなので、この部分については、断定的に表現している。
ようするに、決定的な要因……なぜ、アミロイドβが増え、タウが増えるのか、という直接的な原因がなんであるかは、分かっていないし、また、どうすれば、それが防げるのか、ということについても、決定的なことは分からない。いえることは、あることがらが、認知症の発症との、なにがしかの相関関係がある(ありそうだ)ということまでであって、決定的な因果関係があるかどうかは不明である。その他のいろんなことがら(日常生活であったり、感染症であったり)との複雑な関係は、ほとんどなんにも分からない、このように理解していいだろう。
認知症になったら、その本人はいったいどんなふうに感じたり、思ったりすることになるのか、ということも重要なことなのだが、このことについては、この番組では触れていなかった。これは、意図的にそう作ったのだろう。また、認知症の本人のことについては、NHKの他の番組で、特にEテレなどで、放送している。
人間が社会的な生物であるということで終わりにしていたが、これも、見方を変えれば、外部からの情報や刺激に対して適切に反応し、また、思考し、いろいろと思ったり、感じたりする……ということになるだろう。それを、言い方によっては、社会的孤立の問題ということになるし、犬を飼うことの効能、ということになる。
しかしながら、認知症になるのは、基本的に高齢者であって、今の時代は、人間が長生きするようになったから起こってきた問題である、ということも確かなことだろう。年をとるということと、死ぬということ、これらを視野にいれて、認知症ということも考えるべきことであることになる。病気だから治療すればいい、というだけの発想でなく、人間の生き方、死に方にかかわることだと思う。
それから、人間を考えるとき、脳と遺伝子を基盤として考えるのが、今の時代の流れなのだが、決して遺伝子決定論ということになっていない、これも重要なことであろう。しかし、遺伝子を抜きにして、文化的な面までふくめて、人間というものを考えることができなくなった時代である、ということも確かである。
2025年9月9日記
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