『心』夏目漱石2017-11-16

2017-11-16 當山日出夫(とうやまひでお)

夏目漱石.『心』(定本漱石全集).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b308238.html

新しい「定本漱石全集」版は、2017年の刊行だが、『心』の初版が出たのは、大正3年(1914)のことになる。今からざっと100年前である。

『明暗』を読んで、順番に逆順で漱石の作品を読んでいっている。『道草』は新しい校訂になるはずなので、配本が後になっているようだ。『道草』をとばして、『明暗』の前の作品というと『心』になる。

おそらく漱石の作品のなかで最も有名な作品のひとつ。この作品も何回かよみなおしている。よみなおすたびに、いろいろ思うところがある。今回よみなおしておもったことをいささか。

今回、よみなおしてみて感じたこと……それは、「明治」という時代のおわり、明治天皇の崩御ということがなくても、この作品はなりたっている。だが、そのことが、作品の最後にくりこまれることによって、先生の死が、よりいっそう謎めいたものになっている、ということである。

確かに、漱石がこの作品を書いたのは、大正になってからであり、明治天皇崩御、乃木希典の殉死という事件を経た後に、それをふまえて書いていることは、文学史の常識といっていいのだろう。だが、そのことがわかっていて読むと、なぜ先生は「明治」に殉じなければならなかったのか、このことが、作品の重要なポイントになって表れてくる。これはこれで、作品の読み方として、普通の読み方である。

しかし、『心』を最初から読んでいくと、何も「明治」に殉じなくても、先生の死はあり得たと感じられる。明治天皇の死がなくても、この作品は、充分になりたつ。

勝手に思ってみるならば、漱石は、「明治」に殉じる小説を書きたくて、この『心』を書いたということになる。それほどまでに、「明治」の終わりは、歴史にのこる印象深い出来事であったことになる。たぶん、これが一般的な『心』の理解だと思う。

明治天皇については、以前、書いたことがある。

やまもも書斎記 2016年5月29日
米窪明美『明治天皇の一日』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/05/29/8097931

やまもも書斎記 2016年6月13日
米窪明美『明治宮殿のさんざめき』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/13/8110191

「明治」という時代、それを、今の私たちは、歴史として知っている。だが、漱石の作品を現代において読むとき、「明治」という時代があったことが、目の前にたちあらわれてくる。いや、漱石を読むことによって、今の私たちは、「明治」という時代を感じているといった方がいいのかもしれない。

もうじき、平成の時代が終わろうとしている。今上天皇は退位の意思をしめされ、その方向でことがはこびそうである。かつて、昭和がおわったとき、それは国民的熱狂とでもいうべき祝祭的事件であった。このことについても、ちょっとだけ書いたことがある。

やまもも書斎記 2017年10月9日
『街場の天皇論』内田樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/10/09/8698916

「平成」が終わるとき、私たちはどのようにその時を迎えるのであろうか。そのようなことを考えるとき、かつて「明治」の終わりをどのように人びとがむかえたか、歴史的に検証する必要もあるにちがいない。たぶん『心』という小説が読み継がれていく限り、「明治」という時代の終わりについても、なにがしか語り継がれていくものがあるにちがいない。それを文学として書き残した作家として、漱石は今後も読まれることになる。

『明暗』を読むと、大正時代の小説、20世紀の小説という印象がある。しかし、『心』はまだ「明治」の小説である。「明治」という時代を描いた小説家として漱石は、これからも読まれることだろうと思う。

そして、「平成」が次の時代になるとき、私たちは、どのような文学をそこに見いだすことができるであろうか。

コメント

_ 小原正靖 ― 2018-11-16 05時15分00秒

昨日はたまたまフジテレビ系で生中継映像で振り返る平成30年史!という番組が夜9時からありオウム麻原上祐江川紹子さん(大学ゼミ1期先輩)向坂アナ(銀行の先輩女性の旦那さん)で飲んだことあり)が生で喋る珍しい映像見ました 僕は家族とサリン事件の日たまたま休暇でインド旅行でしたが トランプ現象などと共にオウム事件平成の大きな出来事でした 昭和を懐かしむ人が多いがバブルの栄枯盛衰など平成もいろいろなことがあり一言では纏められませんが文学的には昭和を超える作品日本から出ましたでしょうか

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