長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』「公共財としての憲法上の権利」2016-08-11

2016-08-11 當山日出夫

つづきである。

長谷部恭男.『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書).筑摩書房.2004
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480061652/

やまもも書斎記 2016年8月10日
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』「公私の区分と人権」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/10/8149048

憲法の定める権利には、公私の区別の上になりたつものもあれば、一方で、そうではないものもあるという。

「憲法上の権利のすべてが、こうした公私の生活領域の線引きを主な任務としているわけではない。それらのなかには、むしろ社会の利益の実現を目指して、憲法上保障されているものがある。これらは、「公共財としての権利」と呼ぶことができる。」(p.74)

そして、公共財としての権利のひとつとして、表現の自由がある。

「公共財のなかには、そのときどきの政治的多数派の決定によって、供給の量を変化させるべきではないものもある。たとえば、自由な表現の空間がそれである。」(p.76)

「自由な表現の空間が公共財であることは、その不可欠な構成要素である表現の自由という憲法上の権利も、また、公共財であることを意味する。こうした社会の枠組みの基礎をなすような、社会の長期的な利益を支えるような公共財については、そのときどきの政治的多数派の意図とは独立に、身分を保障された裁判官によって構成される裁判所が、その適切な提供を保障するのが、立憲主義諸国の通例である。」(p.77)

そのうえで、マスメディアの表現の自由に説き及ぶ。

「マスメディアは、その巨大な組織と資金力を通じて、個人とは比較にならない規模で情報を収集・処理し、伝達することができる。したがって、マスメディアが民主主義的政治過程の基礎をかたちづくる役割や、価値観や生き方の多様性を伝える役割も、普通の個人とは比較にならない。自由な表現空間が持つ公共財としての機能は、マスメディアの活動を通じて、大きな効果を挙げることになる。」(p.79)

しかし、その一方で、マスメディアも規制される場合がある。だが、最終的には、

「こうした規制された放送と自由な新聞の相互の均衡を通じて、社会全体には、豊かな情報が公平に提供される結果を期待できる。」(p.83)

そして、このようなこと(マスメディアの機能)は、民主主義における意思決定のあり方とも関連することになる。

「民主的決定のあり方は、結論へ向けてどのような情報交換をし、どのように議論を行うべきなのかという問題をも含んでいる。」(p.83)

多様な意見をとりいれることは必要であるとしても、そこには「多数者の英知」と「集団偏向」という、相反する概念がそこにある。

これらをふまえたうえで、こう結論づける。

「なるべく多様な見解を紹介し、単に周囲の人間がそう思っているからというだけではなく、根本の論拠にさかのぼって真剣に問題を考える態度を養うことが重要である。」(p.86)

おそらく、ここでいっていることは、憲法をめぐる議論……これからの問題としては、改憲……についても、そこでマスメディアのはたす役割を考えなければならない、ということになる。そして、なぜ、そう考えるのか、根本にさかのぼって議論することの必要性である。たぶん、改憲をめぐっては、様々な議論があることだろう。そのとき、単純に、護憲・改憲と判断するのではなく、なぜそのように思うのかが問われねばならない。

そういえば、昔、「ダメなものはダメ」と言った政治家がいたことを思い出すのだが、これからは、そうではいけないと私は考える。どんな反対意見があるとしても、多様な意見の表現と、議論をつくすことがもとめらえる。

確かに憲法をまもることは重要かもしれない。だが、それにとどまるのではなく、なぜ立憲主義であるのかを、つねに再確認していく作業が重要である。なぜ立憲主義の立場をとるのか、確認しつづけていかなければならない。

それから、この本『憲法と平和を問いなおす』は、今から10年以上前の本である。いまでは、インターネット上の言論空間がひろがっている。これもまた、公共財といってよいものであろう。その意味では、インターネット上の議論はどのようであるべきかという観点から、ここでの議論は再構築する必要があるように思う。

民主主義をささえる公共財としての表現の自由とインターネットという観点から、これから議論がすすめらなければならない。

追記 2016-08-12
このつづきは、
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』天皇は憲法の飛び地
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/12/8150156

長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』天皇は憲法の飛び地2016-08-12

2016-08-12 當山日出夫

今日は、天皇について読んでみることにする。

長谷部恭男.『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書).筑摩書房.2004
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480061652/

やまもも書斎記 2016年8月11日
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』「公共財としての憲法上の権利」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/11/8149599

第6章「近代国家の成立」のはじめの方に、

「自然権は、人の本性に反するフィクションである。」(p.88)

「自然権が人の本性に反するフィクションであるように、自然状態で暮らしていた人々が社会契約を結んで国家を設立したという物語も、フィクションである。」(p.89)

そして、近代国家の成立の過程を、次のように要約する。

「近代国家は、身分制の下における、人によって異なる特権と義務の体系を破壊し、平等な人の創出を貫徹させた。それによって、そこに公と私の区分を基軸とし、私の領域においては各人が自らの選んだ生き方を追求するとともに、公の領域では社会全体の利益の実現へ向けて冷静な議論で合意形成をはかろうとする公正な社会の枠組みが成り立つ可能性が、はじめて現れたことになる。」(p.91)

ところで、このようにして成立した近代国家……現代の日本もそれに該当するのであるが……において、例外が存在する。その一つが天皇である。

選挙権がない、婚姻の自由もない、プライバシーも縮小されている、職業選択の自由もない、表現の自由もない、信教の自由もない……天皇・皇族とは、このような存在であることを指摘する。

この天皇のあり方について、著者は「飛び地」と称している。(p.94)

「憲法の認める普遍的な権利は、皇居の堀端を超えては及ばない。」(p.94)

そして、この「飛び地」の天皇は、憲法によって日本国の象徴とされている。それは、国民の総意に基づくものでもある。

そして、天皇制の将来については、このようにある。

「多くの国民が、身分制秩序のなかで生きる天皇を現在の日本の象徴と考える不自然さに気づいて、天皇を日本の象徴と考えなくなれば、天皇は日本の象徴ではなくなり、冒頭の問題(「飛び地」を「象徴」とすること、引用者)も解消する。」(p.96)

では、現在の日本において、天皇とはどのような存在であろうか。先日(2016年8月8日)の、天皇のビデオメッセージの放送、そして、それに対する様々な反応をみると、どうやら、天皇制という「飛び地」を残しておくことに、多くの国民は同意しているようである。象徴天皇制は、基本的に支持されているといってよいであろう。

同時に、今上天皇の退位については、賛同する意見が多いように思える。これは、「飛び地」としての不自然さ、それが、天皇にとって無理を強いるようなものであってはならないという感情にもなっていると、考えられる。

やはり、ここでは、天皇について考えることは、憲法について考えることである、という論点を確認しておくことが重要であろう。天皇という存在は、憲法上の「飛び地」であることを、はっきりと認識しておくべきである。

憲法について考えるということは、何も九条について議論するにとどまらないものである。

そのうえで、さらに私見をのべるならば、先日の天皇のメッセージは、天皇の「個人」としての思いを語るというものであった。だが、憲法上の「飛び地」である天皇に、そもそも、「個人」の領域があるのだろうか。

これは、その生活において、私的な領域があることを否定するものではない。しかし、天皇が天皇のあり方について語るということが、天皇「個人」の思いとして、あり得るものなのか、ここは、疑問に思っている。たしかに、自分自身のあり方、天皇のあり方について、いろいろ思うことはあるであろう。だが、それは「個人」の思いというものなのであろうか。

少なくとも、天皇は近代国家における市民としての個人ではない、このように考えるべきなのではなかろうか。一般国民と同列ではない。ならば、天皇の「個人」の思いとは、法的に、憲法学的に、どのように解釈されるのであろうか。信教の自由も、表現の自由も与えられていないような存在に、近代国家の市民一般にみられるような「個人」の概念が妥当なのであろうか。

そして、さらにいうならば、私としては、今上天皇の退位の意思の表明には、賛同するものである。しかるべき法的配慮のもとに、譲位ということが望ましいと思っている。

くりかえしになるが『憲法と平和を問いなおす』は、今から10年以上も前の本である。今上天皇が、まだお元気であり、退位などということが話題にならなかった状況のなかで書かれている。その時点での考え方として、「飛び地」としての象徴天皇の立場ということは重要であると思うし、それをふまえて、これからの天皇のあり方も考えなければならないと思っている。

追記
このつづきは、
2016年8月19日 長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』外国人
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/19/8154768

柳田国男『雪国の春』2016-08-13

2016-08-13 當山日出夫

天皇の話しになったところで、ちょっと長谷部恭男から離れてみる。(これはこれとして、本をきちんと読んでみるつもりであるが。)

柳田国男.『雪国の春-柳田国男が歩いた東北-』(角川ソフィア文庫).角川学芸出版.2011
http://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g201108000861/

以前は、というよりも、私の学生のころの話になるのだが、柳田国男の主な著作は、角川文庫でかなりのものが出ていた。学生のときに、『定本柳田国男集』(筑摩書房)は、そろえて買ってもっていた。とはいえ、読むのには、手軽な文庫本がいい。そうこうしているうちに、新しく『柳田国男全集』は刊行になる一方で、文庫本で手軽に読めるということではなくなってしまった。ちくま文庫の文庫版の『柳田国男全集』も今では、なくなってしまっている。

やはり、柳田国男とか、折口信夫とかは、「全集」で完備していることも大事だが、その一方で、手軽に読める文庫版があった方がいい。柳田・折口の仕事は、まだまだ生きていて、これからのことを考えるうえで、常に参照しなければならないものを多くもっていると思う。

そんななか、角川ソフィア文庫のシリーズで、いくつかの柳田国男の著作が読めるようになっているのは、うれしい。『雪国の春』もその一冊。これには、「清光館哀史」が収録されている。「清光館哀史」については、また、別に書きたいと思っている。

ここで、『雪国の春』を手にして、読み始めて、ふと目にとまったのは、次のところ。その「自序」にこのようにある。

「ただこういう大切なまた込み入った問題を、気軽な紀行風に取り扱ったということは批難があろうが、どんなに書斎の中の仕事にしてみたくても、この方面には本というものが乏しく、たまにはあっても高い所から見たようなものばかりである。だから自分たちは出でて実験についたので、それが不幸にして空想のように聞こえるならば、まったく文章が未熟なためか、もしくは日本の文章が、まだこの類の著作には適していなためである。」(p.4)

このような、自分の研究に対する自覚というか反省が、今の学問にあるだろうか、と思って読んだ。ここから、二つの点を考えてみたくなる。

第一には、自らの学問の方法論への反省と自覚である。日本民俗学は、柳田国男にはじまる、といってよいであろう。その学問領域をつくっていくということの、方法論への自らいだいている疑問、これは、きわめて重要なポイントである。これは、柳田国男、あるいは、日本民俗学という学問を理解するうえで、常に、その方法論への反省がともなっている。

これをわすれて、ただ過去からの学問の継承としての民俗学には、それはそれとして、学問的意味があるのであろうが、なにかしら研究としての魅力はとぼしいように感じている。

第二には、やはり「ことば」というものへの自覚である。新しい学問領域を開拓するにあたっては、新しい文章が必要である、という認識。これは、今では、おそらく、ほとんどの学問研究の分野から、すたれてしまったことではないだろうか。

ある意味では、現代日本語の文章というものが、それなり発達をとげてきた、ということもあるだろう。あるいは、現代の研究者で、その論文の「文体」にどれほどのこだわりがあるかとなると、とぼしいといわざるをえないのではないか。それでも、文学、文芸評論、哲学などの領域では、それなりに独特の文体を駆使する人がいないではない。しかし、大勢としては、現代日本語の「研究の文体」というものは、もはや透明ななにかになってしまっているかのごとくである。

何かを語るためには、何かの思想を構築するためには、それなりの文体が必要である……といっても、その自覚が、もはやほとんど消え去ってしまっているといってもよいであろう。

ここで、研究とは、思想とは、文学とは……日本語の文体である、このような原点にたちかえって考えてみる必要を感じる。

以上二点、久しぶりに柳田国男の本を手にとって読み始めてみたところの感想である。

歩く速度の文章2016-08-14

2016-08-14 當山日出夫

柳田国男の『雪国の春』を読んでいる。

柳田国男.『雪国の春-柳田国男が歩いた東北-』(角川ソフィア文庫).角川書店.2011
http://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g201108000861/

日本は四季のある国であるという。これは、これである意味正しいいえるのかもしれないが、それを簡単に肯定してはいけない、そのような感じをあたえてくれる本である。日本列島の北から南まで、季節のおとづれは一様ではない。そんな当たり前のことを確認しておく必要がある。

このようなこと、私などは非常に強く感じる。というのも、育ちは京都(宇治市)、大学から東京、そして今は奈良市に住んでいる。このような生活環境のなかで生きてきていると、日本の歴史とか文学とかを勉強するとき、ある意味、非常に有利である。自分の住んでいる(住んだことのある)地域の歴史をたどれば、そのまま、ほとんど日本の歴史になってしまう。まさに、万葉人から、王朝貴族、そして、近代の東京の人間にいたるまでの歴史そして季節感というもののなかで暮らしてきている。

だからこそ、そうではない地域に住んでいる人たちの環境への想像力というもおのが必要になってくるのだろうと、思う。

このような自分に対する自戒の意味を込めて、ある時、学生に課題として書く文章に、自分の故郷が日本史のなかでどのように登場するのか書いてみなさい、というような課題を与えたことがある。

出不精の人間である。旅行するのはあまり好きではない。学会が、東京であるときに出かけるぐらいしか、家を空けることはない。

せめて、柳田国男の本でも読んで、一昔前の日本列島の人びとの暮らしに、思いをはせてみるのも夏の時間の使い方かもしれないと思っている。特に、柳田国男の文章など読むと、時間の流れが違ってくるような感覚がする。なんというか、ゆったりとしている。それは、その文章のせいなのかもしれない。その文章の速度を具体的にいえば、旅といえば、歩いて旅をした時代の時間の流れ方である。今のような列車や自動車による移動ではない。柳田の時代にすでに鉄道はあったろう。だが、著者のものを見る目は、鉄道に乗っている速度ではない。むろん、今のように縦横に自動車で行けるという時代のものでもない。旅といえば、ある場所から次の場所まで歩いていく、そのようなものであった時代のものを見る目の速度である。

柳田国男が日本民俗学という学問をつくりあげるにあたって、試行錯誤しながら書いた文章は、今の観点から読み直してみると、そこで時間の流れがとまってしまったような印象をうける。そのような時代があり、そのような生活をしていた人がいて、それを、そのような目で観察していた人がいた……という学問のあり方の歴史のようなものに、思いをはせてみるのも、時として必要なことではないかと思っている。

ちくま学芸文庫『なつかしの高校国語』2016-08-15

2016-08-15 當山日出夫

昨日、一昨日と、書いた、柳田国男の文章『雪国の春』……これは、かつての高校教科書に載っていたものである。

筑摩書房(編).『名指導書で読む 筑摩書房 なつかしの高校国語』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2011
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093783/

『清光館哀史』として、『現代国語3 二訂版』(現国631) 1981~84年使用、と凡例を見るとある。これは、私が、高校を卒業してからのことになるので、そのせいか高校の教科書で読んだ記憶はない。あるいは、別の会社の教科書をつかっていたのか。

ともあれ、この文章『雪国の春』所収の「浜の月夜」「清光館哀史」は、一昔前の、高校生の読む文章として、教科書に載っていた。この筑摩書房の教科書は、その「指導書」で有名だったらしい。それが、現在、その教材の文章とともに、指導書も一緒に文庫本で読めるようになっている。

『清光館哀史』を記すにあたっての柳田国男の、学問的方法論への反省、それから、日本語の文章についての自覚、このことについてはすでに触れた。それをふまえたうえで、「教材の問題点」として、以下のような記述があることは見逃せない。

「日本の近代文化の発展とともに、ことばの果たすべき役割はますます重要となりつつある。ところが、それは、日本の近代史の持つ特有のひずみにさえぎられて、動きのとれないほどの大きな障壁にもぶつかっている。それこそは近代言語史の解明すべき課題であるが、不幸にして、今日の我が国の国語学には、そのような社会史的考察の領域が開かれていないため、それらの多くの問題は、いつも国語政策や文明批評の問題視されて、学問圏外に排斥されてしまっているのである。」(p.438)

これを書いているのは、益田勝実である。

文字や表記のことを専門にしているとはいえ、日本語研究、国語学のはしくれで仕事をしてきた人間としては、益田勝実の指摘は、ナルホドと思うと同時に、強い反省の念とともに読まざるをえない。

私の知る限りでいえば、益田勝実のいうような方向で、日本語がかえりみられてきたということはない、と思う。いや、それよりも、日本語研究という研究分野が、日本近代におけるその功罪をめぐって、さんざんに学知批判をなされてきたのが、実際のところである、と認識している。

だが、それも、このごろになってひととおり嵐が過ぎ去ったような感じのところで、改めて、益田勝実がいったこと、さらには、柳田国男が書いたことを、ふりかえってみる必要があるように感じている。近代の日本語のありかたと、人びとの社会についての認識のあゆみ、また、さらには、日本語研究の分野におけるその文体のあり方、これらを、総合的に考察する必要がある。

ある意味、ようやくそのような研究領域を開拓できるという時代になってきた。しかし、その一方で、現在の日本語研究のあり方は、どうもこのような方面には、関心がないようにも見受けられる。これはこれとして、学問の研究テーマの流れとしていたしかたのない面もあるのだろう。

それには、まず、研究者みずからが、どのような文体で言語研究にとりくんでいるか、そのこと自体に無自覚になってきている、そのような危惧がまずある。言語観にもよるのであるが、やはりことばによって世界をみている。そのことばが、どのように変化してきたか、どのように社会の問題ととりくんできたか、日本語研究のみならず、文学、社会科学の方面とも共同して、とりくまねばならない問題であろう。

これからの自分に何ができるかわからないが、ただ、日本語研究の研究課題にこのような分野・視点の持ち方があるということだけは、これから忘れずにおきたいものであると思っている。

しいていえば、言語生活史とでもいうような研究領域が必要になっている、と思う次第である。あるいは、これは、もう過去のことなのであろうか。

長谷川三千子『神やぶれたまはず』2016-08-16

2016-08-16 當山日出夫

長谷川三千子.『神やぶれたまはず-昭和二十年八月十五日正午-』(中公文庫).中央公論新社.2016 (原著は、中央公論新社.2013)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2016/06/206266.html

昨日(8月15日)、終戦の日として、テレビで今上天皇のお言葉をきいていた。たしかに、このようなことは、いわゆる「八月十五日の神話」を再生産していく行為にほかならなことは承知しているのだが、それでも、8月15日になると、いろいろ考えることが多い。そんななかで、買っておいたこの本をとりだしてきて眺めてみた。

そのことはこの本の著者もよくわかったうえで書いている。佐藤卓己『八月十五日の神話』に言及して次のように述べている。

参考
佐藤卓己.『増補 八月十五日の神話-終戦記念日のメディア学-』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2014
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480096548/

「たしかに、歴史といふものをただもつぱら歴史年表式の歴史と考へるならば、八月十五日へのこだわりは、単にお盆と重なつてゐるといふ「八月十五日の心理」の問題にすぎず、事の本質は「九月二日の論理」の方にある、といふことになるであらう。」(p.58)

としたうえで、河上徹太郎に言及してこうつづける、

「しかし、河上徹太郎氏が、「あのシーンとした国民の心の一瞬」と言つたとき、それは心理でも論理でなかつた。それは「精神史」だけがとらへることのできる、或る〈わかりにくいもの〉であり、ついでに言へば、河上氏はそれを、メディアの宣伝にのつてではなく、当時のメディアの「嬌声」に〈さからつて〉掘り起こしてゐるのである。」(p.58)(〈 〉内、原文は傍点。)

このような箇所を読むと、やはり「八月十五日」というものに、なにがしかの感慨を感じずにはいられない。

ところで、この本のタイトル『神やぶれたまはず』は、冒頭に置かれた、折口信夫の歌に由来する。

  神こゝに 敗れたまひぬ――。
 すさのをも おほくにぬしも
  青垣の内つ御国の
   宮出でゝ さすらひたまふ――。

 (以下略)

この歌は、『近代悲傷集』所収。(「全集」を確認すればいいのだろうが、ここでは、引用をそのまま利用した。)

私は、大学は、慶應義塾大学文学部の国文科である。そのせいであるのだが、折口信夫には、格別の思いがある。ただし、ただ信奉しているのではない、逆に、意図的に無視することもない。日本の文化とか伝統とかというものについて語ろうとするとき、どうしても避けることのできない、なにかしら巨大な存在として、そこにある……としかいいようのない、なにものか、なのである。

折口信夫にしてさえも、いや、折口信夫だからこそというべきか、八月十五日のエピソードについては、いろんな書物などで目にしてきた。私にとって、折口信夫が特別な存在であるかぎり、八月十五日もまた、特別な日である。

もちろん、ポツダム宣言の受諾が8月14日、降伏文書の調印が9月2日である、という歴史は知っている。にもかかわらず、玉音放送のあった日として、「八月十五日」は、心のなかにのこりつづけている。

ところで、この本『神やぶれたまはず』は、いろんな人物の昭和20年8月15日を描いていて、その点だけをとりだしてきて、いわば「資料集」のようにして読むこともできる。その視点で読んでみても、多くの人にとって、「八月十五日」は特別の日である、あるいは、意味を見いだそうとしている日であることを、確認できる。列挙してみる。

折口信夫
橋川文三
桶谷秀昭
太宰治
伊藤静雄
磯田光一
吉本隆明
三島由紀夫
昭和天皇

それぞれの人物については、また評価はさまざまであろう。だが、「八月十五日」という日を取り出してきてながめるとき、そこに、ある種のなにか……それを「神話」といってもよいかもしれないし、「精神史」といってもよいかもしれない……が、あることが見て取れよう。

「八月十五日」には、このようなアプローチもあってよいのではないかと思う次第である。とはいえ、その著者(長谷川三千子)の主張しようとしていることに、賛同というわけではもちろんないのであるけれども。

芥川龍之介『羅生門』の結末2016-08-17

2016-08-17 當山日出夫

『なつかしの高校国語』にもどってみる。この本、『羅生門』(芥川龍之介)からはじまっている。確認してみると、凡例では、『現代国語1 二訂版』(1979-1981)、とある。

筑摩書房(編).『名指導書で読む 筑摩書房 なつかしの高校国語』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2011
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093783/

ここで問題にしてみたいのはその最後である。

「下人の行方は、だれも知らない。」

これは改作後のもの。一般には、この形で流布している。普通の文庫本や、もちろん、くだんの筑摩の国語教科書も、この文章になっている。だが、ここの初出の文章は、

「下人は、既に、雨を冒して、京都の町で強盗を働きにいそぎつゝあつた。」

である。(この箇所、『なつかしの高校国語』による。p.49)

今、確認する余裕がないのだが、私の持っている『芥川龍之介全集』(岩波書店版)は、初出主義にしたがって、改作前のかたちで本文となっていたと覚えている。注に、この箇所が、後に改作されて、現在、普通に見るような形になったとあったと記してあった、と記憶している。

この改作の件、『なつかしの高校国語』でも載っているのは、教師用の解説のところ。生徒が読む本文のところは、通常のテキストのままである。

ところで、この『羅生門』の末尾の改作の件、私は、高校生の時から知っている。学校の授業で、『羅生門』をならったという記憶はないのだが(それとは別に読んでいたのかもしれない)、最後のところの改作の件については、何かの授業のときに、ある先生が話をしているのを聞いて覚えている。後に、自分で芥川龍之介全集などを見て、それを再確認したということになる。

今、高校の国語教育というところからはへだたった場所にいる人間としては、この作品『羅生門』がどのように教えられているのか、知るすべはない。

だが、もし、自分が、高校の教師だったら、ここをどう教えるだろうかとは考えてみるところである。国語教育において、文学をどのように教えるか、これは大きな課題である。そう簡単に答えのある問題ではないであろう。だからこそ、この問いは、学校教育にたずさわる人間だけではなく、文学とか、教育とかに、関心のある人間にとって、重要な課題になるはずである。

ここでは、二つの問題があるだろう。

第一に、教科書のテキストは安定したものである、という思い込みのようなものをどう考えるか。大学教育(高等教育)においては、テキストの異文をあつかうというのは、むしろ当たり前のことかもしれない。異文をふくめてテキストと考える立場をとりうる。

しかし、高等学校(中等教育)において、教科書に載っているテキストが、安定したものではないと、どう教えるべきなのだろうか。無論、教科書に掲載するにあたって、表記(常用漢字など)の配慮はあるだろう。だが、テキストそのものに、異同があることは、教育として、教えるべきことなのだろうか。ここは、教科書にのっているテキストを絶対のものとして、あつかうしかないのか。

これは、テキスト至上主義につながる。

第二に、とりあえずテキストを安定したものとしてあつかうとしても、そこから、読者がどのような想像力を駆使して、作品を読んでいくか、という課題がある。テキストどおりに書いてあることを、(教科書編纂者の意図にしたがって、教師の指示通りに)読み取っていくのが文学の読み方、ということになるのであろうか。

特に、この『羅生門』のラスト(改作後)は、読者の想像力にゆだねられている箇所である。それをどのように読むのが、正しい読解、文学の理解といえるのだろうか。ここから、生徒に何を読み取らせればよいのであろうか。

あるいは、ここが改作されていることを明らかにしたうえで、作者(芥川龍之介)が何を語ろうとしたのか、そこを読み解いていくべきかもしれない。だが、これは、高校教育のレベルをこえる課題かもしれない。

以上の二点が、国語教育という観点で考えてみた課題である。だが、これは、教科書にのっているテキストだからといって、国語教育だけにかかわる問題ではない。現代の一般の読者にとっても、問いかけられなければならない課題でもあるだろう。

芥川龍之介の作品など、学校の教科書に載っているか、あるいは、学生のときに文庫本で読むぐらい……これが、おおかたの読者の実際かもしれない。だが、文学が文学として生き残るためには、一般の読者こそが重要である。

文学とは、高校生、大学生のときにだけ読むものではないと思う。むしろ、そこから自由になって、大人になってから、味わうべきものとして生き残るなにかががあるのなら、それこそが文学であるといえるだろう。そして、この意味では、『羅生門』のラストの改作問題は、現代のわれわれに投げかけられた、そして、おそらくは未解決の、文学の課題であると思う次第である。

丸山真男「「である」ことと「する」こと」2016-08-18

2016-08-18 當山日出夫

『なつかしの高校国語』から、さらにつづけることにする。

筑摩書房(編).『名指導書で読む 筑摩書房 なつかしの高校国語』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2011
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093783/

丸山真男「「である」ことと「する」こと」

この文章は、もと『日本の思想』(岩波新書)に収録のもの。丸山真男が残した文章のなかで、最も有名なものの一つ。私の記憶では、昔の岩波新書版で読んだと覚えている。岩波新書版の『日本の思想』は、近年、改版されてきれいになっている。その新しいのを買ってある。

丸山真男.『日本の思想』(岩波新書).岩波書店.1961(2014.改版)
https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/41/X/4120390.html

『なつかしの高校国語』には、全文の収録ではない。抄録になっている。ここでは、岩波新書版を読んでみることにする。

私の高校生のころ、『日本の思想』は、必読書とされていたように覚えている。無論、高校生で、丸山真男の文章が完全に読解できるというものではない。いや、難解であった。それでも、「思想のあり方について」の「タコツボ」「ササラ」の問題とか、ここでとりあげてみたい「「である」ことと「する」こと」とかは、印象に残っている。

丸山真男については、いろいろ毀誉褒貶あることは承知しているのだが、『日本の思想』の「思想のあり方について」「「である」ことと「する」こと」、この二つの文章だけは、今後も長く読み続けられるのではないか。その価値のある文章だと思っている。

だからといって、その主張に全面的に賛同しているというわけではない。「思想のあり方について」の「タコツボ」「ササラ」の類型分類など、はたして西欧の社会・文化が「ササラ」といっていいかどうか、現時点からは批判の余地があると思う。たとえば、中性におけるイスラム文化の存在など。だが、こと日本の諸問題をかんがえるとき、「タコツボ」の概念は、依然として有効であるし、現に、つかわれている。

「「である」ことと「する」こと」である。私の感想としてであるが、久しぶりに、「「する」こと」の場面を目にしたような気がしたことがある……ちょっと前のことになるが、安保法案をめぐっての一連の反対運動などである。

私個人の意見としては、いわゆる安保法案反対に全面的に賛同しているというわけではない。ある意味、これからの日本にとって、必要性のある法案であると思っている。ただ、その成立のプロセス、議論のすすめかたについては、反対の立場にせよ、賛成するにせよ、いろいろ問題はあると思うが。

ともあれ、そのことはさておくとしても、「「する」こと」……日本が民主国家であって、自分の意見を主張することの自由があること、そうすべきと思うときには、はっきりとそう言うこと……これらを目の当たりにした印象をいだいたのは、確かなことである。憲法には、主権在民とある。その権利のうえに安住しているのではなく、主権者として行動をおこすべきとには、しかるべく合法的に行動をおこす。

ただ、法的な議論として、主権が国民にあることをめぐって問題のあることは、浅羽通明などの指摘するところでもあるが。

「「である」ことと「する」こと」を、今の視点で読み返してみると、いまだに通用する重要な考え方であると思う一方で、やはりこの文章の書かれた時代を感じさせるところもある。が、すでにのべた、安保法案反対の運動との関連でいえば、次のところは、今でもしっかりと確認しておく必要のあるところだろう。

「果たして現在いろいろなかたちで潜在もしくは顕在している議会政治に対する批判を、たとえそれがどんなに型破り、あるいは非常識と思われる議論であっても広く国民の前に表明させ、それとのオープンな対決と競争を通じて、議会政治の合理的な根拠を国民が納得していくという道を進むほかに、どうして議会政治が日本で〈発展〉し、根づく方向を期待できるでしょうか。本当に「おそれ」なければならないのは、議会否認の風潮ではなくて、議会政治がちょうどかつての日本の「國體」(表記原文ママ)のように、否定論によってきたえられないで、頭から神聖触るるべからずとして、その信奉が強要されることなのです。」(p.188) (〈 〉原文傍点)

ちなみに、「「である」ことと「する」こと」のもとになった講演がおこなわれたのは、昭和33年(1958)である。60年安保のすこし前になる。

ここで半世紀前の文章を読んで、今さかんにいわれるようになった「主権在民」「平和憲法」が「國體」となっていないか、ちょっと考えてみてもいいように思う。

長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』外国人2016-08-19

2016-08-19 當山日出夫

外国人について書いたところを読んでみる。

長谷部恭男.『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書).筑摩書房.2004
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480061652/

やまもも書斎記 2016年8月12日
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』天皇は憲法の飛び地
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/12/8150156

この前は、天皇の存在を見ることによって、現在の憲法の持っている性格の一端があきらかになった。今日は、外国人についてみる。

「天皇とは逆の方向から、近代国家と普遍的人権との関係に光を当てるのは、「外国人に認められる人権」という問題である。」(p.96)

「従来の憲法学の議論の枠組みによると、参政権のように、その性質上国民にのみ認められるべきものは別として、原則として、外国人についても憲法上の権利は保障される。」(p.96)

そのうえで、外国人は、ある種の特別な存在であるとする。

「外国人に原則として入国の自由がなく、いったん入国した外国人にも在留し続ける権利がないことについては、学説も一般的に同意している。そして、こうした考え方は、日本だけではなく、世界各国において共通にとられている。およそ、いかなる者であれ、原則として外国人に入国を許し、無期限で滞在することを許すという建前をとる国が、まともな国として存続しうるとは現実には考えにくい。」(p.98)

では、外国人には普遍的な人権はおよばないのであろうか。この点については、次のようにのべる。

「参政権など、「権利の性質上日本国のみをその対象としていると解されるもの」と、それ以外の外国人にも等しく保障されるはずの権利との違いは、程度の差にすぎない。」(p.98)

そして、国籍については、次のようにある。

「国籍は、地球上で暮らす数多くの人々のうち、所与の人々について生来の人権を保障し、自由に幸福を追求しうる環境を整える責務を第一次的に負うのがどの政府であるかを指定するための便宜的な物差しとして用いられているわけである。」(pp.100-101)。

法的には、国籍とはこのように考えるのか、という意味で興味深い。ここまでの議論において、民族の共同体というようなことばは一切つかっていない。普通、国家などについて考えるとき、国民国家としての民族の共同体というあたりから考え始めるのが、一般的なところかと思う。だが、長谷部恭男は、近代国家における人権というものを、あくまでも法の論理にしたがって解釈していく。

この本の書かれたのは、2004年。ベルリンの壁の崩壊、東西冷戦の終結の後、そして、現在問題になっている、中東での紛争と多数の難民のヨーロッパ諸国(EU)への流入の前である。そのような時代背景をふまえて、このあたりの議論は理解しておくべきことかもしれない。

ただ、少なくとも、外国人参政権について、その国民にのみ認められる権利であるとするのが、憲法学の多数の立場であるとするあたりは、今日の目から見て重要な点かもしれない。

EUという従来の国民国家の枠組みを超えた、大きな共同体が生まれようとする一方で、多くの難民の流入があり、従来の伝統的というべき国民国家的な共同体がゆらいでいる。そして、英国のEU離脱という動きがあった。このような国際情勢のなかで、近代的な立憲主義……繰り返し確認すれば、立憲主義は近代西欧に生まれた……はどのようにあるべきなのか、今、問いなおされている時なのかもしれないと思っている。

追記
このつづきは、
やまもも書斎記 2016年8月29日
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』平和主義と立憲主義
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/29/8165183

NHKスペシャル取材班・北博昭『戦場の軍法会議』2016-08-20


2016-08-20 當山日出夫

NHKスペシャル取材班・北博昭.『戦場の軍法会議-日本兵ははぜ処刑されたのか-』(新潮文庫).新潮社.2016 (原著、NHK出版.2013)
http://www.shinchosha.co.jp/book/128378/

新潮文庫で出たので、買って読んでみた本。はっきりいって、この本を読むまで軍法会議というものについて確たる認識がなかった。軍に法務官という職種があったことも。

今年の夏もまた政治家の靖国神社参拝をめぐって、いろいろとあったようである。私は、基本的に、英霊祭祀ということを否定するものではない。だが、そのときには、誰をどのような資格で祭祀の対象とするかについて、根本的な反省がなければならないと思っている。ただ、(今の)靖国神社に祀られている人たち(と言っておく)だけが、英霊ではない……他に、考える余地はないのか、常に、謙虚にかえりみなければならないと思っている。

その意味で、この本は、いろいろ考えさせられるところがあった。

読後感を四点ほどあげておく。

第一には、やはり軍法会議というものの存在とその組織・仕組についての認識である。たぶん、大部分の読者は、おそらく私同様、軍法会議について、漠然としたイメージしか持っていないのではないか。それをこの本は、まず、日本軍における軍法会議というものの存在、そのシステムから、説き起こして明らかにしてくれている。

第二には、その軍法会議が、敗色濃厚となった、外地(戦地)でも行われていたことである。兵士、軍人も、戦地に赴いたことは当然としても、そこに、法務官も行って、軍法会議にたずさわっていたこと。これはこれとして、戦史にのこすべき事実であろうと思う。

第三には、その軍法会議は、かならずしも正当なものばかりではなかったということ。戦地、しかも、負けているという状況のなか、まともな軍法会議の判断がなされたとはいいがたい事例があった。いや、軍法会議がひらかれればまだいい方であって、それすらもなしに処分された事案が多々あったということ。

第四には、これが最も重要な点だと思うのだが、そのような軍法会議で裁かれた人、さらには、軍法会議さえなしに処分の対象となった人、このような人の名誉回復が、いまだになされていないということ。

以上の四点、簡略にまとめれば、この本を読んでの感想になる。

私は、近代の国民国家を肯定する立場にたつ。その上で、国家としての英霊祭祀はなされるべきものと考える。だが、そのとき、誰を、どのような資格において、どのような立場から、という点について、常に謙虚な反省が求められると思っている。

この本で事例が紹介されているような不当な軍法会議で裁かれた人の名誉回復がなされていないような状況にあって、安易に英霊祭祀などというべきではないと思うのである。現時点で間に合う限り、資料・史料を探し、公開し、保存すること、このことが何よりも必要なことだろう。そのうえで、しかるべく、名誉回復の手続きがなされなければならない。

不当な軍法会議において、また、軍法会議さえ経ずに、汚名をきせられたままの人がどれほどいることか、まずは、このことに思いをいたさねばならないであろう。