『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ2019-10-04

2019-10-04 當山日出夫(とうやまひでお)

鷲は舞い降りた

ジャック・ヒギンズ.菊池光(訳).『鷲は舞い降りた』(ハヤカワ文庫).早川書房.1997 (早川書房.1992)
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/30834.html

この作品の最初の版は、1975年の刊行。それに加筆して、1982年に「完全版」の刊行になったらしい(解説による。)

私が、これを読むのは、三回目になるだろうか。最初の本(無論、翻訳であるが)を読んで、その後、加筆した「完全版」が出て、そして続編の『鷲は飛び立った』が刊行になったとき、読んだと憶えている。そして、このたび、三度目である。それは、たまたまであるが、村上春樹の『村上朝日堂』を読んでいて、中にこの本のタイトルが出てきていたのを目にしたからである。

やまもも書斎記 2019年9月16日
『村上朝日堂』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/16/9154069

村上春樹は、特に余計な説明を一切加えていない。ということは、この作品は、それだけ著名であり、少なくともタイトルぐらいは、知っていて当たり前、ということを前提にしている。そのとおり、この作品は、戦争冒険小説の傑作である。

読んで思うことを書けば次の二点ぐらいだろうか。

第一に、ヒューマニズムである。

すぐれた冒険小説は、その根底にヒューマニズムの精神がある。この作品を読んでいって……作戦にしがたう軍人たちのもくろみは、失敗におわることになるのだが、そのきっかけになったのは、あるヒューマズムにもとづく行動である。また、最後の方になって、ドイツ軍兵士たちが、村人を解放して、アメリカ軍と戦うことになる、このあたりのいきさつも、ヒューマニズムと言っていい。そもそも、主人公のシュタイナー中佐が、軍功をたてながら、懲罰部隊に配属させられているのは、収容所におくられるはずのユダヤ人の娘をたすけた行動による。

第二には、軍人の名誉である。

登場人物たちの行動を律しているのは、軍人としての名誉の精神であると言えるだろう。イギリスに潜入するとき、変装することになるのだが、しかし、その下には、ドイツ軍の軍服を着ている。そして、最後に戦う時には、ドイツ軍の兵士として戦っている。(この作品の中に解説があるが、戦闘の時には、自軍の軍服を着ていなければならない。そうでなければ、条約違反になる。戦争にもルールがあるのである。)

以上の二点が、この作品全体を通じて感じるところである。

なお、この本、あたらしいのを買ったのだが、その帯をみると、「手嶋龍一が選ぶ国際政治を読み解くスパイ小説10」のなかにはいっているらしい。このような観点からみると、なるほどというところが随所にある。

登場人物は、単に、ドイツ軍とアメリカ軍という図式では理解できない。主人公のシュタイナー中佐は、ドイツ軍の軍人であるが、ナチスには批判的である。ドイツ、イコール、ナチス、という描き方ではない。また、イギリス側にしても、ドイツへの協力者としてでてくる、女性は、南アフリカのボーア出身でイギリスには敵意をいだいている。また、IRAのメンバーが、重要な役割をはたすことになる。さらには、イギリス自由軍として、第二次大戦中にドイツに協力した人間の存在もある。言語としては、英語、ドイツ語の他に、アイルランド語もでてくる。

このように、味方(英米、善)に対して敵(ドイツ、悪)、という図式はなりたっていない。もっと錯綜した、その時代の国際情勢を背景に、緻密に登場人物を描いている。

このような小説が書かれるということを背景にして、現代のヨーロッパを中心として国際社会の構図があることになる。ここで、基本的に「悪」として描かれるのは、ナチスであって、ドイツではない。そのドイツの軍人の、軍人としてのフェアな精神が、この小説にはみなぎっている。

こうした複合的、総合的な視点から歴史を俯瞰するような視点で、もし、過去の東アジアの歴史を描く作品があったらと思うが、私の知る限り、それはそう多くはないようだ。日韓関係についても、日本=侵略者=悪、朝鮮=被害者=善、という図式を、さらにのりこえる視点をもった、そして、史実に立脚した作品が、登場しないものであろうか。

つづけて、続編の『鷲は飛び立った』も読んでおこうと思う。

追記 2019-10-05
この続きは、
やまもも書斎記 2019年10月5日
『鷲は飛び立った』ジャック・ヒギンズ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/10/05/9161226

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