ブラタモリ「川崎大師と鉄道▼川崎大師の人気と鉄道の意外な関係 初詣の謎も」2025-12-26

2025年12月26日 當山日出夫

ブラタモリ 川崎大師と鉄道▼川崎大師の人気と鉄道の意外な関係 初詣の謎も

初詣が、近代になってからの鉄道の普及とともにある……これは、私にとっては、もう常識的なことだろうと思っている。この回では、川崎大師だったが、東京近郊では、成田山新勝寺もそうだろう。東京で、明治神宮に人が初詣に押し寄せるようになったのは、いつごろからなのだろうか。

伊勢神宮は、明治になってから鉄道を敷設したときは、外宮の方をメインにしていたことが分かる。現代になって、自動車で人びとが行くようになって(参拝するようになって、とはちょっと言いづらい気がする)内宮の方がメインになっている。まあ、広い駐車場の用地を確保できるということは、あまり何もなかったところだったから、ということがあるかと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。

京急が川崎の工業地帯において、重要な交通インフラであったことは、そのとおりだろう。味の素の工場に原材料を運び、製品を運ぶのに、鉄道があり、そのための引き込み線があった。

味の素を作った後に余るデンプンを使って、久寿餅を作って、それが川崎大師の名物になった。ここで、表記が、久寿餅、となっていて、葛餅、でなかったのは、本物の葛を原材料に使っていない(まがいものというと語弊があるかもしれないが)のだが、まあ、くずもち、ということにしているからなのだろう。

それにしても、グルタミン酸の発見は、偉大な発見であったと思う。これは、人間の味覚の研究の歴史を、塗り替えることになったはずである。

鉄道関係の工場が集まっているのも興味深い。どういう理由によるのだろうか。おそらくは、戦時中の政策、あるいは、戦後の経済復興の中で、そうなったのだろうとは思うが。

ところで、廃線となった鉄道の跡地は、全国的には、どのように利用されているのだろうか。まっすぐに細長い土地が空き地として残っても、そのままでは、あまり利用価値がなさそうである。その後の、都市計画とのかかわりということをふくめて、どのようになってきたのか、研究はあるのかもしれないとは思うが。

2025年12月22日記

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