『花ざかりの森・憂国』三島由紀夫/新潮文庫2022-04-22

2022年4月22日 當山日出夫(とうやまひでお)

花ざかりの森・憂国

三島由紀夫.『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫).新潮社.1968(2000.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/105041/

収録されているのは、次の短篇作品。

花ざかりの森
中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜粋
遠乗会

詩を書く少年
海と夕焼
新聞紙
牡丹
橋づくし
女形
百万円煎餅
憂国


三島由紀夫を読んでおきたいと思って手にした。今年になってから、新潮文庫で読むのを基本として、谷崎潤一郎、川端康成と読んできた。次は、三島由紀夫である。

三島由紀夫になると、私の世代(一九五五年生)では、かろうじて同時代の現代作家という印象が残っている。ただ、三島由紀夫の自決のとき、一九七〇年(昭和四五)のときのことは、事件としては記憶しているのだが、その時までに三島の作品を読んでいたということはない。三島由紀夫の事件があったのは、中学生のときだった。この時代、私とほぼ同世代で少し上の年齢なら、三島由紀夫を読んでいた。私が、三島由紀夫を読み始めたのは、高校生になってから、あるいは、大学生になってからであったと記憶する。

最初に読んだ作品が何であったかはもう記憶にない。だが、「憂国」を読んだことは憶えている。非常に強烈な印象が残っている。

読んだのは、同じ新潮文庫の旧版であったのだろう。この新潮文庫版は、三島由紀夫の生前に刊行になっている。自選の短篇集ということになる。

収録作品のタイトルを書いてみてであるが、見事に忘れている。読み返してみると、確か読んだような記憶のある作品もある。ただ、このうち「橋づくし」は、最近、中公文庫の短篇集で読んでいるので記憶に新しい。

そのなかにあって、「憂国」を読んだときの強烈な印象だけは深く記憶に残っている。いや、それよりも、文庫本の解説のことを憶えているといった方がいいだろうか。この文庫本は、三島由紀夫自身の解説が載っている。

「現に或る銀座のバアのマダムは、『憂国』を全くの春本として読み、一晩眠れなかった告白した」

なぜか、この箇所だけは鮮明に記憶にある。再読して、これが三島由紀夫自身の解説の中にあることを確認した。これは的外れなことではないであろう。「憂国」は、確かに性と死の極限を描いた作品である。久しぶりに三島由紀夫の作品をまとめて読みかえしてみたくなって、この文庫本から手にしたのも、やはり、「憂国」の印象が強かったからということになる。

それ以外の作品を今になって読みかえして思うことは、小説の巧さである。三島由紀夫は、すぐれた短編作家であったことが、この短篇集を読むと理解される。

順次、というか、適当にみつくろいながら、昔読んだ三島由紀夫作品を読んでいきたいと思う。とりあえずは新潮文庫になっている作品から読んでいくことにする。新潮文庫は、二年前、三島由紀夫の没後五〇年ということで、その多くを改版して、解説を新しくしている。三島由紀夫は、その主な作品は若いときに手にしていると思うのだが、未読の作品もかなりある。ともかくも読んでいくことにしたい。

2022年4月18日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/04/22/9483907/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。