よみがえる新日本紀行「私の塔 私のいかるが〜奈良県斑鳩町〜」2025-06-28

2025年6月28日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行 「私の塔 私のいかるが〜奈良県斑鳩町〜」

再放送である。2022年8月20日。オリジナルは、1974(昭和49)年11月25日。

法輪寺の近くは、ときどき自動車でとおることがある。まだかろうじて昔の田園風景が残っている、あるいは、残してあるということになるのだろうか。近くの法隆寺の前の国道25号線沿いは、いろんなお店が建ち並んでいる。

幸田文の言っていたことで、父親の露伴が書いた「五重塔」の印税が今でもはいってくる。これは、不労所得なので、うしろめたさがある……今、このような思いをいだく人はどれぐらいいるだろうか。小説家にかぎらず、音楽関係だと、その著作権料はかなりのものになるかと思うが、その継承者にとっては、不労所得という意識があるのだろうか。それよりも、著作権は、会社のものにしてあって、それによるビジネスの方が主な関心事なのだろうか。

田圃がひろがり、塔が見える。このような風景は、オリジナルの番組が作られた昭和49年ぐらいまでは残っていたことになる。番組の中では、農家の人が手作業で稲を刈っていたが、もうこのような光景は見られなくなってしまっている。

法隆寺や法輪寺の周囲は、昔の家も残ってはいるというものの、新しい家が増えてきている。

西岡常一が出てきていて、そのお弟子さんの宮大工の人が言っていたが……なんにも教えてくれなかった。昔の徒弟関係というものは、そんなものだった。学問の世界でも、私の勉強したような分野だと、まだ昔の雰囲気があった。今のようにきっちりとしたシラバスが必須というような時代でなかった。

最後の方で映っていたのだが、やりがんなで木材の表面を平らに仕上げる作業。どれぐらい平らにすることができるものなのか、これは興味のあるところである。現在のようなだいがんなが登場するのは、江戸時代以降のことだったはずである。今でも、このような技術は継承されているのだろうか。

2025年6月26日記

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