絵文字:通信と表現のはざまで2009-03-20

2009/03/20 當山日出夫

小形さんの「もじのなまえ」で、CNETに掲載(小形さん執筆)の、

絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」

に言及がある。

文字のなまえ
http://d.hatena.ne.jp/ogwata/20090319/p1

CNET
http://japan.cnet.com/column/pers/media/story/0,2000058034,20389042,00.htm

また、非常に興味深いのは、

Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ
ケータイの絵文字はどこまでズレるのか
http://d.hatena.ne.jp/NAOI/20090306/1236316016

やはり、ここで考えるのは、通信としての規格(同じものが見える)ということと、表現への要求(この気持ちをこの絵文字でつたえたい)、この両者間のゆれ動きかとも思う。

だが、「表現」の立場にたつとしても、少なくとも、今自分が見ている画面(ケータイにせよ、パソコンにせよ)と、同じものを相手が見ている、その確証がないことには、コミュニケーションは成立しない。

絵文字については、まず、コミュニケーションをきちんと確保する、というところを固める必要があるように思う。最低限、同じ、かたちのものが見えるように。(場合によっては、そこに文化的な摩擦があるかかもしれないが、それは、それはもう、使う人間の責任になるだろう。)

當山日出夫(とうやまひでお)

政治的に正しい絵文字2009-03-20

2009/03/20 當山日出夫

CJKで漢字は、まあ、なんとか統合できている(と、しておこう)。では、「絵文字」はどうなるか。

日本からみた韓国
韓国からみた日本
日本からみた中国
などなど

実際に表現するとなると、かなり問題がありそう・・・あるいは、いっそのこと、一度、問題を顕在化した方が、将来のためにはいいかもしれないが。

通信としての規格を保証するだけでは、どうにもならない部分が絵文字にはある、と感じる。しかし、だからといって、「PC=政治的に正しい絵文字」だけでは、なんとなく味気ない気もするし。

あるいは、それぞれの集団の内部(あえて「国」とはいわない)で、「裏絵文字」のようなものが流通することになるのか。これは、これで、問題があるだろう。

當山日出夫(とうやまひでお)